幕間4〜recall〜
王の最期は惨めなものだった。
王はその間際まで後悔していた。メリクリウスの石を、この地上へ持って来るべきではなかったと。
2代目は荒れた政治をした。民意も家臣も離れ、今は反乱の最中である。
栄華を極めた1代目の最期ですら、見守る者はほんの数人だった。王が王になる前から付いていた者達ばかりである。
「……リグロウス……」
王は最も信頼を寄せる近衛隊長の名を呼んだ。
「はい、お傍に」
リグロウスはすぐさま褥へ駆け寄る。
「……頼みがある……。メリクリウスの石を……太陽の楽園へ、返してきてくれないか……?」
リグロウスにとっては意外な頼みだった。
『メリクリウスの石』とは、王が王になる前から持っていた魔石だ。この石を使って王は幾度となく戦を勝ち抜いてきた、いわば王を象徴する石のはずなのだ。
「……これを、返さなければ……世界が終わってしまう……私の、せいだ……」
王は涙すら流していた。
その、尋常でない様子に、リグロウスはわけも分からぬまま
「分かりました。私が、必ず」
と、そう答えていた。
『太陽の楽園』。王から聞かされたことはあった。彼の地は本当に存在し、王はかつて偶然そこへ辿り着いたのだとか。そこで王になる誓いを立てたのだ、とも言っていた。
幾年探し続けたのだろう。家族すらなおざりにして、それでも私は辿り着けなかった。だから、せめてもの償いとして、私は孫を引き取ったのである。
孫はまったく娘とは似ても似つかなかった。といっても、娘と一緒にいた時間など限られているのだが。それでも時折、アシュアは私に似ているのか、と思わせる時があった。
頑固で、融通が利かないところとか……。
ところで、随分昔、私は自分の最期がどのようなものかを友人のハインドに占ってもらったことがある。奴は『そんなもの、知ってどうする』としぶったが、そのときはまだ、王都が栄えていたときだ。私は使命に燃えていたから、死ぬときは王命を全うして立派に死ぬのが誉れ、そしてきっと自分はそんな風に死ぬのだ、と思っていた。
だが、世界一と云われる予言者のあいつの口から出た言葉は、変なものだった。
『お前は人の形をした、人ならざるものに殺される。そしてお前の使命は孫に引き継がれるだろう』と。
そのときはなんのことかさっぱりだった。しかしカタストロファーというものが現れて以来、その人ならざるもの、というのはそれだろうということがなんとなく分かった。
そしてその日は訪れた。
「……わしは死ぬ」
と孫に宣言した。
それでも孫はこう言った。
「そんな予言信じない! そんな結果変えてやる!!!」
…………。
結果を変えるということは運命に逆らうということ。
それを、あの子の口から聞いたとき、この子は私とは違うと思った。
私はいつでも運命に従順だった。
楽園を探すのも、結局は途中であきらめた。
この使命はいつか孫に引き継がれるものだと、心の中で諦めていたのかもしれない。
けれどこの子は違う。
ならばきっと、この子は辿り着いてくれるだろう。
レイドリーグはあの子の何を見て、石を残していったのだろう。それは大体見当がつく。
あの子の中には闇がある。あんな境遇で育った子だ。それも無理はない。
けれど私は知っている。あの子はその闇と同じくらい、光を持っている娘だと。でなければ、こんな老いぼれの最期に、こんな温かい涙を流してくれるはずがない。
この約束が、この子を縛るかもしれない。
それが心残りといえば心残りだ。
……ああ。今思い返せば、なんて酷い人生だったのだろう。報われない人生だと云われても、仕方がないかもしれない。
けれど。
最期の2年間だけは、とても穏やかな年月だった。
私は、幸せだった。
・・・アシュアの過去編、やっとひと段落です。暗いお話でしたがここまで読んでくださった方々、ありがとうございます。
次回からは現在に話が戻ってまたあれやこれやになる予定です。また若干暗くなる気配があるのですが、アシュアとクオの2人を温かく見守っていただけると幸いです。