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第14話:代償

 ハインド老人が話し終えた頃には、クオとキルトの手は完全に止まっていた。

「キルト、こげとるぞ」

とハインドがフライパンを握っている孫をつつく。

「うわあっ」

と、慌ててキルトは卵をひっくり返す。

「その後じゃがな、奴の前々からの伝言通り、アシュアをわしらの知己のもとへ行かせた。そやつというのが昔戦の華と呼ばれたほどの女武人でな。でまあ、あいつに相当鍛えられたのか、6年経ったらもう『赤髪の魔女』になっとったよ、あの子は」

と、ハインド老人は締めくくった。

「…………」

自分でねだっておきながら、自分ごときがこんな話、聞いてよかったんだろうかとクオは後悔していた。

(今度アシュアと顔を合わせたら、俺、まずいかもしれない)

ふとキルトのほうを見ると、彼も同じような顔をしていた。

「……まだまだ修行が足りんの。変に構ってやるなよ2人とも。困るのはあの子じゃしな」

と、ハインド老人は言った。

(……確かに)

今更彼が慰めたところでどうこうという話ではない。

(ならこの先、どんなことがあっても、俺はアシュアの傍にいる)

 クオはそう決心した。

「クオ君、そろそろアシュアを呼びに行ってくれんかの?」

「わかった」

とクオは外に出た。



 アシュアの姿は居間にはなかった。

(どこにいるんだろう)

クオは決して広くはない屋敷内を探す。

最後に辿り着いた、一番奥の戸をゆっくりと開ける。

「アシュア、いるか?」

そこは部屋というより納戸に近かった。縦に長くて幅が狭い。奥に1つだけ窓があって、ほんのり明かりに照らされているベッドがある。

そこに誰かが横たわっている。

無論彼女だ。

(あちゃー……寝てるのか?)

流石に起こしづらくて、及び腰になる。

足音を立てないように、それでも彼はそっと近づいていた。

「…………」

ベッドを照らしているのは月明かり。

月の光がこんなに明るいと感じたのは久しぶりだった。

その下で、彼女は穏やかに眠っている。

それを見てどこか彼はほっとする。

(なんだろう、この安堵感は)

そう不思議に思って、そして彼は気付いた。

彼女がこんなに穏やかな顔で眠っているのを見たのは初めてなのだということに。

今まで野宿の数のほうが多くて寝床はいつも最悪だったが、どこにしたっていつも彼女はどこか険しい顔をして眠っていたような気がするのだ。

(いやまあ、寝顔を見てたなんて知られたらぶっ飛ばされること間違いなしなんだろうけど)

そう思いつつ、やはりじっと見つめてしまう。

柔らかそうな瞼、影を作るまつげ

通った鼻、そして今日は特に幼く見える唇。

(……………って。なにまじまじ見てるんだ俺! 早く起こさないと!)

と思いつつ、しかしやはりせっかくこんな顔で寝ているのを起こすのは勿体無いというか可哀想だとかそういうのは……タテマエで。

「…………」

(もう少しだけ……)

眺めていたかったのだ。

白昼に彼女を見ると誰もがそうだと思うのだが、やはりその赤い髪と眼に自然と目が行ってしまう。しかし、その特徴抜きにしたって、彼女の顔立ちはとても整っていて、実は美人なんだと今改めて思い知らされた。

(あ、あと、前から思ってたんだけど、アシュアって意外と…………)

とか云々考えていると、急に彼女の眼が開いた。

「うわあ!?」

とクオは勢いよく退いた。

「!? ってなんだいきなり!?」

と、いつもは寝覚めの悪い彼女だが、今ばかりは意識がはっきりしているようで、驚いたように跳ね起きた。

「い! いや、夕飯呼びに来たんだけど! アシュアが寝てたから! 起こすのもどうかなーと思って!」

と、とっさにクオは嘘をつく。

「ーーーーならさっさと起こせ! ったくいつからそこにいたんだ!」

と、頬を赤らめて悪態づくアシュア。

(ああ……やっぱ寝顔見られるの嫌なんだな……やっぱその辺は女の子らしいというか……)

