第19話:捕らわれる魔女
翌朝、ベインの予想通り、町中にアシュア、クオ、ベインの人相書きが貼り出されていた。アッシュのことも触れられていたが、幸いにもサリエルのものはないようで、少し動きようが出来た。
「……でもこれって……」
「しっ! 喋っちゃ駄目だってば! 今はレディーなんだから!」
町中に貼り出された人相書きに人々が見入っている頃、大通りを2人の『少女』が歩いていた。
片方はサリエルである。彼女の人相書きは貼られていないが、念のためということで今はメイド服ではなく、代表的な町娘の格好をしていて、トレードマークのお下げも解き、若干イメージを変えるために伊達眼鏡までかけている。
そしてもうひとりは長いブロンド、碧眼を持った美しい娘だった。格好もサリエルのものに比べると小綺麗で、貴族の娘のように見える。
しかし実際、彼女はクオだ。
(〜〜〜なんで女装? そこまでしなくても……)
言いだしっぺはサリエルだが、変装するからには大胆にしたほうがいいというのはベインの意見だ。だから無理やりこんな格好をさせられたのである。
変装の道具は昨日の夜のうちに揃えてしまった。夜中までこの町の店は開いていたし、ちょうど昼間稼いだお金や換金できる物品もあった。万事はうまくいったのである。
昨日のうちに宿もこっそり抜け出して、宿替えもした。今ごろは新しい宿屋で、こちらも変装したアシュアとベインが作戦を練っているはずだ。
ところでどうしてクオはアシュアと行動を共にしていないのかというと、変装した直後、彼女に
「……お前を見てると、笑いがこらえられそうにない」
と、真顔で言われたからだ。
(…………ひどいや)
クオは結構傷ついている。しかし隣のサリエルはとても楽しんでいるように見える。
人知れず彼は溜め息をついた。
で、今サリエルとクオは何をしているかというと、外の偵察である。
(……いるな)
やはりいかにもあやしげな男達が街のあちらこちらでこそこそ動いているのが見える。恐らくダンテ卿の手の内のものだろう。しかしこちらを見ても怪しむ気配はない。この変装はそれなりに完璧なようだ。
(……?)
ふと路地裏に目をやると、数人の怪しい男たちが集まって話をしている。
何気なくクオとサリエルはその隣のアクセサリーを売っている出店に
「まあ可愛い」
なんて言いながら近づいて、店を見ている振りをする。
反面耳を凝らしていた。
男達は
「今日の1時に、教会に移送するらしい。周辺に警備を集中させるよう伝えろ」
「分かりました」
といった会話をしている。
(……移送? ソラさんのことか?)
宿に戻ると、そこにも見慣れない異様な光景が目に入る。
ソファーには、見事な褐色の肌のやくざ風のあんちゃんが、どかっと座っている。黒いスーツ姿で、黒いサングラス。実はベインである。
服から覗く部分だけ、とてもよく効くという日焼けローションを塗りたくり、クオの太陽の剣の魔法で即席で焼いてみたのである。肌の色が変わると意外と印象が変わるらしく、こちらも人相書きのベインとは思えないほどの変わりようだった。ちなみに付け髭もつけていたりする。
そしてベランダ付近の椅子には、黒髪の少年の姿。
「……帰ってきたか。どうだった?」
全く、自然である。違和感などなかった。
特にアシュアはこれといって細工はしていない。髪をあげて短髪のかつらをかぶっただけ。あとは服を替えたぐらいだが……
「……アシュア、それ似合いすぎ」
クオは冗談半分本気半分で言った。
「……お前に言われたくない」
アシュアは本気で返した。
「皆似合ってるよ」
とサリエルはにこにこして言った。
全ては彼女のコーディネイトだったりする。
彼女のそういった腕は今後よい方向に活かされればいいんだが、と切に思うアシュアだった。
「怪しい奴らが『今日の1時に教会に移送するから警備を固めろ』とか言ってたぞ」
と、女装のクオが真面目な顔で言う。
「移送だと……? なんでまた……」
と、やくざ風のベイン。
「だが昨日の物騒な奴ら、格好からして教会の連中だろうから、余計に手を出しにくくなるってことか……」
と、アシュア。
「……となると、移送時を狙うか?」
ベインが言う。
「けどそのために警備を固めてるんでしょ?」
とサリエル。
「うーん……ああもう! 難しいなあ」
と、クオは後ろにひっくり返った。
「あ、ちょっと! かつらずれるでしょ!」
とサリエルが彼を引っ張り起こす。
それを見てアシュアが
「……それでいくか」
と呟いた。
「え?」
「いや、だから、移送中にだな、私が現れれば向こうも油断が出来るだろう? その間に移送中の馬車だかなんだか知らないが、お前たちが乗っ取ればいい」
