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違う、そうじゃない。〜犯人は俺なんだ〜  作者: 岩波備前


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旅館探偵〜湯けむりに、座敷わらしを添えて〜

※推理もの、ミステリー作品ではありません。ミステリー風味のラブコメです。


※主人公はほんのりと変態です。

外を見る。


流れ行く風景の中、緑の中に赤や黄色が混じる。


うだるような暑さと照りつける日光を乗り越えて垢抜あかぬけた木々が、各々の個性をかもし出すかのように色とりどりの葉をしげらせていた。

そのふもとには穏やかな流れが、落葉らくようを遠くまで運んでいる。そのような光景が、俺に生命の流転るてんを感じさせた。


「ふぅ••••••」


視線を外し、正面に向き直る。

そこにはつややかな長髪を弄ぶ1人の女性がアンニュイな表情を浮かべていた。

その憂いを僅かに帯びた端正な顔立ちは、見るもの全ての関心を引く。

豊穣ほうじょうと晩年を内包する季節の風景に、この女性の存在は奇跡としか言いようがない。


••••••ああ、傍にいる事が出来て幸せだ。


そして





「これから楽しみだな、綾乃!」


「私は一抹いちまつの不安を隠しきれないよ••••••」


にっこにこの俺と、小さな溜息をつく綾乃。


何故、このような事になっているか。

俺は先月の事を振り返ってみた。



••••••••••••

••••••

•••


ある日の霧崎探偵事務所。


「綾乃。慰安いあん旅行に行かないか?」


「行く。いつ?何処だ?」


デスクの前で新聞を読んでいた綾乃は、新聞を綺麗に畳みながら俺の言葉に即座に反応する。


「自分で言っておいてなんだが、即答かよ」


「君の居る場所が、私の居場所だからね。それに、この間、何処かへ連れて行く約束をしただろう?君もそれを覚えていたから旅行を提案したんじゃないかい?」


図星だ。

この間、生命を賭けた鬼ごっこを繰り広げた際に約束した事であった。

なし崩しに約束していたが、俺自身もたまには遠出はしたいし、なにより綾乃には、ゆっくりと楽しんでもらいたい。


「そうだな。ちなみに行き先は山奥にある温泉旅館だ。俺が吟味ぎんみして選んだ場所だから期待していろよ?来月の••••••このあたりはどうだ?丁度依頼が無い日があっただろ?平日だがどうだ?」


俺は依頼の予定と擦り合わせながら予定日を綾乃へ提示する。


「ああ、構わないよ。たとえ用事があっても旅行を優先するさ。何せ君が吟味してくれた場所だからね。楽しみにしている」


綾乃は一もニもなく了承する。

話しが早くて助かるな。


「ああ、ネットでは予約が空いていたから多分大丈夫だな。じゃあ、予約しておくぜ?」


「頼んだ。隼人、私を楽しませてくれよ?」


綾乃は片目をぱちり、と閉じて笑いかける。

一々かっこかわいい奴だなあ••••••


俺は早速ネット上から予約を取り、確認の為に先方にも確認の電話をいれた。どうやら旅館側でも予約が確認出来たらしい。2泊3日の宿泊はOKとの事だった。


「綾乃、旅館の予約は取れたぞ」


「承知した。その日は何があっても予定は空けておくよ」


「頼んだぜ?ああ、それと旅館の名前は••••••」


「言わないでくれたまえ。当日の楽しみにしたい。君のセンスを試させてもらうよ」


綾乃は口元で指を立てながら俺に口止めする。

キザな所作だが、綾乃には似合ってしまう。

美人は得だな••••••


「分かった。俺も当日に向けて色々準備するとするか」


俺は事務仕事に戻りつつ、そう呟いた。

ああ、実に楽し••••••


「待て。準備とは何だ?いや、旅行前の準備は当然だろう。だが、今の君のニュアンスでは、それ以外の準備に聞こえたのだが••••••」


綾乃が妄想を始めた俺に横槍を入れる。

まったく、無粋な奴め••••••

だから俺は言ってやった。



「俺の趣味に決まっているだろ?な、綾乃?」


「ゆっくり休ませてくれないのか、君は!?」



綾乃はもぉーっ!、と呟きながらデスクに突っ伏してしまった。


何してもかわいいなあ、綾乃は。


•••

••••••

••••••••••••



「かわいいなあ、綾乃は」


「••••••っ!••••••そんな事を言われても、少ししか不安は紛れないんだが••••••」


旅行前の事を思い出し、思わず口をついて出てしまった言葉に対し、そっぽを向く事で反応してくれる綾乃。

少しは紛れたんだな。良かった良かった。


「まさか宿泊先の旅館が曰く付きだったとはな‥‥‥」


綾乃は自分で発した言葉に更にげんなりしている。


「そんなに怖いものでもないだろう?(座敷わらし)なんてさ」


「君はそうかもしれないが私にとっては怖いものには変わりないんだよ!」


そうなのだ。綾乃はおばけとか妖怪の類が大の苦手なのだ。


「理詰めで追求する探偵業に身をやつしているのになんで非科学的なものが苦手なんだろうな‥‥‥」


「理論で片付けられないから怖いんだよ‥‥‥」


そうらしい。


今俺達が向かっている場所はG県S市の山間部にある「童辺わらしべ温泉旅館」という旅館だ。

山に囲まれた静かな旅館で、山の幸を使った料理や自然豊かな温泉が売りと紹介されていた。

何よりも特徴的なのは、その昔から旅館には座敷わらしが居着いていると噂されているのだ。

なんでも、座敷わらしに出会うことができた人には、少しだけ幸運が舞い込むとの伝説があるらしい。

‥‥‥かの有名な座敷わらしにしては、あまりにもしょぼい伝説だが、俺達にはそのぐらいで丁度いい。

なにせ、霧崎綾乃という素晴らしい女が幼馴染兼、彼女なのだから。


「それにまたろくでもないことを考えているんだろう?そんなに私をはずかしめて楽しいかい?‥‥‥‥‥‥楽しいんだろうなあ‥‥‥」


自分で言って自分で納得してやがる。自給自足だな。


「相手が綾乃だから、愉しいんだよ」


「たのしい、に妙な含みを感じるが‥‥‥まあいい。せめて大事に扱ってくれよ?••••••一点物なんだからな」


ふてくされたようにそっぽを向く綾乃。かわいいなあ、もう。


「大事にするさ」


「まったく、その言葉だけで満足するんだから、私はちょろいんだな‥‥‥」


チョロインか‥‥‥ふむ、おもむき深いな‥‥‥







「やっと着いたな」


「着いてしまったんだな‥‥‥」


電車を降り、バスを乗り継ぐこと1時間。更に山道を暫く歩いたところで目的の温泉旅館に到着した。

森の奥にひっそりと佇む、古式ゆかしい風情ある(童辺温泉旅館)が、俺達を待っていたかのように堂々とした姿を見せていた。


「とりあえずチェックインを済ませるか」


「ああ、済ませたら部屋で少し休みたい。引きこもりではないが、流石に疲れたよ」


俺たちは旅館の中に入り、手続きを済ませた。








「ふむ、中々いいところだね。君のセンスには及第点きゅうだいてんをあげよう」


「ありがとよ」


及第点のわりにはかなりうきうきしているんじゃないか?

