第9話:闇を抱擁する力
レイドリーグは再びあの黒い剣を掲げた。それに伴いクオも剣を構える。
「クオ、同じ手じゃ……」
とアシュアが言うと
「大丈夫。手はある」
とクオが言った。
あの男の黒い剣も魔法剣のようだが、それは彼の太陽の剣とて同じこと。
レイドリーグが再び黒い風を放つ。
「包め!!!〈フォレイヲ・アガラ〉」
クオがそう叫ぶと、剣が眩い光を放ち、黒い風をはじき返した。
「ふん、そうだったな」
レイドリーグは面白くなさそうな顔で今度は直接攻めに入った。
交じり合う剣と剣。まるで光と闇の攻めぎあいだった。アシュアは少し後退して様子を窺う。レイドリーグは本石を手に握ったまま。底石はどこにあるのか分からない。
(まずは本石を……)
そんな時、なんとなく薄暗い雲に覆われていた廃都の空に、ふっと月が現れた。
(……?)
レイドリーグのズボンの右ポケット。何かが見える。うっすらと、光るもの。
「クオ!! 突き放せ!!」
アシュアはなぜか確信を持ってそう叫んでいた。
「っ!? こうか!?」
言われるままにクオは打ち方を変えてレイドリーグを突き放す。
その瞬間。レイドリーグに向かって一閃の銃弾が走る。
「!!」
だが到達する前にはじかれた。
「俺に銃が効かないのは知って……!?」
その間にアシュアが一気に間合いを詰めて、男を一発ぶん殴る。
「っっ……」
レイドリーグがのけぞる間に彼女が腰から出したのは、銃ではなく。
音のしない、一閃が煌く。アシュアは小さなナイフを手にし、ピンポイントで男の右ポケット部分を切っていた。
「な……!?」
こぼれ落ちたのは、金色をした何か。
地面に落ちる前にそれを掴む。そしてもう一発。
「これはじいさんの分だ!!!」
低い姿勢からの渾身の蹴り上げ。油断していただけにレイドリーグの身体は簡単に宙に浮いた。その手から、弱弱しく光る石が離れる。
(――これで、変えてみせる)
まるで天の月に向かうように金色の底石を手にした腕を伸ばすと、メリクリウスの本石は、引き合うように彼女の手中に収まった。本石と底石が合体する。
「ちっ!! おのれ」
着地したレイドリーグが向かってくる。その顔にはもはや余裕などない。それを
「危ない!!!」
クオが剣で阻んだ。一度距離を離す。
「クオ、これを使え」
アシュアがメリクリウスの石をクオの剣に近づけた。
「!?」
一瞬眩い光の爆発が起き、目を開けると剣は青白い光を帯びていた。刃だけでなく、柄まで、すべてを包むその光は、メリクリウスの石の光。
「融合したのか?」
「メリクリウスの石と融合した武器は強くなる。いつもは銃と融合させていたが、レイドリーグ相手なら剣の方がいいだろう」
(それに、太陽の剣と一緒にしてしまえば、闇の属性を持つレイドリーグは石に触れることが出来なくなる)
それを察してか、レイドリーグの表情は心なしか険しくなった。
「……なかなか頭が回るな。さすがは魔女といったところか……」
「誰が魔女だ。クオ、任せた」
「おう!」
クオは剣からみなぎる力を感じていた。もともとはこの石も太陽の属性を持つもの。剣との相性は良さそうだ。
レイドリーグは黙って黒い剣を振るう。石を両方取られた自らの迂闊さに怒っているようにも思える。
真っ直ぐに飛んでくる黒い影。それも今では恐るるに足らず。
少しばかり使える防御の魔法を使わずとも、クオの光る剣は難なく影を掻き消した。
「くっ……」
クオが一気に間合いを詰める。レイドリーグは自身を影の壁で守ろうとするが
「無駄だ!!!」
少年が大きく振り下ろした太陽の剣を、弾くことなど出来なかった。
「ぐあっっ……」
苦痛の声を漏らすレイドリーグ。崩れ落ちそうになるその前。
その眼が見ていたのは、今自分を切り伏せた少年ではなく、その背後に佇んでいる赤髪の少女だった。
それに気付いたクオが、叫ぼうとしたその時。
男は確かな微笑をもって腕を伸ばした。
「消えろ」
その手から発せられる漆黒の一矢。違うことなく少女のもとへ一直線に飛ぶ。
「アシュア!!!」
真紅い瞳がその矢を映したとき、本当に、反射的に、少女はその矢を掴んでいた。
「!?」
クオはもちろん、矢を放ったレイドリーグですら驚いている。実際、掴んだ本人さえ驚いていた。彼女が手に力を入れると、すぐに矢は消えた。
クオが目の前の男を一発殴ろうかと思った時には、すでに男は随分後ろへ退いていた。青い顔をしてこう呟く。
「……馬鹿な……あの矢は人間ごときが素手で掴めるはずがない……」
クオが驚いたのはそこではなくむしろ彼女の反射神経だったのだが。
「……実際掴んだ。何か不満か」
今度はアシュアが余裕の笑みを浮かべている。その心中、確かにあの憎き男に一泡ふかせて悦んでいるのだ。
「…………」
それに答えずレイドリーグは彼女をじっと睨んだ。睨んだというより眺めた。そもそもなぜ彼女は彼の右ポケットに底石があると分かったのか、それすら解せないでいた。
すると、少女の背後にうっすらと、月が見えた。
星すら浮かぶことを忘れた廃都に、月だけが現れるというのも、妙といえば妙だった。
(……まさか)
あの赤髪と、真紅い瞳。それにあの煉獄の矢に触れうる能力。
彼の脳裏に、はるか彼方の記憶が蘇ってきた。
蘇るのは憎しみに似た、それでも明らかに違う感情。懐かしさ、無念さ。まだ若かった頃の青き感情がすべて逆流する。
意識せず、彼は一人笑っていた。それは、いつものあざ嗤うようなそれではなく、心からの笑み。
「……おもしろい。今日は退こう。なかなかの収穫だ」
男はそう言って、消えた。
瓦礫の山の下に残された二人、と
「アッシュ……大丈夫か?」
アシュアの足元によろよろと寄ってきた一匹。
「……どういう意味だ? さっきの」
クオが尋ねてくるが、アシュアにも分からない。
(石を奪われてなお、なんの収穫があったと?)
それにあの笑み、どうも『嫌な』感じがした。あの男にしては人間的過ぎるというか、どうも、気持ちが悪い。
「……わけのわからん奴だ。だが次に会ったら必ず仕留める」
そう言いながら、アシュアはぼんやりと光る月を見上げた。
クオはその姿を見て思い出す。
(そういや最初にあいつを見たときも、月を背負ってたっけ……)
彼女はどちらかというと夜のほうが動きやすいと言っていた。その時は夜行性か、とクオは笑ったが、実際彼女の属性は夜、もしくはそれにまつわるものなのかも知れない。彼の属性が太陽であるように。