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第12話:穏やかな日々

 大きな樹の上。その根元に居る少年は見上げて叫ぶ。

「アシュアーっ! 危ないよーっ!」

「もうちょっと!」

赤髪の少女は落っこちてしまった鳥の巣を、元の位置に戻そうと奮闘している。

うまく乗っかった。

「よし! ……!?」

気が抜けたのか、少女はバランスを崩す。

「アシュア!」

少年は泣きそうな声で叫ぶ。少女は背中から落ちる……一歩手前で見事に一回転し、綺麗に両足で着地した。

「! アシュア、すごい!」

一瞬呆然としていたキルト少年は、はっと我に返って感嘆の辞を述べる。

照れくさそうに笑うあどけない少女を、遠くから2人の老人が見つめていた。

 この赤髪の少女が、セレンディアの町に来たのはほんの2カ月前のこと。




聞いたことのない、何か規則的な音が響いている。それが車という鉄の乗り物が発するエンジン音だということを、外に出たことのなかった彼女には知る由もなかった。

ゆっくり目を開くと、見えたのは綺麗な青空だった。が、突如目の前にぎょろりとした大きな双眸が現れた。

「うわあ!?」

少女は飛び起きる。

それに驚いたのか、なにか青い動くものが物陰に隠れた。

自分は何か乗り物に乗っている、ということは把握した。その乗り物を操っているのは、前の席に座る老人だ。

「あまり驚かせたやるな、そいつは臆病だからな」

「な! だっ誰! あんた誰!?」

アシュアは完全に混乱していた。

「……。自分が見境も無く蹴りを入れた相手も忘れたか」

老人はこちらに目もくれず、口を開いた。

「……蹴り?」

そう言われて、少女はやっと思い出す。

「……まあいい。腹が減ったならそこの鞄から適当に出して食え。もう少し走る」

「走る!? どこへ走ってるんだよ! まさかハデシュ……!?」

ジープから飛び降りようとする少女を、慌てず、しかし声を張り上げ

「落ち着け馬鹿者! セレンディアというところに向かっているのだ」

老人は制止する。

「せれんでぃあ? そんな町知らない。ていうか、じいさん誰!」

「私はリグロウス・アイデンバイトだ。お前のいた町の町長とは知り合いでな、お前を引き取るよう頼まれた」

淡々と老人は述べる。しばし沈黙。

「は!? あんたが私を引き取る!?聞いてない!」

「……」

「嫌だ! なんで見ず知らずのあんたに引き取られなきゃいけないんだ!」

「……まあ、もっともだがな。ただ、アシュアよ、お前、この車から降りて、それからどうするのだ」

「……」

「戻りたいなら、話は別だが」

老人の顔は見えない。でも声の調子でその真剣さが分かる。

「まさか」

6歳の少女は、きっぱりと答えた。

と、少女が視線を落とすと、さっきの青い生き物がまた近寄ってきた。

「……これ、ドラゴン・・・?」

絵本で見たことがあった。しかし、少女が想像していたものよりとても小さい。

「ああ。私は竜使いだからな」

「竜使い……?あ、こらくすぐったい」

まるで子犬のように彼女にじゃれてくる青い竜。

「ほう、アッシュはお前のことを気に入ったようだな。そいつは人見知りが激しいんだが……。名前も似ているしな、お前たちは」

「……」

初めて友達が出来たようで、彼女は嬉しかった。


 どれくらい走ったのか、2人はようやく目的地へ辿り着いた。アシュアは人ごみに慣れていない。始終びくびくしながら、青い竜を必死に抱えてさきさき歩いていく老人の背中を見失わないように賑やかな通りをぬけた。

 やがて一本の軽く傾斜のかかった道にさしかかる。そして視界が開けると、そこには2軒、レンガ造りの家が建っていた。そしてその家の真ん中には大きな樹が一本、ずかん、と立っていた。その樹は故郷の家の傍に植わっていた樹を思い出させた。さらに家の雰囲気も、どこか似ているように思われた。

 家のほうから誰かが寄って来る。中年の女だった。

「あらあらリグロウスさん。私おすそ分けを持ってきたんです。よかった、ちょうど帰ってらして」

と言いながらタッパを差し出す。

「いや、いつもありがとうダイナさん」

ふと、女は少女のほうに視線を下ろす。

「あら? この子は?」

「うちで引き取ることになったんですよ」

「まあ! お嬢ちゃん、お名前は?」

笑顔で女は尋ねてくる。アシュアは微妙に老人のそばに寄って、おずおず

「……アシュア」

と答えた。

「そう、アシュアちゃん。綺麗な赤髪ねえ」

女はそう言ってアシュアの頭を軽く撫でた。

 一瞬、少女はなんて言われたのか聞き取れなかった。そんなこと、一度も言われたことなどなかったのだ。しかし確かに女は言った。

『綺麗な赤髪ねえ』、と。

少女はふと、老人を見上げる。そのとき初めてまともに彼の顔を見たのかもしれない。

優しい目で、こちらを見ていた。

なんだか急に目頭が熱くなって、少女の目から涙がぼろぼろこぼれていた。


 その日、彼女は物置部屋を自分の部屋にするよう言われたが、むしろ自分の部屋を与えられるのが嬉しかった。  それで、要るものを適当に買って来いとお金だけ渡されて外に出された。これはかなりの難題だった。

(……街になんか出たことないのに……)