綾乃は部屋に案内された途端、旅館に付き物の謎スペースに向かい、そこの窓を開けて外の風景を楽しんでいた。

俺も綾乃へ続き、一緒に外の風景を眺めた。


「確かにこれはいい、絶景だな‥‥‥」


俺の視線の先には紅葉を迎えた木々が広がっていた。手前には庭と池があり、池には赤や白、黒が混じった立派な鯉が悠々と泳いでいる。池には石橋が掛かっており、散歩にはもってこいのロケーションであった。


荷物を放り出してまで窓へ直行した綾乃と俺は、風景を存分に楽しんだあと、窓と鍵を閉めた。


「それにしても女将さんも中々フレンドリーな人で良かったよ。旅先の人間との交流も楽しみの1つだからね」


確かに、と俺も思う。

旅館に着いて早々に面食らってしまったが‥‥‥


‥‥‥‥‥‥

‥‥‥

‥‥


「いらっしゃいませ。童辺温泉旅館へようこそ。ご予約のお客様でしょうか?」


清潔感を感じる和装に身を包んだ妙齢の女性が俺達を迎え入れる。


「はい、本日2名の利用で予約していた新堂です」


俺は女将さんに挨拶をする。


「はい、承っております。新堂様ですね。私は当旅館の女将をさせて頂いております(紫野しの)と申します。お連れ様は、奥様ですか?」


「いえ、彼女でs『妻です』‥‥‥嘘をつくな!?」


女将の言葉に対し、綾乃はしずしずと綺麗な礼をする。こいつ‥‥‥!


「ふふふっ、仲がよろしいんですね」


「仲は、まあ‥‥‥良いですね」


所謂いわゆる、主従関係です」


「誤解されるようなことを言うんじゃありません!」


旅先だからってはしゃいでやがるな。まあ、雇い主と従業員だからあながち間違いでも無いんだがな。


「ふふふっ、では早速お部屋の方へご案内いたしますね」


紫野さんに促され、旅館の奥へと進む。


「思ったよりも部屋の数は多くないんですね」


「はい、旅館自体が小さなものであることも要因ですが、当旅館は創業当時からお客様に対し手厚い接客をすることを理念として掲げていまして。私は数年前に先代から女将を引き継ぎましたが、有り難いことに当時と変わらず当旅館はお客様から根強い支持を受けております」


つまり、リピーターが多く、少数人数でも経営には困ってはいないようだ。

うん、良いところを選んだな、俺。


「それとご存知かもしれませんが、当旅館には面白い逸話が1つありまして」


紫野さんが面白い話でもするかのように話題を振る。


「座敷わらしが出る、でしたっけ?なんでもであった人には少しだけ幸運があるとか」


隣で歩く綾乃がビクッと身体を震わせる。••••••たいして怖い話ではないだろうに。


「はい、今からご案内する(紫陽花の間)で、目撃されることが多いようですね」


隣の綾乃が俺の服の裾を掴む。おいおいそんなに引っ張るな。伸びるだろ。


「運が良ければ、お客様も出会うことが出来るかもしれませんね」


何処か含みのある言い方だ。‥‥‥もしかしたら旅館での宿泊を楽しんでもらうためのリップサービスなのかもしれない。


「お待たせいたしました。こちらがお客様のお部屋になります。(紫陽花あじさいの間)で御座います」


後ろに着いていった所、一番奥の部屋へ案内された。紫野さんがわざわざ扉を開けてくれる。視線の先には部屋の上りがまちが見えた。左側に立つ紫野さんが部屋の説明を行う。


「お部屋の中にはお座敷と寝室、小露天風呂があります。こちらのお風呂の方はいつでもご利用頂けます。また、当旅館自慢の大浴場も是非お楽しみ下さい。利用時間につきましては案内をご覧下さい。他に気になることが御座いましたら備え付けのお電話をご利用下さい」


紫野さんが一通り説明をしたあと、綾乃は荷物を放り出して部屋の窓の方へ行った。

その後、紫野さんが俺を小さく手招きで呼んでいる。先程の奥ゆかしい態度から一変、何だかいたずらっ子のような表情でにこにこしていた。


「何か?」


女将さんが着物の袖で口元押さえながら、俺に耳打ちをする。


「新堂さま、お連れの彼女さんは絶対に逃しちゃいけませんよ?一目見た時から新堂さまとは赤い糸で結ばれていると確信しました。‥‥‥大切にしてあげて下さいね?」


女将さんがふふふ、と上品に笑いながら俺の耳元から離れる。


‥‥‥意外とお茶目な人なのかもしれない。


•••

••••••

••••••••••••



綾乃が荷物を整理し、俺に向き直る。


「さあ、隼人。早速旅館内を探検しよう」


綾乃は俺の左手を握り、早く早くと先を急かす。

こいつにもこんな子どもっぽい一面を見せるのは子どもの頃以来だと思う。

あの頃もこうやって近所を探検したなあ‥‥‥


俺はそのまま、綾乃と仲良く手を繋ぎながら、旅館を探検するために部屋の扉を開けた。







旅館は全体的にこじんまりとしていたが、それなりに施設は充実していた。


俺達の部屋と同じような部屋が数室。隣の部屋にも客が泊まっているらしい。姿は見えないが人気が感じられる。


外の廊下を進むと談話室のような部屋に着いた。ここから大浴場や食堂、正面玄関に通じているらしい。


談話室には雑誌のラックがあり、新聞や新旧の旅行雑誌などが置いてあった。古いものは5年前のものらしい。バックナンバーと言うやつか。

大浴場に向かうと、そこには男女別の大浴場と露天風呂、小露天風呂に分かれていた。大浴場は室内にあり、サウナも完備してるようであった。また、マッサージチェア数台と卓球台、加えて珈琲コーヒー牛乳も設置されていた。


当旅館自慢の露天風呂、と銘打つだけあって自然を間近に感じられる開放的なものであった。冬場は山から降りてきた猿も入ることがあるらしい。人馴ひとなれしているらしく、刺激しなければ危害は加え無いそうだ。


小露天風呂は時期によってゆず湯や菖蒲湯しょうぶゆを楽しめるらしい。凄いな。


食堂は広いお座敷のような和室が拡がり、同じ室内にはテーブル席も用意されていた。

厨房ちゅうぼうでは板前さんが腕を奮っていた。聞いた話だと紫野さんの旦那さんらしい。寡黙かもくな人だが優しい人とのことだ。


「大体こんな感じかな?」


旅館内を探検した俺達は談話室で一休みしていた。時間は16時。夕食には早いが、外に出るには微妙な時間だ。


「なら、部屋の風呂に入るか。身体を温めてから夕食を食べよう」


綾乃がそんな事を言い始めた。


「ああ、そうか。分かった、部屋に戻るか」


俺は綾乃の提案を受けいれ、部屋に戻ることにした。


「なら、最初は綾乃が入っていいぞ。俺は後でいいや」


言い出しっぺの綾乃から入ってもらおうか。

どんな風呂だったか感想を聞くのが楽しみだ。


そんな事を思っていたら、綾乃が怪訝けげんな表情で言葉をつむぐ。


「は?何を言っている。君も一緒に入るんだぞ?」


「‥‥‥はっ?」







「ふぅー‥‥‥気持ちいいじゃないか。なあ、隼人」


「‥‥‥ああ」


俺は今、綾乃と一緒に部屋の露天風呂に入っている。

小さいながらも、2人で入るには十分な広さであった。お湯の温度も丁度良く、体中の血行がうなりをあげている事も分かる。


‥‥‥まあ、お湯のおかげだけでは無いのだが。


「なんだ、まだ納得していないのかい?こうして譲歩したじゃないか」


綾乃はほら、と言って風呂から立ち上がる。


「馬鹿っ!急に立ち上がるんじゃない!こっちは何も着ていないんだぞ!?」


俺は水着姿の綾乃を見上げて言い放った。


「まったく、君は私の彼氏だろう。そろそろ慣れたまえよ。‥‥‥もしかしてチキンかい?」


「ち、ち、チキンじゃないし!?」


‥‥‥チキンじゃないし。


ただ、今の状況が俺の信念から離れてしまっているから動揺しているのだ。


俺の様子を見て、くっくっくっ、と笑う綾乃の姿を仕返しとばかりに見る。


綾乃は薄茶色を基調としたハイネックタイプのビキニに身を包んでいた。

本人曰く、あまりにも露出が高いものだと俺が騒ぐ、とのことであった。


「この水着ならボディラインもあまり気にならないだろう?こうやってお風呂に入るときにはもってこいさ。‥‥‥ああ、安心したまえ。しかるべきときにはきちんとした露出度の高いものを準備するからな?」


