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第22話:女神の血

今回の話は若干グロテスクな表現があります。ご注意ください。

 男の動きは以前より一層俊敏だった。肉眼で捉えるのすら困難な状況。本当に、空気の流れで避けることしかアシュアには出来なかった。

(……くそ、ここまで速いと銃は論外か)

といっても見えないのでは足技すらかけられない。相手の動きを止められればいいのだが。

と、そんなことを考えていると隙を突かれてどこからともなく切りつけられる。そもそも相手が一体何で切りつけてきているのかすら見えないのだ。

「くっ……!」

既に腕と足と脇腹から出血していた。

まだぎりぎりのところで掠り傷に留まっている状況だ。

「くくく……いつまで持つかな?」

男は嗤っている。疲れなど知らないようだ。

この町でもあれほど多くの男達の血を吸ったのだ。体力は万全の状態なのだろう。

それに比べてこちらは昨夜一応休んだとはいえ、ゆっくりと休めたわけでもない。その前日は徹夜だったし、疲れが取れていないというのは否定できない。

「どうした、足がもたついているぞ」

途端、足を引っ掛けられたのか、アシュアは見事に転んでしまった。

(くそっ)

体勢を立て直す前に左肩に激痛が走る。

「ぅぐっ……」

それきり身動きが取れなくなった。

爪が、刺さっているのだ。

男の指の先から伸びる長い爪が、肩に食い込んでいた。

「柩の中からも外が見えていた」

男はアシュアに馬乗りになる形になりつつ、続けた。

「あの、ダンテとかいう男、魔女の血こそ魔性を秘めた血だと思っていたようだがそれは違う。誰しも人間には少なからず魔性の血というものが流れている。それが濃いかどうかの問題だ。むしろあの男の血こそ狂気で濁った魔性の血と呼ぶにふさわしい供物だったよ」

男は可笑しげに嗤う。

確かに皮肉な話ではある。

魔性の血を求めて魔女狩りをしていたダンテ卿は結局、自らの血を捧げる羽目になったのだから。

「さて、お前の血はどうかな……?」

男は突き刺していた爪を一気に引き抜く。

「……いっ」

再び肩に激痛が走るが、この機は逃せない。

アシュアは即座に足を振り上げた。

「がっ!?」

男の頭に直撃する。

軽く呻いてから男はどう動いたのか後ろずさっていた。

その間にアシュアは立ち上がる。

男との間合いが少し開いた。

「……足癖の悪い女だな」

男は悪態づく。

「どうとでも言え」

アシュアは精一杯強がった。

……そう、実際いっぱいいっぱいだった。

その様子を感じ取ってか、男は満足げに嗤いながら、爪の先の朱を舐める。

途端、男は目を見開いた。

(これ……は……)

「……?」

アシュアが妙に身構えるほど、男の様子はおかしくなった。

「………………くくく……」

男は忍び笑いすら始める次第だ。

目には涙らしきものすら浮かんでいる。

「宣言しよう! お前の血、全て俺が頂く!!!」

それほどに目の前の相手は血に酔っているようだ。

眼は恍惚と、開いた口からは涎すら出てきそうな様子である。

(う……気持ち悪いぞこいつ……)

無意識のうちに銃を抜くほど寒気がした。

この時ばかりは彼女は自らの血の味を呪う。

(そんなに旨いのか!? そもそも私はこういうオカルトめいた奴の相手は苦手なんだよ!)

心中で吐露する。

カタストロファー相手に百戦錬磨の狩人とは思えない泣き言である。

が、実際そうなのだ。


男が再び仕掛けてくる。

アシュアは左肩をかばう暇もなくなんとかすれすれで避ける。心なしか男の動きには先ほどよりももっと切れがあった。

必死になって逃げているうちに、後ろがなくなってきていることにようやく彼女は気付く。

(くそ……こうなったら……!)

わざと、彼女は隙を作った。

すかさず男はそれに付け入る。

男の腕が彼女の肩を捉える。

先ほど負傷したほうの肩だが、痛みなどここまでくると既に麻痺している。

背中に衝撃を感じる。ついに工場の外壁に当たったのだ。

それと同時に男は彼女のコートの襟を引っ張って首筋を顕にする。

男の舌が這うような感触をバネに彼女は覚悟を決める。

「くたばれ」

右手に握ったままだった銃を男の額に押し当てて、一気に引き金を引いた。

派手な音と共に噴き出す朱色。

男は後ろにのめって崩れ落ちる。

目の前が真っ赤に染まってしまった。

「……ぅ」

それは、『化け物』の血なのに生温かいものだった。

化け物といえど生き物ということだろうか。

いや、あれの中に流れている血はほとんど吸った人間の血だったのかもしれない。

どちらにしても彼女の気分は最悪だった。

目の前で、まがりなりにも人の形をしたモノの頭を撃ちぬくなんて、生まれて初めてだったのだ。

足に力が入らずに、その場にへたり込む。

だが、それで終わりではなかった。

倒れたはずの男の手が、びくりと動いた。

「!?」

痙攣けいれん任せに男は上半身を起こす。

頭から血を流しつつ、だ。

「……っ……」

彼女でも、こればかりは流石に言葉が出なかった。

男の眼はすでに黄金ではなく、ただのコウモリのような赤をしていた。

気を抜けば今の人の形の輪郭をなくしてしまいそうな雰囲気である。

男は狂おしそうに、愛おしそうに、何か呟いた。

「お前ノ……血は……ノ……味が、スル……」


高貴、狂気が混じりあう血。

しかしそれは混血ではない。

それ自体が、ある尊い血統。


彼は今でも覚えている。

優しい月明かりに照らされた、1本の樹。

今はもう失われたはずの、女神のみつ

闇を包む優しい香り。

多くの同胞コウモリがその枝に宿り、その蜜を奪ったとしても、その樹は枯れもせずにただ凛とあり続けた。

かの戦女神が死するその瞬間まで。

―――嗚呼、どれほど懐かしいか。


男は、笑っていた。

(……なん……だ……?)