そもそもお金を持って歩いたことがない。ポケットに入れたコインを何度も確かめながら、肩に竜を乗せてアシュアは街へと続く一本道を歩いていた。もうすぐ街に入ろうかというところで、前方に同年代の子供たちがたむろっているのを発見する。

(うわ)

そもそも同年代の子供達と話したことがなかった彼女は無駄に緊張、というか避けて通りたい衝動に駆られた。しかし道はここしかない。

(……どうしようかなあ……)

と、陰から様子を窺ってみる。

子供たちの中に一回り図体の大きい少年がいる。彼がリーダーなのだろうか。よくよく見ると、その少年の前で、ひ弱そうな少年が何か喚いているようだ。

「番長! 返してよ僕の本!」

「やーだね、俺ちょうど読みたかったんだよこの雑誌。借りるだけなんだからそうケチケチすんなよキルト」

「だって番長に貸したもの、返ってきたことないんだもん!」

周りの子供たちが『ああ……そうだよね……』といった呆れ顔で見守っている。それでもその番長とやらに逆らうとあとが怖いのか、誰もあのひ弱な少年の弁護をする者はいない。

「じゃあな、キルト」

と図体のでかい少年は去ろうとする。キルトと呼ばれた少年は

「うう〜……」

と呻いて、もう泣き寝入り体勢に入っていた。

(…………)

少女は見かねて、つい口を開いた。

「返してやれよ、本」

緊張はしていた。が、声にそれは伝わっていない。それを確かめたアシュアはずんずんと前に進んでいく。

「あ? 誰だお前。よそ者か?」

偉そうに見下げる彼は番長、この街のガキ大将。

「……よそ者で悪かったな。あの子嫌がってるじゃないか。本持ってくなよ」

怖気付かずに、アシュアはまっすぐ相手を睨みつける。肩のアッシュも倣って相手を睨みつけた。

「あ、れ、そのドラゴン……リグロウスのじじいんところのじゃねえか!」

と、途端血相を変える番長。彼はリグロウス老人を恐れているようだ。

「ち! お前に免じて返してやるよ畜生! あのじじいに告げ口されたらこえーからな!」

と本を落として番長は去っていく。

「あ、待ってよばんちょー」

彼に追随する子供たち。それほどにあの老人は怖いのだろうか。残されたのは例のひ弱な少年と赤髪の少女だけ。少女は雑誌を拾って少年にむんずと渡す。

「ん」

「あ……ありがとう……」

少年はこぼしかけた涙を拭った。

「……じゃあ」

とアシュアは逃げるように街へ出たが

「え、あ、ねえ!」

と少年は付いてきた。

「君どこの子? リグロウスさんのところにいるの?あ、名前……僕キルト! 君は?」

(うぅ……質問多すぎ)

「アシュア。あのじいさんに引き取られた」

「え! あのね! 僕んち君の家の隣にあるんだ」

「え」

(そういえば並んで立ってたな……)

「よろしくね」

それが、少女とキルトの出会いだった。


 彼女が町になじむのは早かった。本来はそういう性質だったのかもしれない。加えて、どこかその歳の子供には持っていないカリスマ性も発揮した。ゆえに男女問わず町の同世代の子供達には慕われていたし、彼女自身もそれなりに満足な生活を送っていたのである。

リグロウス・アイデンバイト。街の子供たちが悪いことをすればきちんと叱る、頑固な老人。彼も町の人に尊敬されているようであった。隣の家に孫のキルト少年と暮らす、いやに背の低いハインド老人とは古くからの友人らしい。結婚はしていたそうだが奥さんに先立たれ、今は独り身らしい。

ということしか彼女は知らない。普段はおとなしい人で、自分のことはめったに喋らなかったからだ。まあ、喋らないと言うことは喋りたくないのだろうから、隣の茶目っ気溢れる(時に好色な)ハインド老人から聞き出す、など野暮なことはしなかった。

 



 「のう、リグロウスよ。あの猫みたいな技はお前がアシュアに仕込んだのか?」

小さな老人ハインドは問う。

「まさか。わしにはあんなことできん。天性の運動神経だろう。見ろ」

そう言ってリグロウスは右腕の袖をまくる。

そこには2カ月前に出来た青い痣が残っていた。

「あいつが打ってきた蹴りの痕だ。まったく、どういう才能か」

肩をすくめる。

「ふぉっふぉっふぉ。それくらい元気なほうがいいじゃろうて。それにしてもあの娘、将来美人になりそうじゃのう……うちに嫁に来てくれんかのう……」

「! 何を言っとるかこのくそじじい!」

「ふぉっふぉっふぉ、冗談じゃよ……まあ孫はその気でおるかもしれんがな……」

と最後のあたりは小声で呟くハインド老人。

「しかし……あやつにはそんな風に、普通に、幸せになってもらいたいんだがな」

リグロウスは少女を遠目に見て、少し表情を曇らせる。

「……わしの予言が外れればいいと思っとるじゃろ、お前」

冗談めかして言うくせに、ハインド老人もどこか神妙だった。

「ふん、当たり前だ。お前の予言など、外れてしまえばいい……」

ハインド老人は昔、右に並ぶもの無しと言われる預言者だった。そのことを知るのはもうリグロウスしかいないだろうが。

「ふん、だがわしの予言がなくともお前はアシュアを引き取りに行っただろう?」

「……そりゃあな……」

「……今はそれでいい。それでいいんじゃよ」

 例えこの先、なにがあっても、今この時が幸せだったということに、変わりはないのだから。


またしても連載中断状態になっていて申し訳ないです・・・でもまだ続けます・・一応最後まで書きますから・・・!

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