なんて言ってた。


‥‥‥違うんだ。別に露出度がどうとかではないんだ。


水着の価値はシチュエーションとのマリアージュなんだよ。それらが渾然一体となって初めて情熱が燃え上がるんだ。


「‥‥‥うつむきながら変なことを考えていないかい?」


「‥‥‥考えてないよ」


まあ、でも。今の綾乃もこれはこれでいいな‥‥‥


俺達は夕食前ということもあり、ほのぼのと露天風呂を楽しむことが出来た。







風呂から上がったあと、俺達は食堂に向かい夕食を思う存分楽しんだ。


ここは露天風呂以外にも料理を売りにしたほうが良いと思う。新鮮な山の幸の旨味を最大限に引き出している。

資産家の一族とのこともあり舌の肥えた綾乃も、夕食を一口食べた途端に目をまん丸にしていた。


「‥‥‥素材もそうだが、下ごしらえが非常に丁寧だ。ここ最近で食べた料理の中でも5本の指に入るよ」


と、食の細い綾乃のしては珍しく、出された食事以外にも手を伸ばしていた。

‥‥‥まあ主に、俺のきんぴらごぼうとか煮しめとか。


‥‥‥好みが年寄りなんよ。


そんなこんなで食事に舌鼓を打ちつつ、夕食を食べ進めた。







夕食後、お腹を十分に休ませてから旅館自慢の露天風呂に入ろうかと思っていたら、部屋の扉をノックする音が聞こえた。

何かと思って出てみると、紫野さんがカートの上に真新しい布団を幾つも積んでいた。

なんでも布団は定期的にクリーニングに出しており、今日は午後になってからクリーニング済みのものが来たらしい。よければクリーニング済みの物と入れ替えをさせて貰っても良いか、とのことであった。

特に断る理由はなかったので交換を依頼した。とてもしっかりとした布団らしく、見た目からも中々重量感があると感じられた。良い素材のものを使っているのだろう。

紫野さんは寝室へ行き、手早く布団の交換を行ったようであった。


「新堂さま、只今露天風呂の方でゆずを新しく入れましたので、是非ご利用下さい。疲労や腰痛、リウマチなど、身体の不調に効果があると評判なんですよ」


と、古い布団を抱えながら教えてくれた。そう言われたら行くしかあるまい。


綾乃にも声を掛けたが、考えは同じようで2人で露天風呂に入りに行くことが決まった。



‥‥‥露天風呂には他の宿泊客もいるため、綾乃も無茶はしないだろう。


だが俺は違う。


‥‥‥ここに来てから、ずっと綾乃にやられっ放しであった。


俺のリビドーも限界に近い。ここからはずっと俺のターンだ‥‥‥!







「ああー‥‥‥極楽だったなあ」


露天風呂に入った俺は、大浴場の近くにあるマッサージチェアに身体を預けていた。

露天風呂のロケーションといい、新しいゆずの香りといい、心地よい倦怠感に身を任せていた。


「あああああー‥‥‥って違う!俺にはまだやらねばいけないことがあるんだ!」


そうだ、だからこそ俺は露天風呂に行く前に綾乃へ1つお願いをしたのであった。


「‥‥‥‥‥‥隼人。上がったぞ」


浴衣姿の綾乃が俺の近くまでやってきた。綾乃も露天風呂を楽しんできたのだろうか。綾乃の湯上がりでほかほかしている。

顔も熱で上気していたが、その赤みは温泉の熱によるものだけではないだろう。

また、長い髪の毛は後ろで纏めており、これから行うことに備えているようであった。


「よし、少し休んだらあそこに向かうからな?」


俺は大浴場の一角‥‥‥卓球台を指差し、綾乃へ告げた。


「‥‥‥本当にやるのかい?私はここからできるだけ早く離れたい気持ちでいっぱいなんだが‥‥‥」


綾乃にしては珍しく、消極的な事を言う。浴衣の前身頃まえみごろを握りしめながらもじもじしていた。

‥‥‥うん、お願いした通りの行動をとってくれたようだと確信する。


「綾乃、もう一度確認する‥‥‥着けてきてはいないよな?」


回りに人が少ないことを確認し、俺は綾乃へ耳打ちをしながらそう告げた、


「‥‥‥‥‥‥」


綾乃はそっぽを向いたまま浴衣の前身頃からゆっくりと手を離す。浴衣の隙間があらわになる。


そこにあるべきものはなかった。


「流石だぜ、綾乃。信じていたよ!」


「あれだけ必死な土下座をされたら断るに断れないだろうよ‥‥‥」


実際に必死だったからな。


折角旅館にいるんだ。俺の趣味に付き合ってもらわなければ死んでも死にきれない。


‥‥‥いや、死ぬ気はさらさら無いが。


「‥‥‥段々と隼人の奇行に慣れてきた自分がいるよ‥‥‥」


ふっ‥‥‥と諦めたように笑う綾乃。


「そう言うなって。終わったら珈琲牛乳奢ってやるからさ」


「全然釣り合いが取れていないんだが!?」


えー、珈琲牛乳美味いのに‥‥‥


俺はそわそわしている綾乃を引き連れて、卓球台へ向かった、







「状況が状況だからな、3戦くらいで切り上げよう。勝った方が負けた方に1つ命令が出来る。••••••ただし、性的なことは無しだ。異論はないな?」


「異議を申し立てたいがな‥‥‥まあ、いい。要するに先に2戦先取すると勝ちでいいんだな?」


「ああ、そうだ。ルールは分かったな?••••••じゃあ始めるぞ」


先行を綾乃へ譲る。綾乃はスポーツ自体、可もなく不可もなく、といった所だ。

まあ、俺も似たようなものだが。


だからこそ、勝負は時の運と思っているのだろう。だがしかし‥‥‥


綾乃の1打目は中々いいサーブであったが、残念。俺が1点先する。


「なん‥‥‥だと?」


「残念だったな?俺はこの日の為に練習に練習を重ねて来たんだよ」


そうなのだ。俺はこの日の為に色々と準備を進めてきた。これもその1つ。

大学の後輩に連絡を取り、短い間だが特訓に付き合って貰ったのだ。


だからこそ、綾乃は俺には勝てない‥‥‥


そんな事を考えていた矢先、俺の横を何か速いものが鋭く軽い音を立てて通り過ぎていった。


「ふっ、残念だったのは君の方だったな?‥‥‥温泉といえば卓球。‥‥‥君が考えることくらい、私には分かるのさ」


なん‥‥‥だと?


俺とどっこいどっこいだった、あの綾乃が?


「君が特訓したように、私も自主練習に取り組んでいてね。さあ、勝負の行方はわからないな?


綾乃はにやりと不敵に笑う。こいつ‥‥‥


「たしかに、勝負の行方は分からないが‥‥‥少なくとも、俺は勝ちにいくぜ!」



ああ、俺は勝つさ‥‥‥



試合に負けてもいい‥‥‥勝負には勝つがなァ!



綾乃が俺の特訓を見抜いて対策することぐらい読めているのさ。••••••何せ長い付き合いだからな?


