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第13話:約束

 あまりに穏やかに日々は過ぎていく。そうして少女は8歳になった。そしてその年、突然の来訪者によって、彼女の穏やかな2年間は終わりを告げる。


少女は掃除をしていた。毎日していたのだが、その日は特に念入りに。そうして彼女は居間の引き出しから、郵便物を見つけた。茶色の封筒だった。普通ならさっと戻して掃除を再開したのだが、どうしても気になった。封筒に書かれている宛名の文字が、彼女の大好きだった人の文字にとても似ていたからだ。

案の定、後ろに書かれた差出人の名前は彼女の母親の名前だった。

 罪悪感を覚えつつ、少女は中身を取り出す。リグロウスは外に出かけていた。中身はたった一枚の便箋だった。

『突然のお手紙お許しください。あなたがこの手紙を見ているということは、やっと旅から帰ってきたということでしょうか。

私が東方へ嫁いだということは、おそらくもうご存知でしょう。今ではもう6歳の娘もいます。ただひとつ、困ったことに、その子は赤い髪を持って生まれてきました。このことが意味することは、各地を渡ったあなたになら分かると思います。夫は先に事故で亡くしました。そして、私ももう長くありません。おそらく母と同じ病だと思います。

アシュアを、迎えに来てください。もう他に、頼れる人はいません。母と私を家に残して王の命に従い旅立ったあなたを、父親としては恨んでいるかも知れませんが、人間としては尊敬しています。出来るならば、娘をあなたに託したい。どうか、娘の最後の願いだと思って聞き入れていただきたいのです。』

(……ちょっと待て)

この手紙の内容からして、彼女の母親は父親にこの手紙を送っている。つまり、あの無口なリグロウス老人は

「……私の、おじいちゃん?」

ということになる。

……知らないほうが良かったのだろうか。いや、そんなことはない。むしろ少女は内心喜んでいた。自分にはまだ『家族』がいたということ、そしてそれがあの老人だったということ。この2年彼と過ごしてきて、少女は随分彼のことを尊敬していたのだ。

しかし今更、あの老人のことを『おじいちゃん』なんて呼べる自信はなかった。

(……恥ずかしいし、手紙見たことばれるし)

そう思って、手紙はそっと戻しておいた。

 と、そのとき急に家の戸が乱暴に開いて少女の小さな心臓が飛び跳ねた。

「!?」

見るとリグロウスが青い顔をして、息を切らして立っていた。

「な、なに? そんなに息切らして……」

彼はそれに答えずテーブルの真下にある隠し戸を開けた。

アシュアは知っていた。そこには彼の大切なものが入っているのだということを。

 老人が取り出したのは1丁の銃。回転式の、古そうな型だったが、よく手入れされているのか、銃身は銀色の輝きを保っていた。

そしてさらに取り出したのは皮製の小さな袋に入った何か。

「アシュア、逃げるぞ」

「え? 逃げるって……」

(何から?)

「街でカタストロファーを見た。奴らはこいつを狙っている」

老人は袋に入った何かを大事そうに胸ポケットにしまった。

 と、そのとき外で身震いするような轟音が響いた。

「!?」

窓の外が暗い。まだ昼だというのに。

「くそ! でかい奴まで連れてきたみたいだな……外に出るぞ、このままだと家ごと潰される」

そう言って老人は少女の手を不器用に掴んで外に出た。すると目の前には

「な……!!」

実体のないような、しかし生々しいほどに敵意をむき出しにした黒く巨大な獣が立っていた。

少女だって知識の上では知っている。王都が荒廃して以来、現れるようになった影の国の侵略者。

目の前のそれこそが、その化け物なのだと悟った。

「アッシュ!」

リグロウスが竜の名を呼ぶとすぐさまそれは駆けつけた。途端、その体は巨大化する。

「え」

アシュアはそのとき初めて知った。それがあの蒼い竜の本来の姿なのだということを。

黒い獣と蒼い竜。まるでおとぎ話のワンシーンを見ているかのような錯覚に陥る少女を強引に引張って、リグロウスは街とは逆方向の道を行く。家の裏は林なのだ。

「じいさん、アッシュは……」

「あやつなら大丈夫だ。勝てはせぬかも知れぬが羽根がある。うまく逃げるだろう」

そう言われても後ろを振り返ってしまいそうになる少女だったが

「アシュア、よく聞け」

真剣な声でそう言われて、老人を見上げた。

「今日こうなることは随分前にある予言者から聞かされておった。だから、この先起こることもわしには分かる」

「……」

そんな馬鹿な、と言いたかったが、場の空気がそれを許さない。

「何が……起こる?」

只ならぬ老人の様子にアシュアは不安で声を震わせながら尋ねていた。

老人は、いつもの、優しくて厳しく、孤独な瞳で

「……わしは死ぬ」

そう言った。

「そ、んな」

(馬鹿な)

