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第20話:悪魔の復活

 光が差して分かったことといえば、この部屋はどうも祭壇のようで、両壁に蝋燭立てが並んであり、今座っている場所は小高い壇の頂上だった。

男は一段一段、ゆっくりと登ってくる。

彼女は動けないので身構えるしかない。

だがダンテ卿は彼女の脇を通り過ぎて、その後ろにある何かに手を置いた。

(……?)

アシュアは振り返ってそれを見る。

それは、大きな箱、だった。

いや、形からして『柩』と言ったほうが正しいのかもしれない。

「……この中に何がいると思う?」

ダンテ卿はまだあの嫌な笑みを絶やさず尋ねてくる。 

「……知るわけないし、興味もない」

アシュアはそっけなく返した。

だがダンテ卿は気に留めることなく続ける。

「この中には、稀代の悪魔が眠っているんだよ」

(……悪魔、だと?)

「遥か昔、この町がまだ出来ていない頃からこの地に棲んでいたモノさ。かつては世界中を恐怖に陥れたと云われる。だが年月はこれを衰えさせた。だから彼は眠ることにしたのさ。いつか力を取り戻すに相応しい生贄が現れるまで!」

ダンテ卿は恍惚と高らかに笑う。

(……なんなんだこの男……)

柄にもなく背筋に悪寒が走る。

それほどまでに目の前の男の様子は異様だった。

「お前の目的はなんなんだ、ダンテ卿」

それでも怖気た様子は見せずに彼女は問う。

「……目的? そんなの決まってるじゃないか。この悪魔の復活だよ!!」

「なんだと……!?」

一体何のために、と問うまでもなく相手は自ら答えた。

「この町を……このイかれた空気をぶち壊すためさ!この町はいつまで経っても変わらない! ずっとのろまで暢気なタートル・タウンのままだ! そんなの間違ってる! そうは思わないか!?」

そう問われてアシュアは少し考える。

この町に来てから彼女自身、とても機嫌が悪かった。それはなぜか。

この町の空気があまりにも堕落しているから。

必死に生きるという人間の在り方が感じられないからだった。

……この男もそうなのだろうか?

「我が一族はずっとこの地でこの町を見てきた。私にはこの不変さがたまらなく苦痛だった! だから私は今まで色々な催しをしてきたさ、退屈をしのぐためにね。残虐なこともやった! 奴らの顔が歪むのが見たかったんだ……だがそれは一時的なものに過ぎない……もっと! もっと! 永続的に死と隣り合わせになるくらいの恐怖が欲しかったんだよ!! だからこそ、教会に封印されていたこいつの存在を知ってから、ずっと時が来るまで待った!」

男の顔はもう人間のそれではない。

口元は歪みに歪んで、目は狂気のそれ。

アシュアは先ほど思いかけたことを心の中で撤回する。

彼はただ、人々を苦しませることを愉しんでいるだけなのだ。

「……その時が、今だって言いたいのか?」

「そうだ! 魔性の血を捧げることによって悪魔は復活する! 魔女の血が最適だと思ったんだよ……!」

(……こいつ、本気で私のことを魔女だと思っているのか?)

 アシュアは危機を感じつつ、それでも呆れた。

「君の血でこれは復活する!! ふ……ハハハハハ!!! どうだ!? これを見たあの暢気なやつらの顔が思い浮かぶだろう!? 恐怖だ! 一転して恐怖に怯えるんだ!! ハハハハハ……」


虫唾が走る。

この耳障りな高笑い。

まるで自分が世界の中心だとでも言わんばかりの暴言。

確かにこの町は暢気すぎる嫌いはある。

だが、どんなにそれが気に入らなくても、他人の幸せを、当たり前の日常を、奪っていいなんてことは絶対にない。

……絶対に、ない!!


アシュアはほぼ上半身を起こす反動で立ち上がった。

「!?」

ダンテ卿はその動きに驚いて1歩退く、が

「ふ……そんな状態で何が出来る!? 大人しく血を捧げろ!」

アシュアの手錠と足枷を確認してから、柩の蓋に手を伸ばそうとする。

「させるか!」

アシュアは捨て身のタックルをお見舞いする。

「っ!?」

足も手も塞がっているので受身も何も出来ないままダンテ卿と共に階段を転げ落ちる。

派手な音を響かせて床に倒れふす。

「……っつー……」

下敷きになった肩が痛む。

「……ぅ……」

ダンテ卿は軽い脳震盪を起こしているようで、すぐには立ち上がってこない。

アシュアはもう1度跳ね起きて、周りを見渡す。

部屋の端にある大きめの、蝋燭が刺さっていない蝋燭立てに目が行く。

(あれなら……)