それはあいつも薄々は気がついているはず。


••••••だが、俺の土俵に上がってきた時点で負けているのさ。


正確に言えば、俺のお願いを聞いた時点で••••••

俺の土下座に押し切られた時から勝負はついているんだ‼


卓球勝負は白熱を極めた。


綾乃は割と負けず嫌いだが、基本的に引くときは潔く引くだけの冷静さはある。


けれども、こういった単純なゲームに対しては子どものように食らいつくのだ。


綾乃がムキになればなるほど、衣服が乱れる。そうなると必然。その下の肌色が露わになるのさ。

別にその下の膨らみを拝みたい訳では無い。

‥‥‥いや、見たいのは否定しないが。


卓球という健全なスポーツの中で垣間見える、健康的な色香。勝負に気を取られ、衣服の乱れに気が付かないその刹那の油断。それらを内包した温泉卓球という一種の儀式に感謝の念を禁じ得ないのだ。


「ああ、実に良いものだな」


俺は目の前でちらつく肌色と、勝利に喜び無邪気さを晒す綾乃の姿を、己の目と記憶に焼き付けていた。







「約束通り、1つお願いを聞いてもらうからな?」


綾乃はいつもより心を弾ませながら、部屋に向かっていた。


「ああ、満足した‥‥‥お願いならきちんと聞いてやる」


「‥‥‥負けたのになんで勝った雰囲気を出しているんだい?」


当然だ。

試合に負けて、勝負に勝ったからだ。


「早速、その命令権を使うか?人間椅子でもパシリでも、土下座でもなんでもするぞ?」


「いや、まだとっておくさ。••••••何せ期限の指定は無いんだからな?」


••••••はっ!そうだった。期限の取り決めはしていなかった。


「いや、それは‥‥‥」


「今更ルールを追加するのは無しだよ。君だって同じ立場ならそう言うだろ?」


良く分かっていらっしゃる。

ちっくしょう。


そんなことを言いながら、部屋に戻る。


あとは歯を磨いて寝るとするか。明日も早い。旅館の近くの森を散策したいしな。


お互いに眠る準備を行い、寝室へ向かう。


布団は2つ。綾乃にはあらかじめ今回の旅行では性的なことは無しだ、と伝えてある。


綾乃に楽しんでもらうことと休暇を堪能することが目的だからな。


‥‥‥俺の趣味は良いんだよ。紳士の行いだからな。


「今日も一日楽しかったな」


「年頃の男女としては健全すぎるが、まあ、おおむね同意しよう、今日は楽しかった。••••••明日はもっと楽しいのだろう?」


「ああ、明日は森を散策しながら山菜の採取を楽しめるらしい。ものによっては野外で調理してくれるそうだ。••••••自然豊かな景色を見ながら美味しい料理を楽しめるだろうよ」


「それはいいな。じゃあ、明日も期待して‥‥‥おやすみ、隼人」


「ああ、おやすみ」


俺達は寝室の灯りを消して床についた。



この数時間後に、あんな事が起きるなんて思いもしていなかった。







「‥‥‥ん?」


俺はふと、目を覚ました。

今は‥‥‥1時か‥‥‥

枕元のスマートフォンで時刻を確認する。変な時間に目を覚ましてしまったな。


時刻を確認し、再度夢の世界へ舞い戻ろうとした矢先、近くで奇妙な気配を感じた。


(足音?軽い‥‥‥まさか?)


俺は目線だけ、隣の部屋に通じるふすまを見た。


(子ども?)


はっきりとは見えなかったが白い子どもがいたような気がした。


「‥‥‥綾乃!?」


俺は咄嗟に綾乃を起こそうとした。

が、綾乃も俺と同じタイミングに目を覚ましていたのだろう。


青ざめた表情で俺の浴衣をぎゅっと握りこんでいる。そして口を開く。


「隼人ぉ‥‥‥出たぁ‥‥‥•••座敷わらしがぁ••••••」


綾乃は涙目のまま、震える指でふすまを指差す。

ふすまの隙間から着物が通り過ぎるところを見た。


「着物っ!?••••••はわっ•••はわわわっ••••••」


「‥‥‥?‥‥‥」


とにかく隣の綾乃が怖がっている。恐怖で爆発寸前。早くなだめないと大変な事になってしまいそうだ。

そう考えた俺は綾乃を抱きしめながら、その場に立ち上がらせ、リモコンを手に寝室の灯りをつける。

恐る恐る、隣の部屋に近づき、ふすまを開けた。


「‥‥‥いない?」


明かりが消えていたものの、寝室の明かりでぼんやりと照らされる和室。


そこには人の気配は感じられなかった。







「新堂さま‥‥‥お連れの彼女様は大丈夫ですか?」


「あ、はい、何とか‥‥‥ほら、綾乃」


「‥‥‥大丈夫です」


俺はあのあと、怖くて震えている綾乃を宥めながら部屋に備え付けてある、電話で紫野さんを呼んだ。

夜分遅くで申し訳なかったが、紫野さんは深夜の宿泊客の対応をするために従業員と交代で起きていたらしい。


本当に助かった‥‥‥


紫野さんが部屋へ来てから、とりあえず部屋の中を確認した。紫野さんは部屋の謎スペース(広縁ひろえんというらしい)から外を見たが怪しいところは無いようだと。


部屋のお風呂やトイレ、押し入れなども確認したが怪しい所はなかった。


「確認しましたが、どうやら怪しいところは無いみたいですね。‥‥‥新堂様とお連れ様が気になられるようでしたら••••••お部屋を変えましょうか?」


紫野さんが綾乃の様子を見ながら心配そうに提案してくれる。

優しい人だなあ。


「‥‥‥いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます‥‥‥」


綾乃は先程よりも落ち着いた様子で紫野さんにぺこりと頭を下げる。


紫野さんも心配していたが、それならば、と引いてくれた。


「一応、隣のお部屋のお客さまへの確認と、外の見回りはしてきますね。また、お声掛けいたします」


隣の部屋の宿泊客には申し訳ないが、そうさせてもらおう。そうした方が綾乃も安心するはずだ。


「‥‥‥ご迷惑でなければ、私もお隣のお部屋を少し見せて貰っても宜しいでしょうか?一応探偵業をしている身でして‥‥‥」


綾乃は紫野さんに提案する。一応自分でも確認しないと安心できないらしい。

綾乃が探偵をしている事を聞いた紫野さんは、一度許可を得てからで良ければと前置きし、綾乃と俺達を連れて廊下へ出た。


紫野さんは隣の部屋のお客さんに声を掛けて事情を説明していた。隣の宿泊客はとても良い人であったのだろう。年配の女性はしばらく紫野さんと話し込んだあと、俺達を部屋に招き入れてくれた。


プライベートな空間であるため長居は控えたが、俺達の部屋と同様に異変はなかったようだ。

綾乃は少し安心したように見えたが、ふと床を見つめていることに気が付いた。


「‥‥‥土?」


綾乃が畳の床から、極少量の土を指腹で押し取る。

何か気になるのであろうか?


