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第10話:故郷、セレンディア

 セレンディアの街は、意外と王都から離れていた。都市化の跡など全く見えぬ自然の風景を経て、文字通りの野宿も何度かした。

「もうすぐだ」

ある日アシュアがそう言ってから、一本道のようなちょっとした坂を上っていくと、入り口のようなゲートが見える。近づいてから気付いたのだが、そのレンガ造りのアーチ型のゲートの右端に、最近立ったような木製の注意書き板があった。

「『この街はカタストロファー出現地域になっております。ご注意を』。……わざわざこういう札立ててある街はじめて見たぞ、俺」

やっと街に辿り着いたという安堵と、そこにまたカタストロファーが現れるという精神的疲労を感じている表情が、裏表の無い少年にあからさまに出る。

「私もだ。……まあここは旅人がよく立ち寄る街だったそうだから、その習慣とか名残とか、そんなもんだろ」

そう言うアシュアの顔はいつもの表情だった。すなわち、気が張っているのだ。

(……この街にまでカタストロファーの侵略が……)

もうこの大陸はほとんど飲まれかけているのではなかろうか。そんな気がしてきた。いや、実際どれくらいか、詳しくは分からないが、北のほうからだんだんと空が黒い影に覆われている地域は増えているはずだ。太陽の光が届かないということは、その土地の死を表す。

「急がないといけないな」

つい、彼女は声に出して言っていた。



 ゲートを抜けて、しばらくすると市場のある通り、おそらく一番大きな目抜き通りであろう所に出た。反射的にクオは食べ物のほうに目線を寄せているのだが、何か引っかかった。

「なあ、アシュア。なーんか違和感感じるんだけど。なんだと思う?」

視線の先のアシュアは思っていたより険しい表情だった。

「……若者がいないんだろう」

「あ」

言われて少年は気づく。見渡す限り年のいった町人ばかり。いや、幼い子供達はいる。けれど。

「俺達くらいの年の人がいないな……」

これだけ大きな通りに、まったく若者がいないのは少しおかしい。

すると、アシュアはふと思いついたように

「金、おろさないと」

と突然言って、すぐ横にあった「パンプキンバンク」の看板が立ってある建物に入っていった。

「え、ちょっとアシュア!?」

と慌てて次いで入るクオ。

(……最近食事が質素だったの、お金がなかったからなのか……)



 銀行の中はこれといって込み合っているわけでもなく、がらがらというわけでもなかった。むしろさっき気付いた点を除けばこの街は人口も多そうで、それなりに栄えているように見えた。端っこの長いすに座ってクオは受付でなにやら書類を書いているアシュアの背中を見守っていた。

(あー、腹減ったなー。最近レトルトの米とか缶詰とか、そんなんばっかだったしー……なんかちゃんとしたの食べたいな……)

とかいろいろ考えているクオの視界に、変なものが入った。

(ん?)

アシュアの後ろ。なんだか小さい、子供ではないが、子供くらいの背のそれは、『せーの』といわんばかりに膝を曲げ……

彼女に跳びついた。

「な!?」

「はう!?」

首が絞まったのだろうか、アシュアは奇声を上げて引っくり返りそうになる。

が、かろうじて持ちこたえ、転倒は免れたようだ。彼女ははっと振り返る。

そこには、ブイサインを出して満面の笑みを浮かべる、老人がいた。

「キルトのじいちゃん!」

アシュアは驚きの声を上げる。受付嬢もびっくりしていたし、周りの人もさっきのアクションには驚いているようだった。クオはただ、

(……あのじいさん、アシュアの知り合いか?)

目を丸くして遠巻きに見ていた。

「ふぉふぉふぉ!久しぶりじゃのうアシュア。えらく大きくなりよって。でも服の好みは相変わらずじゃな。もっとこう、可愛げのあるふりふり〜っとしたやつとかは着れんのかいの?」

「無茶言うな」

その老人の背丈はアシュアの腰の高さくらい。はっきり言って小さい。

「じいちゃん、なにやっ……」

アシュアと老人の背後からまた違う声がする。

「……あしゅあ?アシュアだよな!」

振り返ると、明るい茶の髪を短く刈った、どこか温和そうで、それでいてなかなか顔立ちの端正な、ここに来て初めて見る同い年くらいの少年が立っていた。

「キルト?」

アシュアは思わず指をさす。

「うん! やっぱりアシュアだ!」

キルトと呼ばれた少年は、感極まったのか涙目で彼女に抱きついた。

(んなっ!? なんだぁ!? あいつは!!)

と内心ひどく揺れつつも、なんとなくアットホームな雰囲気の中に割り込めないで遠巻きに見ているしかないちょっと惨めなクオ。

「まったく、全然変わってないなあ、キルトは」

アシュアも別に嫌がるそぶりもなく自然に流していた。

(いいのかそんなんで!? 年頃の女の子が!!)