その不可解な笑みにアシュアは困惑する。

そのまま男は這いずって、また彼女の首筋に手を伸ばす。

「……!」

彼女のほうはというと、なぜか動けなかった。

負傷しているせいではない。動かそうと思えば片腕くらいは動くはずだ。けれど動かない。

(……なんだって……いうんだ……)

血を吸われたらこちらがおかしくなるという話だ。

それなのになぜか彼女は動けなかった。

いや、この吸血鬼は既に死んだも同然。

眼を見れば、これ以上生き延びようという意志すら感じられない。

今更血を吸われたところで彼の下僕になることはまずないだろう。

なのにあれはまだ血を吸おうとする。

(なぜ?)

 その答えは1つしかない。

ひとえに、『彼女の血』を吸いたいだけなのだろう。

「…………手向けだ。少しくらいなら、分けてやる」

彼女自身、そんな気になった自分が自分でよく分からなかった。

けれどその言葉に、怖れはなかった。

聞き届けたのか、男は静かに彼女の首筋に牙を立てた。

「……っ!」

首筋を噛まれるなんてことは勿論今までになかったことなので、彼女はその感覚に少し驚く。

だが血を大量に抜かれているという感じもなく、ただ動かずに身を任せていた。

何秒くらい経っただろうか。

恐らくそんなには長くない時間の後、男はそっと牙を離した。

赤い目は随分と大人しくなり、表情も穏やかに見えた。

まるでこの血が精神安定剤の役割でも果たしたかのようだ。

輪郭も随分ぼやけてきている。

(あとは消えるだけか……)

とアシュアが思ったそのとき。


一陣の風が横殴りに吹いたかと思うと、足に乗っかっていた吸血鬼の重みはすっかりなくなっていた。

「!?」

ぼうっとしていた目が一気に覚める。

視界にはよく見知った足がまず映った。

「アシュア! 大丈夫か!?」

勢いよくしゃがみこんできたのは、やはりなぜかひどくボロボロのクオだった。

「…………」

答える前に、呆れつつ左を向く。

もう既に吸血鬼の男の姿はなく、ただ1匹のコウモリの死骸が転がっているだけだった。

やはり吸血鬼の始め、元来の姿はコウモリだったのだろう。

状況からしてクオはあれを蹴り飛ばしたようだ。

「……最期くらい丁寧に葬ってやれよ……」

と、アシュアは正直なところを呟いた。

「な! 何言ってんだよ! お前が血吸われてるみたいだったから必死に蹴り飛ばしたんじゃないか!!」

と、クオはむきになる。

「……ああ……そっか……血、吸わせたんだっけ……」

と、アシュアは呟いた。

「は!? 吸わせた!? 吸われたんじゃなく!?」

「ああ。なんだかよく分からんが、私の血を吸いたがってたからな……あれ」

「な!? なんでそれで吸わせるんだよ!」

クオが怒り出す。

「? なんでお前が怒るんだよ」

と、アシュアは心底不思議そうに尋ねる。

「そ! そんなの当たり前だろ! 大体……」

と言いいつつクオははた、と止まる。

(…………って……あれ?)

どうして怒っているのか、クオはしばし考える。

(いや、自分から血を吸わせるのはどうかと思うけど結果的には吸血鬼は倒せてるわけだけし、アシュアもなんとか無事のようだから結果オーライってことでいいんじゃ……)

と、思いかけたが、ふと彼女の首筋が彼の視界に入る。

彼女のコートは詰襟なので、普段首筋が見えることはまずない。それで余計に目が行った。

白い肌に浮かぶ赤い血。

吸血鬼に噛まれた箇所だろう。

それを見て彼の思考は逆走する。

(……全く、また剣士おれを置き去りにして1人で突っ走っていった挙句、吸血鬼に血を吸わせた!?

どんな神経してるんだアシュアの奴! 俺がどんなに心配したと思って……)


脳裏に浮かぶのは、つい先ほどの場面。

吸血鬼が彼女の首筋に……


「……なんだいきなり黙りこくって」

アシュアが不機嫌そうに言う。

「……だから、その……」

クオは首筋から視線を外せない。

そのせいか理由もうまく言葉に出来ない。

いや、こんな理由、彼女には言えないだろう。


あんな奴の牙が、もしかすると舌が、あの首筋に触れたのかと思うとどうしようもなくやるせないのだ。

やるせないというか、やはり彼は怒っている。

あの吸血鬼にもそうだが、やはり一番は彼女に。


「……やっぱり俺、怒ってる……!!」

クオはやけ気味のそう言い放つと、突然その唇を血が浮かんでいた彼女の首筋に押し当てた。


今回もゲストつきあとがき

アシュア「ちょーーーーーーっと待て!!!なんだこの切り方は!!!!」

作者「え?」

ア「え?じゃない!!お前、今回の話、グロいだけじゃなくなんか・・」

作「なんか?」

ア「なんか・・・・その・・・無駄にや(以下言いたくない)」


・・・ということで、見苦しかったかもしれませんがどうかお許しください(汗)。一応この作品は恋愛ものなので(汗)!!

ここまで読んでくださった方々、ありがとうございました!

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