「何か気になるのか?」


「‥‥‥いや、今は良いか。隼人。私は少し落ち着いたから部屋へ戻ろう。紫野さんや宿泊客の方にこれ以上迷惑は掛けられないよ」


綾乃はそう言うと、女将さんと宿泊客に対し、謝罪とお礼の言葉を述べて、部屋をあとにした。


「気にしないでね?私もここの逸話はよく知っているから。••••••貴女達にも少し幸せが訪れると良いわね」


と年配の女性が優しく声を掛けてくれていた。


‥‥‥世の中捨てたものじゃないなあ。







「‥‥‥隼人、今日は私の傍で寝てくれないか?」


「いやらしいことはしないよな?」


「‥‥‥‥‥‥多分。風呂のあとの約束。あれを今使うから‥‥‥」


「‥‥‥本当に苦手なんだな、おばけ」


「••••••••••••言わないでくれよぅ‥‥‥」


綾乃の布団にお邪魔した俺は、早速綾乃の抱き枕にされた。


ぷるぷる震えながら俺の胸元に顔を埋めている。

普段はあんなに偉そうなのに、今はしおらしいなあ‥‥‥

癒やされるなあ‥‥‥


「ああ‥‥‥‥癒やされるなあ」


「‥‥‥‥‥‥さでぃすと••••••」


うん、仕返しするか••••••


「‥‥‥あっ、子どもが」


「ぴぃっ!!?」


「冗談だ」


「‥‥‥‥‥あんまりいじめないでよぉ」


綾乃は恨みががましいように呟くが、安心したのかすぐに寝息を立てて寝始めた。


「綾乃は良いだろうが‥‥‥‥俺は、朝まで我慢できるのか?」


癒やしとともに頭をもたげる男としての本能。


今ここで襲うか?と考えがよぎる。


だが


(怖がっている綾乃の弱みにつけ込むことは出来ない。‥‥‥俺の信念に反する‥‥‥!)


ここが俺の正念場ではないと。理性の刃で本能という強大な敵に立ち向かう他なかった。







「‥‥‥ああ?‥‥‥朝か?」


あんまり眠ることの出来なかった俺は腕の中ですうすう眠りこくる綾乃を起こす。

人が悶々《もんもん》としている間に気持ちよく寝やがって‥‥‥


僅かに私怨しえんの混じった手つきで綾乃の頭をわしわし、撫でる。


「んっ‥‥‥ああ、朝か‥‥‥ってやめたまえ!?」


何をするんじゃーっ、っとがばっと起きる綾乃。今日も元気だなと声を掛けたが‥‥‥


「‥‥‥‥‥‥隼人こそ元気だな」


綾乃は顔を赤らめながら俺の下腹部に視線を‥‥‥


「生理現象だからっ!?」


布団で隠してみたが、直ぐには落ち着かないようであった。


今は自分のご立派様が憎たらしい‥‥‥


お互いに微妙な空気になりながらも朝の身支度を始める綾乃。


「‥‥‥••••••別によかったのに‥‥‥」


ぼそっと呟く綾乃を無理矢理無視して俺も朝の身支度を始めた。







「隼人。今日は調査だ」


綾乃が朝食を食べながらそんな事を言い始めた。

紫野さんが声を掛けてくれたときには気丈に振る舞っていたが、やはり怖さが残っているのであろう。

朝食をリスのように頬張りながら真剣な表情で俺に提案していた。

ご飯くらい落ち着いて食べなさいな‥‥‥


「真相がわからないと落ち着かないからな」


綾乃はそんな事を言いながら、俺の筑前煮をすっ、と自分の手元に引き寄せていた。

ご令嬢なのにそんな子どもみたいな事をするんじゃないよ‥‥‥

‥‥‥割と余裕があるんじゃないか?






「良い庭と池だな。風情がある‥‥‥」


俺と綾乃は朝食を食べたあと、散歩がてらに外の庭で池を眺めていた。森の中にひっそりと佇む、人の手が加えられた庭園。自然の中では浮いてしまうと思われそうだが、むしろ人の気配が息づくことで独特な世界観を構築しているようだ。


そんな池の中で、赤や白や黒の混じった柄の鯉が餌を求めて俺達に近づいてくる。ただ、きちんと世話をされているようでばたばたとがっつく様子はなかった。


「実にお大人しい鯉だね」


「管理が行き届いているんだろうよ」


その後、池の鯉や庭の景色を堪能たんのうした綾乃は俺達が宿泊していた部屋の前の地面を確認し始めた。


「どうした?なんかあったか?」


俺はしゃがみこんでいる綾乃に声を掛ける。

昨日の話だと、外の見回りをした紫野さん達は特に変わった様子はなかったと教えてくれていた。


俺の目からも当然気になるところはない。


「部屋の鍵は掛けていただろ?別に誰かが出入りしたわけじゃないさ」


昨日、綾乃が部屋に入ってから外の風景を見たあとしっかりと鍵を閉めていたのは確認していた。

外から誰かが入ってきたとは考えにくいだろう。


「‥‥‥いや、これで良いんだ」


「?」


綾乃は満足したように立ち上がり、俺を旅館へ促した。







「で、俺達は暫くここにいるわけだが。何か意味があるのか?」


俺は綾乃と一緒に談話室でぼんやりしていた。かれこれ何時間こうしているんだろう。


「ああ、もう少しゆっくりしていよう。夕食まで時間はあるだろ?」


綾乃は新聞や雑誌を読んでいた手を止めて言った。


「まあ、ゆっくり出来るのはいいが‥‥‥おい、綾乃これ見てみろよ」


俺は5年前に発行された雑誌をパラパラとめくっていたが、とあるページが目に入った。

ここの旅館の特集だ。

当時の従業員が勢揃いで旅館の前に並んでいる。あれ、これは‥‥‥


「‥‥‥この年配の女性が先代の女将か‥‥‥それとこの女性は‥‥‥」


特集のページには先代の女将さんが写っていた。それにこれは‥‥‥女将さん?4〜5歳くらいの女の子を傍においている。


「従業員は殆ど変わっていないようだね。ただ、代替わりはしたようだ‥‥‥」


確かに今の女将さんは数年前に業務を引き継いだと言っていた。


「‥‥‥うん、分かった」


綾乃は何か得心とくしんがいったように頷く。


「よし、そろそろ良いかな?部屋に戻ってから露天風呂に入ろうか‥‥‥紫野さんからも良いことも聞いたしな」


現状を理解しきれていない俺の手を引っ張りながら、綾乃は部屋へ向かっていった。







「なあ、綾乃さん。これは一体どういうことかな?」


「なんだ、露天風呂に漬かっているだけだろ?」


「なんでお前もここにいるんだよ?」


「ああ、今日は混浴でも良いそうだよ?昨日と今日で殆どの宿泊客が帰ったらしいからな」


綾乃と俺は小露天風呂に漬かっていた。

話によると朝食の際に紫野さんから情報を得ていたらしい。


「丁度良い機会だから、君との仲を深めてきなさい、と要約するとそんな事を言われてな」


「••••••ノリが良いなあ、女将さん」


綾乃は宿泊客が少ないとはいえ、一応水着を着ていてくれた。


それだけは救いだが‥‥‥


「なんで昨日と違うんだよ!?」


「別に水着はあれだけとは言っていないからね」


綾乃は昨日とは違うツートンカラーの水着を着ていた、

セパレート水着と言うのだろうか。どちらもワンショルダータイプのもので、トップスは白。ボトムスは黒の水着だった。

昨日の水着よりも露出度が高く、ボディラインもはっきりしている。


「いや、まあ、綺麗だけども‥‥‥」


「ふぅん‥‥‥もっと見たまえよ。今は誰もいないのだからね」


綾乃はわざとらしく組んだ腕で胸を持ち上げる。

お湯が、首筋から谷間に流れる。


「まあ、見るけどよ‥‥‥」


お言葉に甘えて眺めることにした。


「‥‥‥不思議な事にね、君とこんな遣り取りをしている中で段々と君の視線が癖になってきたんだよ。何かに目覚めそうだな‥‥‥」


「‥‥‥変な性癖にだけは目覚めるなよ?」


俺にとっては良い傾向ではあるが、何故か取り返しのつかないことをしているような気がする‥‥‥


「‥‥‥‥‥‥‥」


「‥‥‥くっつくなよ」


すすす‥‥‥、っと俺に寄り添う綾乃。

咄嗟とっさ邪険じゃけんに扱うような言葉が出てしまったが。ああ、良いな。やわこい。


「‥‥‥素直じゃないな」


綾乃はそんな俺の心を見透かしたようにぼそっと呟いていた。






「予想通りだな」


綾乃は部屋に戻る前に隣の部屋のドアノブを見て呟く。


「そういえば、露天風呂に行く前に何かしていたよな?何だったんだ?」


俺は露天風呂へ行く前の綾乃の行動を思い出しながらそう言った。


「いや、なんでも無いさ。これで今日はぐっすり眠れそうだな」


昨日も寝ていたじゃないか、と口をついて出てきそうであったが何とか踏みとどまった。

昨日の事をあんまりつつくと拗ねてしまう。

綾乃は気難しい小動物なのだ。


「‥‥‥言いたいことは分かっているからな?」


綾乃はじとっとした目で俺を見ていた。

危ない危ない、口に出したら戦争であった。


「‥‥‥夕食を食べたら覚悟しておけよ?」


何をする気だ‥‥‥?