「なんで!?」

(まだ生きてるじゃないか)

「人型のカタストロファーにやられる。だから、その前にこれをお前に預けて逃げてもらわなければならん」

老人は胸ポケットからさっきの袋を取り出した。

(どうしてそんな酷い結果を信じるんだ)

「嫌だ!!」

アシュアは叫んでいた。知らない間に涙もこぼれていた。

(どうして)

「なんで!? せっかく家族が出来たと思ったのに!なんでいっつも一人にさせるんだよ!!」

それはもう、老人に対する言葉ではなかった。

「アシュア……頼む」

「嫌だ! 私だけ逃げるなんて出来ない! 行くならじいさんと一緒だ!!!」

そう叫んで今度はアシュアが老人の手を引張る。

「そんな予言信じない! そんな結果変えてやる!!!」

そのまましばらく、がむしゃらに走っていた。

このとき老人が何を思っていたのか、彼女は知らない。


 セレンディアから抜ける少し手前で、老人が少女を止めた。

 目の前に、黒い人影がある。

「……!!」

アシュアはソレがそこに立っているということに恐怖を感じた。

黒装束の男が口を開く。男の顔には大きな傷があった。

「初めまして。リグロウス・アイデンバイト将軍」

「その大傷……レイドリーグ・カタストロフだな」

老人がそう言うと相手は感心したように目を見開いて

「ほう……なぜ俺の名を知っているか、というのは愚問かな?」

「そうだな。伊達に楽園を探しておらん。影の国の幹部の名前と特徴ぐらいは把握しておるつもりだ」

「ほほう……では俺がここに来た理由はもちろん分かるな? 石を渡してもらおうか」

(石?)

老人が少女に渡そうとしたものだろうか。というより今、老人と少女の繋がれた手の中にそれはあった。

「断る。あれはわしが王から最期に「楽園へ返すように」と託されたもの。貴様らなんぞに渡したら最後、この世界が影の国に飲まれるのは目に見えておる」

その老人の言葉は、その場にいる少女に言い聞かせているようにも聞こえた。

「ふ、どうせこの世界が影に飲まれるのは時間の問題だ。こうしている間にもわが国は領土を広げている。しかしその石が万が一楽園に返されたとき、非常に困るのでな」

レイドリーグという男は『万が一』という言葉をやけに強調した。

少女は知っている。老人が少女を引き取る前、ずっと長い間旅に出ていたことを。それもあの『太陽の楽園』を探すために。

彼女の部屋となった物置にはその関連の本がたくさんあったのだ。この2年、少女の枕元にはずっとそんな本が置かれていた。少女は『楽園』に惹かれたのである。

苦しみも何もない、ただ温かな場所。

リグロウス・アイデンバイトは半生をかけ、家庭を顧みないことから娘に恨まれながらも懸命に探し続けたが、結局辿り着けなかった。

 老人は少女の小さな手に袋を握らせて、自らの手を離した。

「石は渡さない。決してな」

リグロウスは銀色の銃を構え、黒い男に向けて発砲した。弾が当たる一瞬手前で彼は影となってそれをかわす。 そして走り出した老人の目が、少女に

『行け』

と言っていた。

そんな、悲しそうな、何もかも分かったようないつもの目で。

どうして彼は運命を受け入れてしまったのか。


 少女は走り出す。

それと同時に黒い男とリグロウスが対峙する。

男の手にはいつの間にか禍々しい黒い剣が握られていた。

「大人しく渡しておけばいいものを……」

男はそう言いながら、剣を振るった。

途端、黒い風が巻き起こり、老人を襲う。

風は彼の身体に巻きついて離れない。

「悪く思うな……俺とて老体をいたぶる趣味はないんだが」

「!!」

アシュアは立ち止まってしまった。

老人が膝をつく。

(あのままじゃ……)

「……っのお!」

無防備に背を向けていた黒衣の男に彼女は跳び掛っていた。

「!?」

不意打ちだったのだろうか。こんな少女が歯向かってくるなどとは考えもしなかったのだろう。レイドリーグは明らかに体勢を崩した。

すかさず次の蹴りを入れる。

その一撃は年端もいかない少女のものとは思えないような重さを持っていた。

(なん、だ……!?)