アシュアは必死に跳びはねつつ移動し、手錠の鎖部分を蝋燭立ての先端の鋭利な部分に向かって思い切り振り下ろす。

もともと鎖が細かったので、砕くことに成功した。

すぐさま腰に忍ばせていたナイフを取り出して、足枷の鎖も叩き切る。

これで何とか動くことは出来る。

「……!?」

気付くと床に転がっていたダンテ卿がいない。

彼はまた祭壇へ登っていた。

「!」

アシュアが追いつくまでもなく、ダンテ卿は柩に手をかける。

「やめろ!!」

そう、彼女は叫んだが無駄だった。

ダンテ卿は、まだあの狂気的な笑みを浮かべ、

その蓋を、開けた。

途端、巻き上がる黒い竜巻。

扉が吹き飛んだ様な音すらした。

「っ!?」

視界が一気になくなる。

目を開けていられない。

それほどに強い嵐だった。

その中でも狂気の男は高笑いを続ける。

「来た……! 来たぞついにこの時が!!! さあ!魔女の血を吸って蘇れ!!!」

男の声に呼応するように、黒い竜巻は形を固めていく。ぼんやりと、それは現れた。

「く……!」

アシュアはその姿を見て悪態づく。

彼女とて半信半疑だったのだ。

(まさか本当にあんなものが存在するとは……!)

その驚愕の表情を見て満足しているのか、さも愉快そうに、顔を歪ませてダンテ卿はさらに叫ぶ。

「生贄はそこだぞ! さあ……アッ!?」

その時、ダンテ卿は言い知れぬ衝撃をその首筋に覚えた。

まるで生気を感じない牙が、それでも生々しく肌に食い込む。

そのまま、生気が抜かれていくように、血の気がなくなっていく。

「アあアア……や、メロ……ワタ……じゃ、な……」

「……っ!!」

アシュアが止める暇もなく、ダンテ卿の身体はすっかり蒼白くなってその場に崩れ落ちた。

それと対照的に、さっきと違って明らかに輪郭をはっきりとさせ、それは立っていた。

人の形に見えなくもない。

だが、黄金の眼をしたそれは……

巨大な、コウモリだった。

刹那、耳を塞ぎたくなる大気の震えを全身に感じる。

「く……!?」

それがその、コウモリの咆哮だということに気付くのにしばらくかかった。

漆黒のそれは翼を広げると、多数のコウモリに分裂した。

その大群のまま一直線に、彼女の方へ向かって飛んでくる。

「ぅあ!!」

アシュアはとっさにかわす。

するとコウモリ達はそのまま部屋から飛び出していった。

静まり返った部屋の中で

「……まずい……」

アシュアはひとり、悪い予感に押しつぶされそうになった。



 クオ達が街に入ると、あたりは騒然としていた。

「な……なんだ!? あれは!?」

空中のいたるところにコウモリみたいな黒いものが飛んでいるのである。耳障りな鳴き声と、人々の混乱の声が騒々しい。

人々は逃げ回って、どこか建物の中に入ろうと必死だ。

「ありゃあ……吸血鳥じゃないか!?」

ベインが言う。

「なんだよそれ!」

クオが問う。

「遥か昔、このあたりに棲んでたって云われる魔物よ!ほらさっきの遺跡、あのあたりにも広大な都が広がってたらしいけど、そいつのせいで滅んだって伝承があるの!」

ソラも知っていたのか解説する。

「吸血鳥ってことは……人の血を吸うのか!?」

と、さらにクオは問うが、それに答えたのは

「あいつは既にダンテ卿の血を吸いつくした」

どこからともなく現れたアシュアだった。

「アシュア!? お前無事だったのか!」

と、クオが彼女の様子を見ると、手には手錠の輪が残っているし、足にも足枷が付いている。

「……無事でもなかったみたいだな……」

「皮肉言ってる暇があるなら手伝え! こいつら全部片付けるぞ!!」

アシュアはすぐさま駆け出していく。

「あ……ちょ! 全部って……本気か!?」

「本気だ!!」

(こうなるのを止められなかった自分に責がある)

アシュアは唇を強く噛みしめた。



アシュアは時間が経つたび異様な光景を目にすることとなった。

血を吸われてしまったのか、動けなくなってしまっている人を何人か見かけたが、幸いまだどの人も息はあり、宿屋に運んだりした。

そうしている間に人々は大方建物の中に避難したらしく、あれだけ賑やかだった街に人影一つなくなった。

街中に飛び交っていた吸血鳥はクオとベイン、ソラが連携して落として随分とその数を減らすことに成功した。

クオの剣の魔法はここに来て大いに役立った。

光が苦手なようで、剣が強大な光を発するとバタバタと地に落ちるのだ。それをしらみつぶしにベインとソラが叩いていく。2人は槍使いのようで、そのあたりの武具屋にあったものを拝借してその力を発揮した。