俺は不穏な空気を感じつつ、万が一の際に備えて頭の中で1つの作戦を考えていた。







夕食を食べた俺達は部屋に戻り、暫くトランプで遊ぶことにした。

遊びが飽和している今の世の中でも、こんな単純な遊びでも結構白熱するらしい。


「中学や高校の時を思い出すな?」


「••••••私はあまり経験は無いがね」


綾乃は口を尖らせながらぼやく。

そうなのだ、綾乃は高校まで所謂いわゆるお嬢様学校とやらに通っていたのだ。

俺には良く分からないが、こいつにとっては中々窮屈な思いをしていたのだろう。


「私はずっと君と同じ学校に通いたかったのだがな」


「仕方ないだろ、綾乃と父さんと母さんがせめて高校までは、って言っていたじゃないか。••••••当時の俺でもあれだけすがりつかれたら断れんぞ?」


「はあぁぁぁ‥‥‥普段は良い父と母なのだがね‥‥‥娘がお嬢様学校に通うところを見るのが昔からの夢だったと言っていたからな‥‥‥まあ、大学だけは自由にさせてもらったが‥‥‥大変だったんだぞ?」



知っている。俺もその場にいたからな。

その時の大立ち回りは、また別のお話‥‥‥


「まあ、過去の話は止めだ。今の話をしよう。まずは‥‥‥ババ抜きからかな?」


綾乃はやる気十分といった感じでトランプを挟んで俺に向かい合う。

余程楽しみにしていたのか?こいつは。


「まあ、私には友達と呼べるものがいなかったから‥‥‥」


ふっ、と少し悲しそうに視線をそらす。


綾乃は別に性格が悪いとか空気が読めないとかはない。

ただ単に周囲から近寄りがたい深窓のお嬢様として見られていたからだ。

••••••中身がこんななのは俺しか知らない。


「••••••気にしない、気にしない。さて、君から始めたまえ」


綾乃は悲しき過去を振り切るように手札を俺に差し出してくる。

ならば、それを受けるのは礼儀だろう。


「‥‥‥‥‥‥綾乃、1つだけ言っておく」


「何だ?」


「‥‥‥俺はな、トランプだけは強いんだぜ?」







俺にこうべを垂れるかのように床へひれ伏す綾乃。


「何故‥‥‥勝てない」


「友達がいなかったからじゃないか?」


「そんなこと言うなよぉ!?」


悔しそうに俺を見上げる綾乃。

いやあ、負け犬を見るのは気持ちが良いなあ。


「‥‥‥‥‥」


綾乃は勝ち誇る俺を静かに見つめる。


あっ‥‥‥やべ。こいつ負けず嫌いだった。


「••••••もう1回だ!今度はポーカーだっ!」


綾乃の心に火を点けてしまった事を公開するが時すでに遅かった。


‥‥‥ああ、今日は眠れるのだろうか。


「今日は寝かせないぞ‥‥‥」


「何で無駄に男らしいんだよ、お前は!?」







「何で1回も勝てないんだよう‥‥‥」


夜中の0時。夕食後から数えて4時間位はトランプをしていたな。流石に疲れた。


「よし、綾乃。そろそろ寝るか」


「勝ち逃げかい?そうさはさせんぞ」


「だって綾乃が弱すぎるんだよ。また、今度な」


俺は長時間の疲労から、そんな風にやや投げやりな感じで対応してしまった。


あ‥‥‥同じ流れを数時間前にもしたような。

聞こえるはずはないのだが、綾乃の方から(カチン)と音が聞こえたような気がした。


「ほーう‥‥‥随分と生意気なことを言うようになったものだね。‥‥‥そろそろ私と君の上下関係をはっきりさせておこうじゃないか」


「あっ、悪い!?そんなつもりじゃ‥‥‥!?」


綾乃はゆらりと幽鬼ゆうきのように立ち上がり、俺の手を掴む。


まじで怖い。


「‥‥‥来い。今日で最後だからな。風呂に入るぞ」


綾乃はそう呟き、俺を風呂場まで連行していった。







「綾乃さん?‥‥‥これは流石に不味いのでは?」


「これが本来の入浴方法だろ?何か間違っているかい?」


俺達は最後の露天風呂を楽しんでいた。部屋のものとはいえ、やっぱり景色も良いし、お湯も心地よい。


だが‥‥‥


「何で何も着ていないんだよ‥‥‥」


「風呂に入っているからな」


俺の隣の綾乃はまさに生まれたままの姿であった。


「見える見える!?こっち向くな!」


「見ても構わないぞ?だからこそ何も着けていないだろ?」


綾乃は手だけで身体を隠している。流石に恥ずかしいのか顔は真っ赤になっている。


もしや、やけくそだな!?


「ふふふ‥‥‥」


「やめろ寄るな触るなくっつくな!?」


水着でくっつかれたときは癒やされたが、今は不味い。


「‥‥‥ふっ、このまま手を出しても良いんだぞ?」


「最初は事務所で、なんだろ!?」


最初にそう言っていた事を思い出した。初めては思い出の場所が良いと。


「そんな事を言った覚えはない」


きりっ、とした表情で断言する綾乃。


「てめえこのやろう!」


「まあ?こんな状況でも手を出さない臆病者おくびょうものにはこのくらいの刺激が丁度良いのかもな?」


綾乃がそんな事を言った。


‥‥‥何だって?

臆病者だと?


俺は信念を持って、綾乃には手を出さないようにしている。


かわいい綾乃をあらゆる視点から十全に堪能するためにな。


チキン扱いはまだ許せたが、臆病者と言われたら‥‥‥戦争だ。


「‥‥‥‥‥‥とうとう言ってはいけないこと言ったな?」


「な、何だ?そんなにすごんでも怖くはないぞ?」


綾乃は俺の瞳に復讐の炎を認めた様だ。言葉が僅かに上ずっている。


「綾乃、風呂から上がったら覚悟しろよ?」


万が一の為に考えていた事を実行に移すしかない。


ならば、最後まで愉しむだけさ。







俺は風呂から上がったあと、堂々とした態度で土下座を決めた。

綾乃が認めるまで、この頭を上げないつもりだ。

その覚悟を見ろ。


「まさか、この2日間で成人男性の土下座を2度も見るとは思わなかったよ‥‥‥」


良い経験をしたじゃないか。


「だが、まあそこまでした割には普通のことだな?風呂上がりにマッサージとは」


そうなのである。俺は風呂上がりに綾乃へマッサージをしたいと訴えたのだ。


「準備とは卓球だけではなかったんだな」


一応は練習をしていたがここまでやるつもりはなかった。流石に身体に触れることは極力避けたかったからな。


だが‥‥‥


「まあ、今回の旅行は綾乃を楽しませる為に計画したことだからな。••••••それに、普段の疲れもとってもらいたいんだ。思い出の場所を守るために苦労もしているみたいだしな‥‥‥」


