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第18話:狂気の男

 日が暮れてもタートル・タウンの街は人で賑わっていた。これからが本番だとでも言いたいくらいの喧騒だ。

「ったく、夜のほうが動きやすいと思ったんだがな……どうもここじゃ調子が狂う」

とアシュアは悪態づいた。

「仕方ないさ。こっちだ」

とベインが人気のない通りを選んで先導する。目指すのは勿論ダンテ卿の屋敷。貴族の屋敷が固まっている区画の一番頂上にあるらしく、ちょっとした山登りをしなければならないらしい。

街を抜けたらすぐに巨大な黒い門が見えた。勿論閉じている。

「あれを越えたら貴族の屋敷街なんだが、アポイントでもない限り一般人は通してもらえないらしい」

とベイン。

「見張りがいるのか?」

とクオは一応尋ねる。

「……いや、よく見ろ、門の両端に何かある」

とアシュアが言った。

「なんだあれ?」

ある程度近づいて凝視すると、カメラでもレーザーでもなさそうだ。

「となると何かのセンサーだな。ここを越えると警報機が作動したりするんじゃないか?」

「まるでコソ泥だなあ、俺たち」

とベインは苦笑した。

「じゃあどうやって入る? 壊してもまずそうだし」

とクオはうなだれた。

「仕方ない。別々に分かれよう。2人がおとりになって、1人がソラさんを助けに行くんだ」

とアシュアは即断する。

「え!? じゃあ誰がソラさんを助けに行くんだ?」

「それはやっぱり俺だろう? お前たちはソラの顔を知らないし……」

 と、ベインが言う。

「ああ……でもベインの巨体だとそのダンテ卿の屋敷に忍び込んでも見つかりやすくないか?」

とクオは心配する。相手が兵力を持っているならそれが動く前に出来るだけ目立たないようにことを済ませるのが一番なのだ。

「……それもそうか。じゃあ……」

「私が行こう。ソラさんも私のことは知ってるんだろ?なら見ず知らずのクオが行くより信頼するんじゃないか?」

とアシュアが言った。

「それもそうだな」

とベインは納得した。

しかしクオのほうは不満そうだ。

「おいアシュア、ほんとに大丈夫か?」

「なんでお前が心配するんだ」

「うー……だって……」

彼女は一人だと余計に無理する癖があるのを彼は知っている。いや、実際はアッシュが彼女についているが。

「だっても何もないだろ。時間がもったいない。じゃあそういうことで。落ち合う場所は宿屋でいいな?」

「ああ。万が一に備えて先に戻って荷物をまとめとくよ。あ、あとソラの特徴だがな、銀の髪で左目の下にほくろがある」

「分かった」

 そして3人はそれぞれ門によじ登り、一斉にそれを越えた。

途端、案の定周辺の屋敷からサイレンが漏れ聞こえだした。

アシュアは人目につかないよう、屋敷の影に隠れながら慎重に進む。逆にクオとベインは通りを目立つように走った。

「侵入者だ! 追え!!」

各屋敷の警備員らしき男達が2人を追いかけ始める。

(頼むぞ)

ベインは心から祈っていた。


 しばらく経ってから、アシュアは無事ダンテ卿の屋敷に辿り着いた。途中、侵入者騒ぎで巡回していた警備員を2人ほど気絶させたが、それくらいなものだった。

ダンテ卿の屋敷は他のどの屋敷よりも入り口がしっかりしていて、侵入し難い印象を受けた。

(さて……どこから入るか……)

そのとき初めてアッシュが一声鳴いた。

「なんだアッシュ」

アッシュの視線の方向を見ると、そこには巨大な煙突があった。

「……あれで中に入れって? サンタか私は」

とアッシュを半眼で睨むが、他に侵入できそうなところはない。

(……仕方ない……やるか)



 窓も明かりもないので、どうにもこうにも感覚が狂う空間の中で、彼女はひとり膝を抱えていた。

自分がここにぶちこまれてから一体何日過ぎたのか。食事もまばらにしか来ないから、いや来るだけましかもしれないが、常に空腹だった。

自慢の銀の髪も、今はほこりにまみれてきっとみすぼらしいのだろう。鏡がないのは救いかもしれない。

(……ベイン……どうしてるかなあ……)