すると残りの吸血鳥たちはどうしたかというと、街中より離れた場所にある農家の、外に置かれている家畜たちの血を吸い始めたのだ。

手で払うことの出来ない動物達はそれらを振り払うことが出来ず、なす術もないまま血を抜かれていく。

だが、その家畜も次々と倒れて数が減ってくると、今度は吸血鳥同士が血を吸い始めた。

街から出て行ったそれらを追いかけてきたアシュアはその異様な光景を見て慄いた。だがそれはまだ序の口だった。

共倒れしていくそれらを横目に、アシュアは死臭がより一層濃く漂う養鶏場へ走った。

「……!」

あちこちに倒れた無数の鶏達、吸血鳥達の真ん中に、丸々と太った1匹の吸血鳥。

あれを全部1匹で吸い尽くしたのかと思うとぞっとする。

その吸血鳥はびくびくと痙攣を起こしたかと思うと、見る見る肥大化し……

人の形になったのだ。

(な……)

それは彼女の方を見た。

黄金の瞳は鋭く、耳の先もとがっているが、ぱっと見はほとんど人間と変わらない。

翼も持たないそれは、まさにお伽話の『吸血鬼』だった。

アシュアは銃を抜いてすぐさまそれを撃つ。

だがそれは思った以上に俊敏に動き、弾をかわした。

「っ!」

そのまま迫ってくる。

ほぼ反射的なバックステップでかわし、もう1度撃つ。

2発目もかわされる。

(くそ……当たらないか)

そう判断して今度は蹴りを入れる。

予想外だったのか、その吸血鬼はうまく対応しきれずまともにその蹴りをくらった。

地に伏したところを銃で撃ち込む。

派手な音と共に赤いモノがそこら中に飛び散る。

今度こそ逃げられなかったのか、それは断末魔を上げて、静止した。

「…………」

それが人の形をしているからだろうか、彼女は妙に気分が悪くなった。

だが、立ち止まってもいられない。

(こんな奴が増えたら厄介だ……)



 日も落ちる頃、ようやくあの耳障りな吸血鳥の声が止んだ。

街の中にはいたるところにその死骸。

「……なんとか、ひと段落だな」

アシュアたちは街の中心で合流していた。

「…………はあ」

クオは溜め息をつく。普段そんなに使わない剣の魔法を連続で使ったせいもあるのか、ひどくだるかった。

「まあ、これでやっとこの街からはおさらばってわけだ」

ベインがどこかぎこちない笑みを浮かべる。実際彼も疲れきっているのだろう。

ソラのほうはもうベンチに横たわっていた。満足に食事も取っていなかったのにすぐにこの労働。かなり堪えたのだ。

「みんなーーーーーー!」

上空からサリエルの声が聞こえる。

見上げると青い竜がいた。アッシュの背に乗っているのだろう。

サリエルが地上に降り立つ。

「アシュア! 無事だったのね!よかったーーーー」

サリエルがアシュアに抱きつく。

「ああ……」

アシュアもそれでようやく張り詰めていた空気を解く。

サリエルは周りの惨状を見て

「……何があったの? これ……なんかこんな黒い鳥、外にも飛んでいったけど……」

と、言った。

「「「「な!?」」」」

4人が声を揃える。

「外にって……この街の外にか!?」

「え……ええ……そんなに多くはなかったけど……一際大きいのが1匹いて、小さいのが何匹かその周りを飛んでて、その集団が……」

(大きいの……!?)

それは人の形になりかけている吸血鳥ではないかとアシュアは危惧した。あの1匹以外、幸いにもあの形になったものは見かけなかったのだが。

「どっちに向かった!?」

「え、えーと……どっちだっけ……?」

サリエルは方向に自信がないのかアッシュのほうに視線を投げる。

アッシュは鼻の先を南のほうに向けた。

「南か……この先の町はどこだ……?」

「少ししたところに小さな町があるはずだ。こことは違って随分と荒れているところだがな……」

と、ベインが言う。

「……くそ、急いだほうがいいな……」

 アシュアが苦々しくそう言うと、意外にもサリエルがそれを止めた。

「え!? もう行くの!? ちょっとは休んだほうがいいよ……」

確かにサリエルの言うことも一理ある。

「そうだな……ソラもあの通りだし、お前さんもその枷、まず外さないとな」

と、ベインが言った。


結局その晩は、町にも居づらかったので、外で野宿することとなった。


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