と、心中だけで思っておいて、彼は話を逸らす。

「早く行こう。キルト達が待ってる」

「…………ふん」

と恨めしげに睨みつつもアシュアはベッドから降りた。するとどこにいたのかアッシュもついてきた。




その日の夕食は久しぶりに豪華だった。

「オムレツー、ゆでたまごサラダー、茶碗蒸し〜」

とクオは歌っていた。

「クオ、コレステロールを気にしたほうがいい」

とアシュアは言ったが

「なにそれ? キルト、その卵焼きもらっていいか?」

の様子なので放っておいた。


 食後の茶をすすりかけた頃、急に窓の外が真っ暗になった。

「……!」

この独特の暗闇。

カタストロファーの雲である。

アシュアが無言で立ち上がる。

「アシュア、出るのか?」

クオが念のため尋ねながらも続いて立ち上がる。

「勿論だ」

アシュアは振り向きもせず戸へ向かう。そんな彼女を

「……アシュア!」

と呼び止めたのはキルトだった。

「……なに?」

と面倒臭げに振り向くアシュア。気分を戦闘体勢に入れる途中で呼び止められると気を害すらしい。

「ここのカタストロファー、もう随分凶暴になってるんだ……!危ないよ……」

キルトはさも心配そうに、俯き加減に言う。

「それは承知の上だ」

アシュアとて、カタストロファーも最初に出現してから時が経てば強くなるというのは経験上知っている。

(この街に3ヶ月居座っている奴らだ。確かに強力だろうが、今はクオもいるので2人がかりならまだなんとかなるだろう)

「でも……」

と言いかけたキルトを老人が止めた。

「アシュアよ。1つ言っておくが、お前さん、これを生業としとるんじゃろ? この町じゃ誰と契約するんじゃ? 町長にしたって、今の財政じゃ懐の余裕はなさそうじゃぞ」

アシュアはむ、と押し黙ってから

「奉仕活動だ。この町には世話になったからな」

と、不敵に笑って出ていった。

クオも慌ててついて行く。

ハインドはけらけらと笑っていたが、キルトの表情は晴れなかった。



「クオ、当分ここに滞在することになるが」

念のためアシュアはクオに言っておく。

「別にいいよ。俺はお前の居るところが居場所だからな。あとご飯に困らないしなあ……ここ」

予想以上の能天気な返答に

「言ってろ」

アシュアはついつい笑みを浮かべそうになった。


広場に佇んだ2人の前に黒い獣が現れる。

いつにも増して、大きい。

「クオ、奴を引きつけてくれ。後ろから撃つ」

「分かった……けど俺まで撃つなよ?」

 冗談半分にクオが言うと

「うまくかわせ」

冗談交じりにアシュアは答えた。

そして町の誰も知らないところで、戦いは始まった。




 セレンディアに滞在すること1週間。倒したカタストロファーの数は5。そろそろ出現頻度も高くなってきた。

そして疲労も溜まるころなのか、

ガシャン。

「あ」

台所のほうで陶器が割れる派手な音と、どことなく間の抜けたアシュアの声がした。

「アシュア、大丈夫?」

とクオより先にせかせかとキルトが駆けつける。

「ごめん、皿割れた」

彼女らしくない、そんな内容の会話だ。

「見れば分かるよ、それより怪我しなかった?」

「……ああ」

と生返事をして片付けようとするアシュアをキルトは止める。

「僕がやるから、休んでなよ。疲れてるんだろ?」

「そんなことは……」

アシュアは少しむきになりかけたようだが

「いいや、寝不足で目が赤いよ? いいからいいから」

と、キルトは強引にアシュアを台所から押し出した。まあ、もともと彼の家の台所である。

アシュアはここに滞在するようになってから食事をキルト達と交替制にしようと提案した。まあ、彼女の家はあるといえどガスも水道も止めているし、食料もなかったのでキルト達の家で食事をまかなってもらうことは仕方がなかったといえばそうなのだが、礼儀としては『働かざる者食うべからず』ということでそうしたのだ。