俺は夜遅くまで依頼の取り組んでいる綾乃を知っていた。半ば趣味とはいえ、俺を雇うために自分の力で努力を続けていることも分かる。ならば従業員としてはそんな綾乃を少しでもねぎらってやりたいのだ。


「‥‥‥心配を掛けさせてしまったかな?」


「気にするな。俺が好きでやっていることだからな」


ねぎらいたいし、楽しんでもらいたい。


これは真実だ。


‥‥‥だがな、俺の趣味に付き合ってもらたい気持ちも真実なんだよ。


「じゃあ、布団の上で寝てもらおうかな?」


「‥‥‥良い話で終わりそうだったんだがね」


にこにこする俺の顔を見て若干引いている綾乃。

そんな目で見ていられるのも今のうちさ。







「ああ‥‥‥結構上手いじゃないか」


「まあな、野球をしている後輩に協力してもらつたからな?そいつのお墨付きだ」


「後輩が随分多いみたいだな?」


「まあ、綾乃よりはな」


俺は大学の後輩、野球サークルの橋本(20♂)を中心に、そのチームメイトに協力を仰いでマッサージを練習していた。

まっとうなマッサージを随分と勉強させて貰ったよ。


最初は掌と腕を優しく揉み込むようにマッサージをする。


「風呂上がりの身体には丁度良いな‥‥‥」


「だろう?結構練習したから自信はあるんだぜ?」


気持ち良さそうに目を閉じる綾乃。

••••••ああ、喜んでもらえて良かった。


だが、学んだのはまっとうなマッサージだけではないのだよ。


「んっ‥‥‥ちょっと痛いな」


「ああ、ふくらはぎにところは少し痛むかもな?ここは筋肉が張りやすいから」


次は足だ、足裏のマッサージから徐々に体幹に近づける。足裏からふくらはぎと。


「っ!‥‥‥」


ふくらはぎから太腿へ。


「‥‥‥‥‥ふっ‥‥‥」


内腿へ。そしてふくらはぎに戻る。

足、ふくらはぎ、太腿、内腿。この繰り返しを暫く続ける。


「‥‥‥‥‥はぁっ‥‥‥」


綾乃は小さく息を吐く。そろそろか‥‥‥


「綾乃、次は腰の方をマッサージするぞ?」


「‥‥‥あ、ああ、頼む」


綾乃は、ハッ、としたように返事をする。


この間の猫探しの一件から予想はしていたが、綾乃は随分と感度が良いらしい。

酔っていたとはいえ、ボルテージが上がるのが早かったからな‥‥‥


「安心しろ、変なところは触らん」


「そうかい‥‥‥」


力加減に注意しながら腰をマッサージする。

そうだ、俺はどこぞの男の学習用映像の内容とは違い、際どいところには触れないように心がけている。


純粋なマッサージを提供しているだけだ。

‥‥‥まあ、参考にはしたが。


「ふっ‥‥‥んっ‥‥‥‥‥‥はぁっ‥‥‥ぅん‥‥‥‥ぁっ」


腰をマッサージするようになってから小さな声が上がるようになっていた。


‥‥‥俺は普通に揉んでいるだけだがな。


腰から背中へ。指圧するだけではなく、血液を循環させるように手掌しゅしょうでマッサージを行う。


「‥‥‥ひゅっ‥‥‥んん‥‥‥はあっ‥‥‥」


息が少し荒くなってきた。普通にマッサージをしているだけなのだが。


背中のマッサージを止め。肩の方を移行する。


「ひうっ!?」


綾乃がビクッと身体を震わせる。

‥‥‥良い兆候だ。


「綾乃、身体が痛いとか苦しいとかはないか?」


俺はあくまでも真面目に尋ねる。


「あ、ああ。••••••痛みはあるが心地よいものだ。問題ない。素直に上手だと言えるよ」


綾乃は答える。俺の真面目な言動に少し面食らっているようだ。

信用しているらしい。


「なら良かった。暫く同じところをマッサージするから何かあれば教えてくれ」


「‥‥‥分かったよ」


俺は暫く腰から背中のマッサージする。


「‥‥‥‥ん‥‥‥はぁ、はぁ‥‥‥ふぅー‥‥‥はあ‥‥‥」


先程よりもはっきりと息が荒い。

勝負に出るか‥‥‥


「綾乃、身体を起こせるか?」


「‥‥‥ふぇっ‥‥‥?‥‥‥あっ、ああ。こうかい?」


綾乃が上半身を起こす。

風呂から上がってから時間は立っているはずだが、顔が上気している。


よし‥‥‥行けるか?


「もう少し、背中周りをしっかりとマッサージしたい。だから下着を取ってもらえるか?」


「‥‥‥‥‥分かった」


綾乃は驚くほどすんなりと頷く。

浴衣の中で器用に後ろ手に回し、ホックを外す。そのままスルスルと浴衣から黒い下着をを抜き出した。


‥‥‥俺が目の前にいることを忘れていないか?


「‥‥‥はい、これでいいかい?」


下着を布団の中にしまい込み、布団の上でうつ伏せになる。


「ありがとよ。じゃあ、再開するぞ」


俺は再び、マッサージを開始する。

腰、背中、肩。適度に繰り返した所で変化を入れる。


「‥‥‥んっ‥‥‥ぁっ‥‥‥ふぇっ!そこは!?」


「別に変なところは触っていないだろ?変な声出すな」


「あ、ああ。そうだな。悪いね‥‥‥」


俺は脇腹の方を指圧し始めた。


「ここは痛みを感じやすいから、軽くするぞ」


脇腹は少し圧しながら揉み込むようにする。外から内、上に下に。


「‥‥‥はぁっ‥‥はぁっ‥‥んんっ‥‥‥はぁ‥はぁ‥‥‥」


時折、ぐにぐにと背中を中心に円を描くように大きく圧する。上半身が大きく動く。


「ちょっと、前が‥‥‥」


綾乃は息も絶え絶え言った感じで呟く。


「ああ、やめようか?」


「いや、なんでもない‥‥‥良いんだ‥‥‥」


綾乃を心配するように声を掛けるが、構わないと返事があった。

なら‥‥‥


「もう少ししたら終わるからな?ラストスパートだ」


「••••••へっ?もう少しで?」


綾乃はそんな事を呟いていたが。あえて聞かなかったことにする。

俺は再び足のマッサージから腰に掛けて指圧を繰り返した。


「はぁっ、はぁっ、んっ‥‥ふぅっ‥‥はっ‥‥んっっ‥‥」


内腿や腰のあたりで声が上ずる様だ。


‥‥‥本当に感度の良い身体なんだな?普通はこうにはならんだろ?