不安を紛らわせるために離れ離れになってしまった相棒のことを考え出した彼女だったが、足音に気付いて 神経をそちらに集中させる。

格子の向こう側、暗いが誰か立っているのが見える。シルエットからして男。

「やあ。『不死身の魔女』、気分はどうだい?」

その声で彼女は目の前の男が自分をこんな目に遭わせている張本人だと理解する。

「最悪よ。あんた、一体何様のつもり?」

声は臆した様子もなく、まだ凛としていた。自分でもほっとする。

「言ったじゃないか。私はこの世界から魔女を消し去る者だと」

男は嗤っているのだろうか。本気とは思えない。

「何が魔女よ。言っておくけど、私を燃やしたからって何も起きやしないわよ。見物人を呼ぶ価値すらないただの虐殺になるだけだわ」

そう、確かに彼女には少し変わった能力があるようだが、あれはそういうときのためのものではないということは自覚していた。

「ははは……そうかい。ならやめるよ」

と、男は言った。

「……え?」

さっき、なんと言ったのだろう、この男は。

「……君にはもっと、価値のある死を与えよう。それにもう一人、『生贄』がやって来たようだから」

男の眼はすでに狂気の色だった。



 実際予想に反して煙突からの侵入は楽なものであった。煙突だからもっとすすけているのかと思いきや、流石一流の貴族の屋敷というか、綺麗に掃除されていて、全く苦にならなかったのである。

 しかし、降り立った場所がどこか把握出来ないでいた。

(暖炉がある部屋だから……客間だろうな)

と大方予想をつける。外で侵入者騒ぎがあったにも関わらず、この屋敷内は妙に静かだった。

(妙だな……)

しかしそのまま引き返すわけにも行かないので、アシュアは先に進むことにした。

足音を立てないように部屋を出る。

廊下にも電気はついていない。窓から差し込む月明かりだけが光源だった。

このあたりの屋敷は円形をしている。ぐるりと回れば元に戻ってこられるから、迷うことはまずないだろう。

(しかし全く居場所が分からないのはきついな……誰か家人でもいれば聞き出すんだが……)

と、考えていると、グッドタイミングに先のほうから声が聞こえてきた。若い女の声だ。二人いる。

アシュアは息を殺して巨大な柱の影に隠れる。

「あの、ご主人様は本当にあの人を火あぶりにされるんですか? 囚人でもないんでしょう?」

と、女の声。

「しっ! ご主人様にでも聞かれてごらんなさい! 私たちだってそうなるわよ! それに魔女なんて死んじゃえばいいのよ! まったくよそ者の新人はこれだから困るわ!」

ヒステリック気味な女の声。

「す、すみません……」

「罰として私の分も片付けといてね。はい」

と、気の強そうなほうの女がもう1人の女に食器らしきものが乗ったトレイを渡す。使用人なのだろう。遅い夕食を食べ、片付けてからの就寝らしい。

「わ、分かりました。おやすみなさい」

「はいお休み〜」

と、1人の女のほうは来た道を戻っていった。

その女がどこかの部屋に入る音が聞こえてから、もう一人のほうの女が溜め息をつく。

(よし)

アシュアはここぞとばかりに柱から飛び出した。

その人影に驚いたのか、使用人らしき女は手に持っていたトレイを落としそうになる。

(まずい)

とっさに、それでも音を立てないようにアシュアは見事なスライディングを見せ、トレイと食器を床に落とさずに済んだ。

「せーふ……」

こっちの心臓が止まりそうだ。

一方、使用人の女は小刻みに震えて後ずさっている。

「ふ、ふしんしゃ……ど、どろぼ……」

「不審者だけど泥棒じゃない……いやある意味泥棒か……」

と、トレイを床に置いてアシュアは立ち上がり、女を落ち着かせるようなジェスチャーを取る。

「私は『不死身の魔女』を助けに来たんだ。場所を教えてくれないか」

と、アシュアが言うと、使用人の女は少し落ち着きを見せた。

「あ……ああ……そうなの……?」

「場所は知ってる?」

「え、ええ……地下にいるわ……でも地下に入るのも鍵がいるし、その人がいる部屋にも鍵がかかっているわ……」

「鍵はどこに?」

「ご、ご主人様が持って……」

刹那、ほとんど真っ暗だった廊下にぱっと明かりがついた。

「!?」

アシュアも使用人の女も身を縮ませる。

「待っていたよ、赤髪の魔女」

妙に威圧的で、それでいてどこか愉悦を含んだ男の声が廊下に響いた。

声の主をたどると、そこには『ダンテ卿』という名前から想像していたものよりかはずっと若い、スーツ姿の男が立っていた。

「ダンテ卿か……?」

「ご、ご主人様!」

女のほうは今にも倒れそうなくらい恐怖に怯えた声を出す。

「いやあ、良くないメイドだ。君も死にたいのかね?」

「も、申し訳ありませんご主人様! どうかお許しを!!!」

懇願に近い女の叫び。

「いいや、私は決定したことは覆さない主義でね」

と、男は笑って言う。嫌な笑いだ。

「そんな……! 私にはセレンディアに残した父母と兄弟がいるんです……!」

(セレンディア?)