 で、クオからすると意外だったのだが、彼女は料理が出来るほうだった。今まで旅の道中では携帯食料の缶詰やらしか食べなかったので、その事実を知る機会がなかっただけなのである。

(アシュアのオムレツ食べたかったなー)

と彼は今朝も楽しみにしていたところだったのだが、向かいに座る彼女の様子がどうもおかしかった。流石に心配になって

「なあアシュア、どこか調子悪いのか?」

と尋ねたが

「別に。眠いだけだ」

と言ってのけるので追求できない。

 が

「アシュア、ちょっと来てみい」

とハインド老人が隣の部屋から手招きした。

(……あの部屋って……)

クオが思うにハインド老人が今いるのは診察室である。一応、あの老人は元医者なのだ。いや、元と言ってもまだ現役と言って差し支えはないのかもしれない。仕事としてはもう引退したのかもしれないが、クオ達がここに滞在している間でも、何人もの町の人々がハインド老人を頼って訪れ、その度老人は無料で彼らを診ていた。

しぶしぶの様子で立ち上がって、アシュアが部屋に入っていった。

(……なんの話だろ)

とクオは気になって閉ざされたドアを眺める。

キルトも気になったのか料理の手が止まっている。

クオとキルトは示し合わせたわけでもなく、自然に、中の様子を覗こうとドアの前に並んでいた。

2人は苦笑しつつ、少しだけ戸を開ける。


ハインド老人は椅子に座っている。医者が座る少し立派な椅子だが、あの身長であの大きさの椅子は少し不釣合いだとアシュアは思った。

「お前さん、ちとそのコート脱いでみ」

と、唐突に老人は言った。

「な」

とアシュアは後ずさる。

((おいじいちゃん、何言ってんだ!?))

と同時に胸中で叫ぶクオとキルト。

「わしが気付かんとでも思ったか? お前さん、家の中でもずっとそれ、羽織ったままじゃろ。どうもおかしいと思うてな」

(……そういやそうだったなあ……あいつがコート脱いでるとこ、見たことないや)

とクオは思った。

最初の頃こそ不審に思っていたような気がするが、それを見慣れてしまうと何も思わなくなってしまっていた。

「……別にいいだろ。私の自由だ」

とアシュアはそっぽを向く、が

「いや、見とって暑苦しい。あと色気がない」

とハインド老人。

((確かに))

と、秘かに胸中で同意するクオとキルト。

「……後のは余計だ、キルトのじいちゃん」

と、アシュアは呻く。

……しばし2人は見詰め合う、否、にらみ合う。

……結局、普段は茶目っ気溢れる老人のいつになく真剣な態度にアシュアは根負けした。

溜め息をつきつつそのコートを脱ぐ。

((!))

クオとキルトは息を呑む。

まず目につくのはとにかく白い包帯だった。

腕の大部分に巻かれている。

「やはりの」

とハインド老人は溜め息をついた。

「お前さんの装備を見てなんとなく分かっとったんじゃが……石を多用しとるみたいじゃな」

「…………」

「腕見せてみ。何もせんよりマシじゃろ」

アシュアは包帯を解く。

あんなに大きな銃を扱う割りには思いのほか細い腕。

血こそ滲んでいないものの、火傷のような痣だらけだった。

(……痛そうだな)

というのがクオの素直な感想だ。

「最近はまだマシだったんだ。そうだな……あいつと契約する前はもっとひどかった」

とアシュアは言っている。

(……俺と契約する前?)

