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第17話:享楽の都、タートル・タウン

 セレンディアよりさらに南下すると、大都市タートル・タウンに行き着いた。王都の次に繁栄していたというだけあって、面積はセレンディアの比ではなく、土地の豊かさもあってか、飢餓を知らない裕福な町だ。タートルという名の由来は勿論『亀』で、この町には古くからの名家、つまり貴族が多く住んでおり、その屋敷の屋根の形が丸いドーム型だったりするのでそれを亀の甲羅に喩えたものだという。しかしその名の裏には

「常に平和ボケしてトロトロしてるって意味も含まれてるって聞いたことがある」

とアシュアは言った。

クオはなるほど、とまた街の様子を見回す。

この町にはまだカタストロファーの雲は現れていないらしく、平和そうで、街も賑やかだった。まあ、賑やかさというものはカタストロファーが出現している他の町でもざらにあった。しかしここの人々の顔はそういった他の町よりもなんというか、緊張感が足りないというか。

「贅沢におぼれて、娯楽に飢えた顔してる」

と、アシュアは穿ったことを言った。

昼間から外で酒を飲んでいる男が何人いることやら。しばらく見ることもなかった賭博場まで沢山目にした。

さらに大通りから小脇に逸れた道を歩くと何やらいかがわしそうな店がずらりと並んでいて、昼間だというのに

「あら、そこの可愛い坊や。うちの店に寄ってかない?お姉さんがいいこと教えてあ・げ・る」

とか無駄に鬱陶しい声で派手な女がクオにまとわりついたりして

「え! いや、あの……」

とかなんとかうろたえている彼を見ているとアシュアは無性に腹が立ったので

「ふうん、お前はそういうのがタイプだったのか。私は宿に行くからお前はどこででもよろしくやってろ」

と捨て台詞を吐いて早足になる。

「な! ちょ! ちが! アシュア! 待てよーーーー」

とクオは女を振りほどいて慌てて彼女を追いかける。


宿屋というのもこういった大きな町では沢山あるようで、見てまわった数軒の中で一番安いところでも通常の倍近く。

「……これなら野宿したほうがマシだ」

とアシュアは溜め息混じりに言った。

しかし町に入ってまでそうするわけにもいかず、一番安い宿に入って食事を取ることにした。

「いやあ、高いだけあって飯はうまいなあ」

とクオは上機嫌だ。

「今のうちに食っとけ。絶対もうこの町には寄らん」

とアシュアは自分の皿もクオのほうに押す。

もともと彼女はあまり食べないようだが、それにしてもあからさまに手をつけていないので

「アシュア、この町嫌いか?」

とクオが問う。

「……好きじゃない」

とアシュアはそっけなく答えて水を飲み干す。

そんなこんなで食事をしていると、男が入り口から小走りに入ってきて、

「おいおい皆、外に掲示が出されたぞ! 見に来いよ!」

と息を弾ませて言った。

なんだなんだとぞろぞろと外に出て行く人々。

残ったのはアシュア達とほんの数人くらいであった。

「……掲示ってなんのことだろ?」

口を動かしつつクオが疑問を口にする。

「さあな……大方……」

とアシュアが言う前に

「貴族が張り出すお知らせ掲示板だ。主に市民への娯楽を提供してる。例えば剣闘士大会の開催とか、な」

と、低い男の声がした。

振り返ると、隅の机に一人で座っている無精髭の男がいた。かなりの大男で、眼は野生的に凛々としており、その眼から、旅慣れたような格好から、この町の人間ではないということが見て取れた。

「随分と暇なんだな、この町は」

とアシュアは皮肉って言った。

「ああ、全くだ。ここより北の地域がどれだけ困窮していようが、この町の奴らはお構いなし。おめでたいことだ。なあ? 赤髪の魔女」

「!」

男はアシュアをその名で呼んだ。

「……あんた何者だ?」

アシュアは男を睨むが、男はよせよせといった感じに手をひらひらさせて

「俺もあんたと同業のもんだよ。まあ、この町に仕事はないようだがな」

と言った。

「……同業ってことはおじさんもカタストロファーの退治屋か?」

とクオが乗り出す。

「おい、おじさんってなあ……俺はまだそんな歳じゃねえよ。……しかし赤髪の魔女は常に一人で行動してるって話だったが……連れがいたのか。しかも動物まで連れてるときた」