アシュアははっとなって女の顔を初めてまともな明かりの下で見る。茶色の髪を一つのお下げにした、青い目の少女だった。頬のそばかすに見覚えがある。

「……サリエル?」

「え?」

突然名を呼ばれて女はこちらを見た。

「……アシュア? アシュアなの?」

「ああ」

この使用人、セレンディアでの幼馴染の一人だったのだ。どうやら出稼ぎに来ていたらしい。

「ほう……知り合いかね。珍しいこともあるものだ。魔女の友人はまた魔女だったりするのかね……?」

(……なんだ? こいつ……)

とアシュアが疑うほど、ダンテ卿の言動は全く解しがたい。


しかしあの眼。まるでこちらを人間として扱っていないようなあの眼は、とても鼻につく。

ああいう眼は嫌いだ。前にもああいう眼で見られたことがある。

そう、一番嫌いな――――……


「ふざけるな」

アシュアはダンテ卿に飛びかかろうと体勢を作るが、その後ろ。

「……!」

彼の後ろに途方もない数の兵が並んでいる。皆が皆白い法衣のようなものを着ていた。

(いつの間に……!)

「あ、あ、アシュア……」

怯えて声にならないような声でサリエルはアシュアのコートをぎゅっと握る。

(……くそ!!)

アシュアは肩に乗っているアッシュに視線を投げる。

アッシュは了解したように窓に向かって飛ぶ。体当たりして窓が開いた。外に出た途端竜の体は巨大化する。

アシュアはサリエルを抱えてアッシュの背中に乗せる。

「逃がすな!! 撃て!」

轟きだす銃声。

間一髪でアシュアもアッシュの背中に乗る。

竜は空高く飛翔した。



 なんとか宿に戻ってきたが、皆が皆疲労困憊の暗い表情だった。

「……すまない」

一番暗いのはアシュアだった。

「……いや、ダンテ卿はお前さんのこと、『待ってた』って言ったんだろ? あいつはお前さんのことも狙ってたってことだ。気にするな、まだ時間はある」

ベインはそう言ってはくれているが、やはりソラが心配なのだろう。表情は硬い。

「それにサリエル、ごめん。私が余計なことをしたせいで……」

サリエルというアシュアの幼馴染もメイド服のままその場にちょこんと座っていた。

「い、いいのよアシュア! あんな屋敷、今思うと恐ろしいだけだわ! セレンディアに帰ることにする! 貴女がカタストロファーを退治してくれたんでしょ?」

彼女だけはまだ若干表情が明るかった。

クオはというとこちらも表情は暗い。

(……またそんな危ないところにアシュアを一人で行かせちまった……)

と、一人うなだれていた。

「けどどうする? ダンテ卿の屋敷、まずもう忍び込めないし、地下まで行くのは困難だ……」

と、アシュアが溜め息混じりに言う。

「確かにな……それに明日には俺たちの人相書きとかが町中に貼られて、ここにもいられなくなるんじゃないか?」

と、さらにベインが溜め息をつく。

「……」

クオは溜め息だけつく。

「なら、変装して待ったら? あと2日」

と、サリエルが言った。

「……変装?」

考えもしなかった。いや、その、あまりにもベタな考えすぎて。

「2日後には外に出てくるんでしょ? そのソラさんって人。そのときまで変装して街に潜んで、火をつけられる前に救い出しちゃえばいいのよ!」

と、名案のようにサリエルは顔を輝かせて言った。

が。

他の面々は、溜め息をつく。

「え!? え!? 駄目!?」

「い、いや、火をつけられる前に救出って……結構難しいと思うぞ? タイミングとか……公衆の面前だし逃げ場がない……」

と、アシュアが説明する。

「そ、そう……?」

サリエルはしょんぼりする。

「……しかしそのお嬢さんが言う道しか残ってないのかも知れんな……」

と、ベインは言った。

アシュアは驚く。

しかし考えてみればそうだ。

「……確かに……」

「え!? じゃあそうするの!?」

自分の意見が通ったのが嬉しいのか、サリエルのテンションが妙に上がる。

「……相手もそう読むかもしれんが……当日のことについては少しばかり策を練ろう。だが変装は早急だな」

ベインの顔が少し引き締まる。

「変装なら任せて! アシュア、私の実家の稼業、覚えてる!?」

サリエルがアシュアの方を期待のまなざしで見る。

「え……と」

(確かサリエルの実家って…………)


「……美容院……?」


サリエルは満足そうに頷いた。


繋ぎみたいな話でしたがなんとなくタートル・タウン編はホラー風味です(いやほんとなんとなく)。

ところでこの前から各話にサブタイトルがつくようになりました。単に作者が何話にどんな話があったか参照しやすいようにつけたのですが読者の方にも分かりやすくなっていれば幸いです。

ここまで読んでくださった方々、ありがとうございました。

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