とクオは不思議に思う。

「でも石に底石を戻してから、またひどくなった」

「……ふむ。実はな、初代の王もこんな腕じゃった。もともとメリクリウスの石は人間が容易く扱えるような代物ではないんじゃろうな。だから、お前のじいさんは石を使うことはなかったんじゃが」

とハインド老人は軟膏やらを取り出しながら語る。

「底石を戻して完全な形になった石は強力になった反面その副作用も大きくなったのではないか?」

「あいつは使ってもピンピンしてたけど?」

クオのことを言っているのだろう。先日のレイドリーグとの戦いで、彼は完全なメリクリウスの石を使用している。だが彼は特に不調を訴えることはなかった。

(私が不完全な石を初めて使ったときでも若干腕が痛んだんだが)

「相性の問題じゃと思うがな。生粋の剣士というのは半分人間離れしとると言ってもいい。なんせ生まれたときから片耳にピアスをしとるというじゃないか。加えてクオ君の剣は太陽の剣なんじゃろ? 剣の属性は本人の属性と言って間違いはあるまい。そして石もまた太陽の属性を持つようじゃからな」

「ふーん……じゃああいつと契約してこれがマシになったっていうのはちゃんと理由があるわけか」

とアシュアは考察する。

「そうなるの。じゃがお前さんの属性は真逆もいいところじゃ。クオ君と契約して若干お前さんにも太陽の属性が付随するようになったのかも知れんが、人の本来の属性はそう簡単に変換されるものでもない。特にお前さんのは前世からの因縁が深そうなものじゃしな」

と笑うハインド老人。

「じいちゃんに人の属性なんて分かるのか?」

 アシュアは冗談半分に尋ねた。

「ああ、見えるとも。お前さんの属性はな、『月』じゃよ」

 老人はいたって真面目に答えた。

今度は逆にアシュアが笑う番だった。

「それは傑作だな。どういう悪戯で私は『太陽』の楽園を目指すんだか。……ていうかじいちゃん何者?」

「わしか? わしは予言者であり八卦見はっけみであり医者でもあり軍人でもあった。こう見えてもリグロウスとは共に戦った戦友じゃぞ?」

「どうやってそんな小さな身体で戦ってたんだよ?」

とアシュアはさもおかしそうに笑う。クオから見ると、あそこまで心底笑っているアシュアも珍しかった。

「失礼じゃな! 昔は今のキルトぐらいの背は軽くあったんじゃぞ!」

と鼻をならす老人。

(えーーーうそーーー)

と衝撃を受けるクオ。しかし傍らのキルトは知っている。昔同じようなことを祖父に尋ねたら昔の写真とやらを見せ付けられたのだ。

いや、もうあれは別人だろうと思うほどの美青年だった。

「ふむ、まあこんなもんじゃろ。これは痛み止めじゃ、持っておけ」

とハインド老人はアシュアに薬を手渡した。

「ありがとう……」

と、妙にきょとんとした顔でアシュアは受け取る。それを見て

「なんじゃ、石を使うのをやめろと言われると思ったか?」

と穿ったことを老人は言う。

「……ああ」

「ふん、言いたいところじゃがな。どうせ言っても聞かんだろう、お前は」

「……まあね……」

「じゃが出来たら底石は外して使え。今のままだとそのうち腕が使えんようになるかもしれんぞ」

と、最後に老人は決して嘘ではない忠告した。

「わかった、そうする」

と、アシュアはコートを羽織りなおした。



 

その日の朝食時、クオはなんでもない風にやり過ごしたがキルトはあからさまに気にしていた。

アシュアの手の届く範囲にある調味料ですら進んで取りにいって手渡す次第だ。

アシュアも呆れている。

(……あれじゃ盗み見てたのばればれだよキルト……)

とクオは内心思いつつ、彼もまた心配しているし、正直情けない気持ちでいっぱいだった。

(……どうして今まで気付けなかったんだろ……)

彼女はいつも気丈に振舞うから、つい見過ごしてしまう何かが多い。

以後気をつけようと、彼は心に決める。

そんなクオを複雑そうな表情でキルトが眺めていたことに気付いたのは、ハインド老人くらいだった。


ここまで読んでくださった方々、ありがとうございます。3月末までは週1更新くらいのペースを維持したいと思っています(大丈夫か?)。セレンディア編以降は多少恋愛要素が濃くなるかもしれませんがどうぞお付き合いください(汗)。

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