と、男はしげしげと二人と一匹を眺める。

「こいつは成り行きだ」

アシュアがクオのほうに親指を立ててそっけなく返す。

「な、成り行きってひどいなー」

とクオが不満げに口を尖らせた。

「はっはっは。意外と面白いじゃねえか。気に入った。どうだ? 街でも案内してやろうか? 確かに堕落した街だが、見てまわる分には他の街より面白いぞ」

と、男は気さくに歩み寄ってくる。

「え!? いいのか!?」

とクオは乗り気だ。

「おいクオ! 私はいいからな」

「えーせっかくここに泊まるんだからさ、時間は有効に使おうよ」

「坊主の言うとおりだ。どうせこの宿屋に居たって何もねえしな。いや、エステがどうのこうのって書いてあったがお前さん、興味あるのか?」

「〜〜……なめるな」

「決まりだな。俺はベイン。よろしくな」

と、男は強引に握手して、結局アシュアも連れ出されてしまった。


 ベインはまずなぜか帽子屋に寄って、適当なものを選んでアシュアに渡した。

「これ被ってな。おごってやるから」

「?」

おごってやるとまで言われたので言われたままにアシュアはそれを被った。

「おお、アシュア、帽子似合うぞ」

とクオは正直な感想を述べた。

「お世辞はいらん」

とアシュアはそっぽを向く。クオは苦笑するまでだったが、ベインには実際は照れ隠しというのが見え見えだった。

その後彼が立ち寄るのは賭博場やらそんな遊び場ばかりだった。クオは何やら真剣にルーレットで遊んでいる。傍目でアシュアは何が楽しいんだか、と呆れていたが

「来た来た来たア!!!」

と彼が叫んだ後周りの大人たちは歓声を上げてコインが飛び交った。

「?」

「アシュア! 儲けたぞ!!!」

とクオは両手にいっぱいのコインを掲げる。

(まじかよ……)

「おうおう、あの坊主運がいいなあ」

とベインも満足そうに眺めている。


夕暮れ時

「しかしくだらんな」

とアシュアは片手で白い袋をもてあそびながら言った。

「くだらんか?」

「今日一日でこれだけの稼ぎ。これじゃあ今まで命がけで戦ってきたことがアホらしく思える」

彼女が宙に投げたりしている袋の中には、遊びで稼いだ小銭が詰まっていた。

クオはというと大きな袋を抱えている。その中には非常食の干し肉やらが入っていた。

小銭はクオのルーレットによるものがほとんどだが、大袋はアシュアも暇つぶしに射的をやって、見事に特等を射た景品である。

「お前らここに住んだらどうだ? そのほうが楽だぞ」

と豪快にベインは笑う。

「死んでもお断りだ。……ベイン、あんたはどうなんだ? どうしてこんな町にとどまってる?」

アシュアは若干非難するような目でベインを見た。

カタストロファー退治を生業とする者となると、それなりに生死の狭間を行き来して鍛えあげた戦士のはずだ。そんな者がこんな町で仕事もなくぶらぶらしていられるのが、彼女には信じられないでいた。

