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第1話:太陽と月が出逢う夜

 雲ひとつ無い青空。それをこんなにも恨めしく思ったのは初めてかもしれない。

「おおい、兄ちゃん生きとるか?もうすぐ町やからな」

「うん……」

力の無い返事を返す。

砂漠の上で倒れていたところを運よく通りがかった行商の男に拾ってもらった。現在その荷車のうえに横たわっている。軽い日射病のようだ。まったく、『太陽』を司る者として情けなく思える。

「おお!見えてきたぞ。カラザの町だ」

男はわざと大袈裟に言った。

――ああ、なんとか今日も生きている。




砂漠を抜けて最初にある町・カラザ。比較的旧王都に近いため、2代目暴君の都市化政策のなごりで中途半端にコンクリート固めの背の高い建物が建っている。しかしそれらはとうに廃墟と化しているわけだが。

そんなこんなで彼はとある宿に入れてもらった。

「……あんたよく食べるねえ? 何日くらい食べてなかったのさ」

宿の女主人が目を丸くして尋ねる。

「さあ? 覚えてない。うん、おいしいこれ。おかわり」

出された料理を少年は黙々と食べる。碧の眼は随分活気を取り戻していた。1時間前は本当に干からびて死にかけていたのだが。

「はいどうぞ。でもさあ、別に行くあてのない旅なんだろ? なんでわざわざ砂漠に入ったりしたのさ?」

若い旅人が珍しいのか女主人はとめどなく質問する。

「うん、なんかこっちの方角に呼ばれた気がしたから。う、これもおかわり」

「呼ばれた?ふうん?」

首をかしげつつ女主人は給仕を続ける。

 宿の食堂のカウンターには少年のほかにも数人男達が座っていた。

「なあおい、この町に今赤髪の魔女がいるって知ってるか?」

「赤髪の魔女? ああ、カタストロファー退治の? まじで? まだ見てないけど」

「あんまり出歩いてないらしいからな。そりゃ目立つだろ、髪が赤けりゃ」

男達はチャーハンをつつきつつそんな話をしている。

(赤髪の魔女……カタストロファー退治の……)

聞いたことはある。赤い髪の女で、相当強いんだとか。

『影の国』からの侵略者であるカタストロファーは、黒い雲が空を覆ってから現れる。その間に人々は建物の中に入って身を潜める。カタストロファーは表に出てこない者達を襲ったりしない。彼らを臆病者と見なすからだ。しかし、外にいる人間はみな敵と見なし襲ってくる。中にはわざと外に出て、カタストロファーを倒す者もいる。   有名なのが『赤髪の魔女』、ということだ。

「お兄さん、もうこの町も黒い雲の出現地域になってるからね、雲が出てきたら必ず建物の中に入るんだよ」

ご丁寧に、女主人はそう言ってくれた。



 今から40年前、この大きな1つの大陸を初めてまとめたのが初代王である。彼は名君だったそうだ。しかし2代目の政治はかなりひどく、すぐに民の反乱を招いた。王都は荒廃し、2代目も行方をくらませた。それからである。『影の国』の侵略者、カタストロファーが現れ始めたのは。それと同時に大陸北部のほうから徐々に黒い影が空を覆い始めた。このままでは大陸は影に飲み込まれる、と人々は混乱し、ある者は今1度大陸を1つにまとめようとし、ある者は混乱期に乗じて悪事を働くなどして、世界はさらに混沌の渦の中へ埋もれた。



 たくさん食べて体力も回復した。少年はぶらりと町の散策に出かけた。歩道にも様々な店が出ていて、賑やかだった。最近では活気のある町は珍しい。きっとこの町の長がしっかりしているのだろう。

「ふああ」

なんだか眠くなってきた。午後のさんさんとした日差しが心地いい。小さな広場のベンチに横たわる。

(……見つかるといいなあ。この町で)

そうのんびり考えながら、彼は眠りについた。



 気がついたのはそれからどのくらい経ってからだろう。あたりは真っ暗で人も見えない。

「う? え……もう夜?」

いや、広場の時計は五時を指している。ここまで暗くなる時間ではないし、人がいなくなる時間でもない。空が黒いのではない。空を覆った雲が黒いのだ。

(しまった)

急いで跳ね起きる。せっかく宿の女主人に忠告してもらったのになんて様だろう。

(早く建物の中に入らないと……)

と、走り出そうとしたが、かすかに泣き声が聞こえて足を止める。視界に入った広場のドーム型の遊具の中に小さな人影があった。

「逃げ遅れたのか?」

少年は中を覗き込む。幼い少女がうずくまっていた。

「う……お母さんがぁ買い物に行ってる間ここにいろってえぇ……」

うわああん、と泣き出す少女。

「後でお母さん探してやるから、今は一緒にどこかに入れてもらおう」

少年がそう言うと少女はこくりと頷いた。その手を引いて走り出す。が、運が悪かった。その広場は例の中途半端な高層建築街の真ん中にあって、住宅があるところまで走らなければならない。穴だらけの廃墟は完璧な密閉空間ではないので意味がないのだ。それなのに。

雷でも落ちたかのような地響きと共に、目の前が暗黒に染まる。見上げると、それは獣だった。黒い影をまとっている。

間違いなく、獣型のカタストロファーだ。

「く!」

少年の額に冷や汗が浮かぶ。少女はすでに泣くことも忘れ、これでもかといわんばかりに少年の腕にしがみついている。

黒い獣がその大きな腕を地に突き立てる。間一髪で少女を抱え跳び退った。

(――こんな時、剣があったら……)

そう思わずにはいられない。少年は剣士だった。南の地の剣士の町で生まれた生粋の剣士。しかしいまだ『自分の剣』を持ったことはない。その剣を手にするのは、己が仕えるに相応しい主と契約してからだ。


1度も、真の剣を握ることなく死ぬのだろうか。

それ以前に、こんな幼い少女も守れずに死ぬのだろうか。


(――いいや)

「なあ、あいつの後ろに家が見えるよな」

出来るだけ落ち着いて少年は少女に言う。

「俺があの化け物をひきつけてる間にあの家に入れてもらえ。ドアを思いっきり叩いたら入れてくれる」

少女はふるふると首を振る。しかし少年も首を振る。

少女を降ろして少年は走り出す。

「こっちだ化け物!」

手ごろな所にあった鉄パイプを拾って構える。カタストロファーは戦闘する意思のある者と戦う。狙い通り、少年のほうへ跳びこんだ。

「今だ! 早く走れ!」

剣幕に押され少女は走り出す。まっすぐ、全力で走って、突き当たりにある家のドアを言われた通りガンガン叩いている。わずかにドアが開いたかと思うとさっと少女の姿は見えなくなった。

(これでいい)


獣の爪が間近に見える。あれで引き裂かれたらまず生き残れないだろう。

この期に及んでこんなことを考えるのもあれだが、やっぱり痛いのは嫌だ。

そしてなにより。

主に出会えなかったのが、残念だ。


 その時、目の前が光った。獣が咆哮をあげる。いや叫びだ。血の代わりに影が散る。さらにもう1度光る。獣は体勢を崩し倒れこんだ。いや、死んだのか。獣の体は黒い影になってさらさらと消えていく。

「なん……だ?」

高い、月に届きそうな建物の上に、人影が見えた。

まだ薄い月の光に照らされる赤い髪。

「……赤髪の……魔女?」


 月を背負う少女と、太陽を司る少年の出逢いは、この世界の歯車を静かに回し始めた。


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