次、またその次でようやく男は少女を突き放した。

「っ!」

少女は老人の前に倒れこむ。

「じいさん!」

そう叫んでも老人はもう動かなかった。

「…………っ」


どうして、どうしていつもこうなるんだろう。大事なものは皆自分の前から消えていく。

どうして…………!


言葉にならない声を轟かせて少女は黒い男に向かっていく。

「ち」

男は面倒くさげに剣を振るった。するとあの黒い風が起こったが、

「!?」

少女の手から溢れる青白い光が影を掻き消した。

破壊的な一撃をどうにかかわしつつ

「っお前が持っていたのか……」

と悪態づくレイドリーグ。

初めて目の前の少女を凝視する。

この世のものとは思えないような赤い髪、真紅の眼。

一瞬、彼はその容貌に懐かしさを抱いた。

しかし彼女の眼はまるで修羅。

この世の全てを憎むような、そんな眼だった。

(……ほう……)

少女がまた仕掛けてくる。恐れなどないのだろう。今、彼女にあるのは怒りだけ。

しかし流石に何発も打ち込まれるとレイドリーグも慣れたのか、その一撃を軽くかわして、少女の腕を掴んだ。

「っ! は、なせっ!」

必至にもがくが男の力強さは尋常ではなく、少女の力では振りほどけない。

「お前、良い眼をしているな……」

男はうすら笑いながら

「気に入った。石はお前に預けてもいい……」

と、馬鹿なことを言い出した。

「ど、ういうことだ……!」

少女が問いただす前に男は少女の握りこぶしをなんらかの術で解いた。

「!」

石の姿があらわになる。

青白く光る丸い石。その底には黄金の石が付随していた。

それをレイドリーグは分離させる。

彼は小さな黄金の底石の方だけ手にとって、青い石を少女の手の中に戻した。

「これは保険だ。せいぜいお前はそっちを大事に持っていることだな……」

と、笑って男は消えた。

支えを失って少女は地に落ちる。

「っ……?」

手には青白く光る石。それだけが残されていた。

「……あ、しゅあ……」

後ろから、か細い声が聞こえた。

リグロウスの声だ。

まだ、生きていた。

「おじいちゃん!」

思わずそう呼びながら老人の下へ馳せる。

彼は本当に、虫の息だった。

この時少女は悟った。この老人は逝ってしまう、と。

「石は……ある……か?」

「ある! あるよ! ……底の石、取られちゃったけど……」

アシュアは精一杯答えた。

リグロウスはこの時、レイドリーグの企みを看破した。

あの男は少女にこの石を渡して、石を汚させようとしたに違いあるまい。カタストロファーが石を汚すのは簡単だが、逆にそれをもとに戻すのも簡単である。しかし人間が汚すとなると話は別で、元に戻すには相当の時間がかかるという。楽園へ持っていく際には、石は本来の輝きを持っていないといけないという。

「……アシュア、約束できるか……?それを、綺麗なまま、楽園へ、持って行けるか……?」

「……持って、行けるよ……」

少女の目には涙が浮かんでいた。

「何が、あっても……?」

「なにが、あっても……!一人でも……行けるよ……!」

少女は最期に、この老人を安心させたかった。

その一心で、涙をこぼしながら、強がって笑っていた。

老人は、笑った。

「……やく、そくだ……」

そう言って、老人は目を閉じた。

「…………っ」

やがて黒い雲が去り、天から日がさす林の中で、少女はひとり、泣き続けていた。


最初に謝ります。ごめんなさい。・・またしても160日間以上ブランクが空くという失態を繰り返してしまいました(赤い注意書きを何度出したら私は気が済むんだろう・・)。最新話まで読んでくださっていた方々、申し訳ありませんでした。

しばらくはこの作品に集中しようと思っております。

・・・なのですがどうしても書きたい話があって、4月くらいからはそちらも同時進行・・みたいな形になってしまうかもしれないのですが、アップするのはこちら優先という形で頑張りたいと思います。この作品は私としても一番思い入れのある作品で、必ずきちんとした形で終われるようにしたいと思っているので、これからもどうぞよろしくお願いします・・。

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