ベインは
「……今度はお前さんがおとりになるってことか……。悪くはないが……」
と言うが
「それは駄目だ!!」
と、クオがきっぱりと言った。
「……なんでだよ」
とアシュアはクオを睨む。
「駄目ったら駄目だ!!」
「答えになってないだろうが!」
「駄目なもんは駄目なんだ!!」
と、クオはそれしか言わない。
見かねてサリエルが
「クオ君、アシュアのことが心配なんでしょ?」
と言った。
「う」
クオは押し黙る。図星らしい。
気恥ずかしさでアシュアも一瞬ひるんだが
「お前に心配されるほど堕ちてないぞ私は!」
と、言い放った。
「なっ! 俺はお前の剣士なんだぞ! それにお前一人じゃ危なっかしいんだよ!!」
クオも言い返す。傍から聞けば微笑ましい言動だったりするのだが
「どういう意味だそれは! 私はお前の主人なんだろ!? なら言うこと聞いて大人しくしてろ!」
相手は相当な意地っ張りのため、そんな風には受け取らないらしい。
「んな! お前は剣士をなんだと思ってるんだよ!」
「犬くらいにしか思ってない!!」
「い、いぬーーーー!?」
「お、おいそろそろやめろよあんまりでかい声出すな。周りの部屋に怪しまれるぞ」
と、見かねてベインが仲裁に入る。
「そ、そうよ……それにアシュア、犬っていうのはちょっとひどいわよ」
と、さり気にサリエルはクオの弁護をしている。
ひとしきり2人はにらみ合った後、同時にそっぽを向いた。
「……時間もあまりない。その作戦で行くからな。私の心配をするなら自分の心配をしろ」
と、アシュアは言い切った。
「〜〜〜もう勝手にしろ!」
と、クオももう投げやりだった。
やれやれと、呆れ合うベインとサリエルだった。
真昼間、馬車はひっそりと、それでも明らかな異様さをかもし出しながら道を進んでいた。
馬車の周りには白い法衣を纏った男達が半分、黒いスーツを着た男達が半分ついていた。
この町の者なら彼らが何者かすぐ分かる。白い法衣の男達は大教会の僧兵で、黒いスーツの男達はダンテ卿の抱える傭兵だと。だがしかし、どちらも実質は同じようなものである。
するとあの馬車に乗っているのはダンテ卿か、もしくは
「あの例の『不死身の魔女』じゃないか?」
と、人々は囁いていた。
「どんな奴なのか見れねえのかなあ?」
「おーい扉ちょっと開けてツラ見せろよーーー」
野次まで飛ぶようになり、人だかりがどんどん出来ていく。
そして黒髪の少年は人ごみの中に埋もれていく。
「おいこら押すなよ、どこ見て歩いてんだ?」
野次馬の1人である男の腕が彼の頭部に接触する。
すると、黒は剥がれて
「……!?」
真紅の髪が現れた。
男は目を剥く。
「お……お前! 手配中の……!」
男の声に周りの者もこちらに目を向け始める。
アシュアは不敵に笑って、駆け出した。
「赤髪の魔女だ!!」
誰かが叫んだ途端、僧兵も傭兵も赤色を目で追う。
「追え!!! 絶対に逃がすなとの仰せだ!!!」
傭兵と僧兵が少し馬車から離れる。
それを見計らって
「おりゃああああ!」
褐色のヤクザみたいな男が馬車の扉を体当たりで破る。
「!? べ、ベイン!?」
中には突然の出来事に驚く銀髪の少女が、手足に縄をかけられた状態で座っていた。
「助けに来てやったぞ! ほら来い!!」
と言うわりに強引にベインは彼女を引っ張り出して担ぐ。
「!?」
異変に気付いて戻ろうとした僧兵、傭兵の目の前には木の杖を持ったブロンドの少女が現れた。
このあたりでは金の髪の女性は珍しく、男達はそれに一瞬ばかり見惚れたと言っても過言ではない。
少女は天使のような微笑を浮かべ
「悪いな」
彼女、いや彼は一気に手際よく殴り始める。
剣を持っていなかった時期のほうが長いので、棒で相手を昏倒させるほうが得意だったりするのだった。
一方アシュアは人と人との間をすり抜け駆ける。
「待て!!」
随分と走ったつもりだが追っ手はまだついてきているようだ。
(しつこい……)
アシュアは周りに目をやる。何のオブジェか知らないが、筋肉隆々の2体の男の像が目に入る。
「ちょっと肩借りるぞ」
アシュアは像に足掛けて、ひょいっとホテルの外塀の上へ上がる。その動きがあまりにも俊敏だったので、彼女を追っている男たちは一瞬のうちに彼女が消えたように見えた。
そのまま彼女はホテルの裏側に回り、迂回するように走ってから、人通りの少ない路地裏に着地した。
「……ふう」
さて、追っ手を撒くことはできたが、これからアッシュとサリエル、うまく行っていればベインとクオ、ソラが待つ町の外まで出なければいけない。