なんだかクオの思うことが過保護の父親めいてきた。

「へ? そう? アシュアはなんか変わった? ええと、なんだろ」

キルトは妙に顔を赤らめつつ言葉を探す。

「美人になった、と言いたいんじゃろ」

そこに彼の祖父がすかさず助け舟を出す。

「う! あ! うん! そう! 綺麗になったなって!!」

キルトは耳まで真っ赤だ。

「はは。お世辞はありがたく頂戴しとくよ」

それでもアシュアはさらっと流す。

(お世辞じゃないんだけど……)

うなだれる孫の背中をやれやれと眺める老人。

ふと、長いすに座っているクオと目が合った。

「?」

クオにはその時、老人が微かに笑ったように見えた。それは、安堵に近い、優しい笑みだった。



「へえ、剣士さんと契約したんだ」

アシュアとキルト、クオと老人は、賑やかな街から離れるように歩いていた。緩やかな坂の上にアシュアの家と、老人達の家がある。

「まあいろいろあってね」

「ほう、いろいろと危ないことをしとるようじゃしなぁ」

老人はアシュアが腰に携えている二丁の銃を見て言う。

「じゃじゃ馬で手がかかるじゃろ、クオ君」

いきなり話を振られてあたふたするクオ。アシュアが半眼でこちらを見ている。しかし、否定はし難かった。

「そういや、じいちゃん。街でキルト以外に馴染みの顔と会わなかったんだけど」

と、気になっていたことをアシュアが尋ねた。

老人とキルトは顔を見合わせた。

「……ふむ。要は出稼ぎ、じゃよ。この街にももう3ヶ月ほど前からカタストロファーが現れるようになっておるからの。この街に訪れる商人が随分と減ったんじゃ。街の中だけの流通じゃやっていけんからの、若い者がちょっと遠出して取引をしとるんじゃよ」

「うちは医者だから、そこまでする必要はないんだけど」

老人はこう見えて町で一番の医者だったらしい。キルトはその跡を継ぐ、という。

 そんなこんなで坂を上りきると、家が2軒、少し離れて建っていた。

「お前が出て行ってからも、じいちゃんと二人で掃除とかしといたからな。寂れてないだろ?」

キルトが言う。アシュアは少し驚いた表情を浮かべて立ち尽くしていた。

街の雰囲気は少し変わっていたが、ここにはまったく変わったところはなかった。レンガ造りの外壁、臙脂色の屋根。決して大きくはないが、ずっしりとした存在感。   庭先にある大きな樹。

「……ありがとう。キルト、じいちゃん」

これらが昔と変わらず彼女を迎えてくれるのは、2人のおかげだった。

そんな彼女の泣きそうな笑顔に、キルトは当然、老人までも頬を赤らめ、照れくさそうにしていた。

クオは少し疎外感を覚えつつも、主にそんな笑顔をさせる大切な家をみていてくれた2人に感謝するしかなかった。

 それから老人とキルトは自分達の家へ戻った。なんでも夕食をご馳走してくれるらしい。『手伝う』とアシュアは言ったのだが、せっかく8年ぶりに帰ってきたのだから、家でゆっくりしろと言われてしまった。

「有り難いんだけど、なんか悪いなあ」

アシュアは居間の椅子に座って頬杖をついていた。クオもぼんやりしていたのだが、ふと思い立った。

(アシュアものんびりしたいだろうし……せっかくだからキルトとあのじいちゃんにいろいろアシュアのこと教えてもらおう)

そんな考えが浮かんだ。

「んじゃ俺が行ってくるよ。出来たら呼びに来るから」

彼女が何を言うまでもなくクオはさっと立って飛び出していった。

しばらくアシュアはぽかんと座っていたのだが

「……あいつ、気使ってるのかな……」

(私が一人でゆっくりできるように?)

そう考えるとどうも気恥ずかしくなって宙を見上げた。

(……まあいいか。明日は私が何か作ろう)

そう思って席を立つ。居間から出てちょっとした廊下を歩き、家の端っこの部屋の前へ来た。そろそろと戸を開ける。

 部屋とは言いがたい空間。むしろ物置に近い。廊下の延長のような縦長の部屋。右側の棚にはいろんな本が所狭しと並んでいたり、積まれていたり。

そしてその奥。小さな窓に、薄汚れたカーテン。窓から差し込む夕日が一番奥に置かれたベッドを照らしていた。

 アシュアに思わず笑みがこぼれていた。ここは彼女が2年間使った私室だ。

やはりここもキルト達が掃除してくれていたみたいだが、物の配置はそのままにしておいてくれたらしい。コーヒーの空き瓶に放り込まれた、短い色鉛筆、折れに折れたクレヨン。一通り見回し、奥のベッドに倒れこむ。

どこまでも懐かしく、温かかった。

そのまま、彼女は浅く、深い眠りへ落ちていった。


ごめんなさい。前のアップから2ヶ月以上ブランクが空いてしまいました。これからは赤いメッセージが出ないように出来れば定期的、かつ新連載との折り合いをつけつつ投稿していきたいです・・。

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