「俺か? 俺はここで連れを探してる」

「連れ?」

「ああ。この町に着いたときに『ちょっと自由行動だ』って言って別れたままなんだ。もう1週間になる。宿は知ってるはずなんだがな……こう広いと捜すのも一苦労でな」

それでアシュアは納得がいく。今日街を回りながらも始終この男は遊びに興じることなく周囲を気にしていた。

「……そりゃあ災難だな」

「……まあな」

と、歩いていると、前方にちょっとした人だかりがあった。

「あれ、なんだ?」

「あの辺によく掲示が出される。そういや言ってたな。今日はなんの掲示だ?」

クオがぴょこぴょこ飛び跳ねるが、前の人で掲示の内容がよく見えない。

大男のベインが人を押し分けて声に出して読み上げた。

「ダンテ卿が『不死身の魔女』の捕獲に成功した。3日後に火あぶりを行う。かの魔女が不死身かどうか、その目で確かめよ……」

しかしベインの声は次第に小さくなった。というより震えていた。

「……ベイン?」

その只ならぬ様子に、掲示の内容も内容だがアシュア達は彼のほうが心配になってその顔を覗き込む。

彼の、血の気の多そうな顔は、今は蒼白だった。

よろりと人ごみから抜けて、ベインは言った。

「……『不死身の魔女』ってのは、俺の連れだ……」




 代金が高いだけあって、やはり宿の部屋も他の町のものより小綺麗で、家具も立派だった。

四角いテーブルを三人が囲む。

「……ったくあいつ、まさかとは思ってたが……なんでヘマしやがったのか……」

 ベインが苦々しく口を開く。

「あんたの連れ、女だったのか」

とまずアシュアは感想を言う。

「ああ。幼馴染でな。共に鍛えてきた仲間だ。名前はソラ。『不死身の魔女』は裏の通り名だ。お前さんも持ってるだろ?」

とアシュアのほうに視線をやる。

(……そういえば聞いたこともあるような……)

アシュアは常に一人で動いていたため同業者に対する関心も薄く、あまりそのあたりの知識がないのだ。

「しかし由来があるだろう。魔女って言われるからにはそれなりの、不死身って言われるからにはそれなりの」

「……ああ。あいつ、『落ちても死なない』んだ」

と、ベインは言った。

「……は?」

何のことか分からず、アシュアは聞き返す。

「そのままの意味だ。過去に何度かあいつはビルから落ちたり崖から落ちたりしたんだがな、その度なぜか無傷で元の場所に戻ってくるんだ」

「……なんだそれは。超能力か? それとも魔法の一種か?」

「あいつは魔法なんて教わってないはずなんだが……」

とベインは言う。

「それにそんな便利な魔法、まずないし、あっても高度で習わないと無理だ。俺の剣の魔法だって浮くのが精一杯で、戻るなんて出来ない」

とクオが言う。

「……じゃあ超能力か?」

とアシュアは苦笑する。

「そうかもしれんが……だがな、あいつのその能力、『落ちる』ときにしか使えないのは俺も知ってる。だから、火あぶりになんかされたら死んじまう」

と、ベインは悲痛な声で言った。

「……それにしてもどうして捕らえられて、火あぶりにされる必要があるんだ?」

クオが問う。

それにはアシュアが答えた。

「お前も見ただろう。私もたまに『魔女狩り』にあう。ああいう輩は暇で仕方がない裕福な奴らが勝手に名のある奴の首に賞金をかけて遊んでるんだ。理由なんて娯楽だ」

「……そんな……」

「だがここの奴らには他にも理由があるかもしれんぞ」

とベインが口を挟んだ。

「この町には古くからの大教会があってな。魔女を異端視する風習が根付いてる。お前さんも気を付けたほうがいい……」

と溜め息混じりに彼は言った。

(ああ、だからアシュアに帽子を買って髪を隠させたのか)

実際クオが思うに『赤髪の魔女』の名は『不死身の魔女』よりかは通っている。彼女が教会の関係者に見られた場合、少しばかりややこしい事態になるだろう。ベインは見掛けによらず気の利く男らしい。

「気遣いは感謝する」

アシュアもそのことに気付いたのかそう礼は言ったが

「だが神父か牧師か知らんがそんな奴らに怖気づくわけにもいかない。……勿論行くんだろ?」

とアシュアは立ち上がる。クオも続いて立ち上がった。

ベインは

「いや、行くが……お前たちを巻き込むわけには……ソラを捕まえたダンテ卿っていうのはこの町で一番力を持った貴族だ。しかも噂によると裏でその大教会を操ってて、歯向かう奴らは天罰とか言って処刑するし、物騒な連中も多く抱えてるって話だぞ?」

と口ごもる。

「それくらいでないと張り合いがない。それに、そのソラって人に会って話をしてみたいんだ」

とアシュアは珍しいことを言う。

「なんで?」

とクオが問う。

「そのソラさんの能力、『太陽の楽園』に繋がる道かもしれない」

とアシュアは言った。

「なんだお前たち、そんなところを目指して旅してるのか? おかしな奴らだな」

とベインは破顔した。

「……別にいいだろ。とにかく行くぞ」

「……分かった。お前さんたちも用があるなら、貸し借りは無しだ」

ベインは不敵に笑って立ち上がった。


・・・4月から新連載しようと思ってたんですが、2本やってどっちも中途半端になるのも嫌ですし今頭の中がやっとこの作品でいっぱいになってきているのでもうちょっと軌道に乗るまでこれ1本に集中しようと思います。本当にいろいろと中途半端な作者ですみません。ここまで読んでくださった方々ありがとうございます。

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