太陽の位置を確認し、方向を定めている最中、彼女は背後から近づいてくる男に気付かなかった。
「!?」
気付いたときには既に遅く、布で鼻と口を押さえられた感覚と、強烈な薬品臭が鼻腔をついた。
相当きついものだったのか、何を思う間もなく、アシュアはその場に倒れてしまった。
タートル・タウンの北側には、ちょっとした遺跡がある。いつの時代のものかすら分からないが、大きな屋敷の跡らしく、基礎の部分だけ残っていた。
来る途中見かけていたので、ソラを救い出した後はここで落ち合うことにしたのである。
「……アシュア、遅いな……」
もうドレスもかつらも脱いで、すっかりいつもどおりのクオが、遺跡の前でうろうろしている。
「……確かにな。もう一時間は経ったんじゃないか?」
と、ベイン。ちなみに彼は変装のときのままの格好である。今の格好で見えるところだけ肌を焼いたので、服を替えられないのである。
「まさか捕まっちゃったんじゃ……!」
サリエルがアッシュを抱えながら顔を青くする。アッシュも心配そうな声で一声啼いた。
「……ごめんなさい……。全部私のせいだわ……私があんなやつに捕まったりしなきゃ……」
と、すっかり憔悴したソラが俯く。
「……くそ! やっぱり止めればよかった!! 俺戻って捜してくる!!!」
とクオが走り出そうとするのをベインが首根っこを掴まえて止める。
「待て待て! あいつがどこにいるかも分からないのに……それにお前さんひとりでどうにか出来るって相手でもねえ!」
「そ、そうよ!? ダンテ卿は狂ってるわ!」
と、ソラが叫んだ。
「あいつ、私のこと、火あぶりはやめて生贄にするとか言ったのよ! その後教会に連れて行かれそうになって……あ! アシュアさんも教会に連れて行かれたんじゃないかしら!?」
「い、生贄……? なんだそりゃ」
ベインが驚いた顔で言う。
「分からない……でも早く行ったほうがいいわ! 私たちも行きましょう!」
ソラが立ち上がる。
「わ、私も行くわ!」
とサリエルも立ち上がるが
「サリエルはアッシュに乗ってセレンディアに帰ったほうがいい……」
とクオが言った。
「そ、そんなの嫌よ! アシュアとちゃんともう1回会ってからじゃないと帰らない!!!」
サリエルは顔を真っ赤にして反抗する。泣きそうなのだ。
「しかしな……お嬢ちゃんがいるとな……」
ベインが口ごもる。正直言って戦闘能力のないサリエルは足手まといになるのだ。
「うぅ……!ならここで待ってるから!!!」
サリエルは涙を浮かべて懇願する。
「……それならいい。必ず連れて帰ってくるから」
と、クオが言った。そのときの彼の顔は、サリエルが見た中で一番真剣で、痛切で、なんとも言えない表情だった。
それを見て彼女はふと涙を止める。
本当に泣きたいのは彼のほうなのではないかと思ったのだ。
「……行くぞ」
3人は再びタートル・タウンへと駆けていった。
意識の水底は闇。ゆっくりと浮上していく。
彼女は目を開いた。開いても目の前には闇が広がっているだけだった。
「……つ……」
頭がガンガンする。麻酔性のある薬品か何かを吸わされたのだろうが、そのあたりの記憶も曖昧だった。
身動きもとれない。
(……当たり前か)
見ると手には手錠、足にも同じような足枷がかかっていた。
アシュアは自らの失態ぶりに苦笑する。
(縄ならともかく……自力は無理か……?)
『お前一人じゃ危なっかしいんだよ!!』
クオの言葉を思い出す。
(…………くそ)
心の中で悪態づく。
このままでは駄目だ、と。
それは以前から思っていたこと。
昼間はあんなことを言ってしまったが、実際あの剣士はよくやっているし、今はそれなりに、信頼もしている。
だから怖くなるのだ。
頼れば頼るほど、トラブルの多い身の上だ。
彼の負担、リスクも増える。
けれど自分のために死なせるようなことだけは、絶対にあってはならない。
これ以上は絶対に失わない。
だから。
(……あいつが助けに来る前に、自力でここを出る)
彼女はそう決意を固めて、前を見据えた。するとちょうどその時、錆びきった蝶番がきしむ音と共に、真っ暗な部屋に光が差し込んだ。
「やあ、お目覚めかい? 赤髪の魔女」
人間のものとは思えないような冷徹な笑みで、その男、ダンテ卿は入ってきた。
久しぶりに連日掲載ですが今週末は家を空けるためPCを触れないためであります。
アシュアとクオの喧嘩は書いていて楽しかったです。この話あたりは個人的に楽しんで書いているので変な方向に暴走しないか心配ですが・・(汗)。
ここまで読んでくださった方々、ありがとうございます。