予想以上の反応に少し戸惑う。最後に肩を軽く叩き、手を軽く揉み込んでマッサージを終えた。


「はい、終わりだ。俺の趣味に付き合ってくれてありがとうな」


俺は綾乃の肩を叩いて終わりを告げる。

実に良い反応を見ることが出来た。

さて、どうなるか‥‥‥


「‥‥‥終わり?‥‥‥後ろだけ‥‥‥?」


綾乃がよろよろと身体を起こし。細かく早い呼吸をしながら、熱に浮かされたように小さく呟く。


「ああ、終わりだ。素人のマッサージだからな、あまり続けるのも逆効果だろ?」


終わり、と聞いた綾乃は、胸の前で自身の腕を抱きしめながら、更にか細い声で言う。


「‥‥‥‥‥前は‥‥‥‥‥しないの?」


蕩けきった顔で、何かを期待するようにこちらを見る。


••••••ああ、これだ、この表情が見たかった。


「ああ、前はしない。随分遅い時間になったな。身体を休めたら寝るぞ」


俺はその顔を見て満足そうに、はっきりと答えた。


「‥‥‥‥‥‥いじわる」


「何の話だ?俺は趣味と実益を兼ねて真面目にマッサージ俺したに過ぎん。‥‥‥まあ、思うところはあるが綾乃には手は出さんよ。‥‥‥まだな」


含みを持たせて綾乃へ言い放つ。


「••••••いつなら、いいの?」


「前も言ったが、綾乃の両親に報告してからな。まだ、正式に挨拶すらしていないだろ?」


「‥‥‥‥‥なら、挨拶を終えたら、そうしてくれるんだね?」


以外な方向に話しが飛ぶ。

待て、少なくとも在学中は考えていな‥‥‥


「隼人、今度私の家に来い。••••••馴染みはあるだろ?あとは分かるな‥‥‥?」


「そりゃあ当然分かるけどよ、俺がしっかり就職してから‥‥‥」


「今まさに就職しているだろう?卒業後もそのまま私と一緒に探偵業を続けると良い。それに‥‥‥」


「それに••••••なんだよ?」


「今迄、私を辱めたことを、父や母に言うぞ?」


「はいっ!今度ご自宅に伺わせて頂きます。綾乃様!!」


それは駄目だろっ‥‥‥!

俺から綾乃の両親へきちんと言わないと礼を失する。


いや、そうしないと東京湾に浮かびそうだ‥‥‥


「決定だな‥‥‥よし、楽しみが1つ増えた」


「はあ、まったく力技で押し切るとは‥‥‥」


俺は諦め半分、来たるべき時がきたと納得する部分が半分あった。


そんな事を考えていたら、いきなり腕を掴まれた。


「••••••一体この手は何でしょうか?」


「••••••それとは別に、今の私を満足させたまえ」


「いや、手は出さんと言っただろ!?」


にやぁ、っといやらしい瞳で見つめる綾乃。


「出さなくても処理は出来るのさ‥‥‥」


「何をする気だ!?」


「私を不完全燃焼にして楽しもうとした罰だ。••••••隼人にも同じ気分になってもらわないと気が済まない」


こいつ、俺の狙いに気が付きやがったな‥‥‥!


「さあ、布団で眠ろうか。私はこのままでいいからな」


「っておい!これは着けてけよな!」


俺は布団にしまい込まれていた黒い下着を手に取り、綾乃へ突き出す。


「ああ?これは、こうだ」


「何やってんだお前ェ!?」


俺から下着を受け取った綾乃はそのまま、ぽーい、と部屋の隅へ放り投げる。

取りに行こうとする俺の手を全力で引っぱり、布団の中へ引き込む。


「なあに恥ずかしがることはないさ‥‥‥ただ、私の抱き枕として活用されれば良いのさ」


「活用ってなんだよっ!?」


「‥‥‥慰めるために?」


「何をだ!?」


「上手いことを言ったつもりかい?‥‥‥当然、私の不完全なこの気持ちを、さ」


「ばっ•••馬鹿っ!やめろぉーっ!!?」


室内の電気をリモコンで消した綾乃が布団の中で俺に抱きつく。

マッサージのせいではだけた浴衣の間から柔らかく、僅かに汗ばむ肌を感じる。


「おい、馬鹿!?あたってる!?」


膨らみが!突起が!弾力のあるものが!?


「••••••当てているんだよ?」


「あああ、もう!?」




一晩中、綾乃のおもちゃにされた。


眠ることが出来たのは日が上がった頃合いであった。





「はあ、すっきりしたー」


「1人で満足しやがって、この野郎!?」


自分で決めたとはいえ手が出せない生殺しの状況は、健康な青年である俺にはかなりこたえるものがありました。







「昨日はお楽しみでしたか?」


「ええ、まあ‥‥‥」


「楽しかったです!とても!」


ややげっそりした俺に、やたらと元気な綾乃。


そんな姿を見て紫野さんは何を想像したのでしょうか?


「当旅館をお気に召しましたら、またご利用して下さい。いつでもお待ちしております」


「はい、ありがとうございます」


綾乃は丁寧に挨拶を終えて‥‥‥


「次は更に大きくなった、座敷わらしに会えるのでしょうね」


「‥‥‥そうかも、しれませんね」


綾乃の言葉に対し、特に否定はしない紫野さん。


「••••••それとお隣のお部屋にいた女性にも伝えて頂けますか?••••••とても良い旅館でした、と」


「••••••ふふっ、わかりました。••••••またのご利用、お待ちしております」


綾乃と紫野さんの間で何か遣り取りがあったようだが、詳しい話はしなかった。


‥‥‥これはこのままで良いのだろう。



俺達は旅館を背に深々と挨拶をする紫野さんをあとにして、バス停に繋がる道を歩き始めた。







ガタンゴトン、と音と立てて揺れる車内。


俺は先程の遣り取りについて尋ねてみた。


「座敷わらしは元々集客の為に始めたんだろうね」


「じゃあ、俺達が見たのは‥‥‥」


「ああ、あれはおそらく紫野さんの娘さんだろうね」


「娘さんって、何で分かるんだよ」


「談話室にあった雑誌に写っていただろ?昔の女将さんの横に。大体4〜5歳くらいだったかな?あの雑誌は5年前のものだったから。今は9〜10歳くらいだろうね」


「ならどうやって‥‥‥」


「ああ、最初から仕込んでいたのさ。あの部屋も、隣の部屋もね」


「仕込み?」


「ざっと言うとね、初日に紫野さんが布団を持ってきただろ?••••••結構な量と重さだったな?あの布団の中に娘を入れて寝室に運ぶ。そして押入れかどこかに待機させる。••••••持ってきた布団の中に新しいシーツかカバーを入れていたんだろうね。元々用意していた布団が汚れていたら上だけ交換すると良いだろう。まあ、あのときは布団に触ってすらいなかったから、持ってきたものをそのまま古いものとして持ち帰ればいい」


「その後、私達に露天風呂に行くように誘導していただろ?今ならいい湯が入れると。旅館に着いた当初からずっと露天風呂を推されていた。••••••大抵の宿泊客なら入るだろうさ」


まあ、入らなくても何かしら理由をつけて私達を誘導したんだろうけど。と補足する。


「あとは娘さんが室内から広縁経由で外に出て、隣の部屋に入る。••••••隣の部屋のお客さんの顔は見たかい?」


「ああ、少しだけだが。たしか、優しそうな年配の女性だったな‥‥‥あっ」


「やっと気がついたかい?そうだよ、雑誌に写っていた先代の女将だよ。元々、仕込み要因のため、顔は出さないつもりだったんだろうが‥‥‥」


「話を戻そう。そして私達が眠った頃合いを見て隣の部屋から私達の部屋の広縁に侵入。••••••多分起きたらいいな、くらいの気持ちで娘さんが室内を歩き回ったんだろうね。••••••見つからないことが大前提だから」


まあ、私がぐずぐずしていたから対応が遅れてしまったのだが‥‥‥と自嘲する綾乃。

まあ、被害は何も無かったんだからいいだろうに。


「そして素早く広縁から外に出て、隣の部屋に戻る。••••••ただ、ここでも1つひねりを入れていたんだろうね。もしも室内を調べられたら娘さんが見つかってしまう。••••••なら、室内から逃した方がいいだろうね」


「紫野さんは私の提案を受け入れた時、特に拒否もしなかったがすぐには室内に入れなかったろう?隣の客に説明をする振りまでして」


「丁度私達の部屋は奥にあった。そして扉は右側に開閉するタイプさ。そうなるとね、私達が部屋の外に出て、女将さんたちの遣り取りを見るだけでは扉が死角になってしまうんだ」


••••••確かに、外に出た俺達は紫野さんと隣の宿泊客の遣り取りは見ていたが、宿泊客の姿は扉で隠れていたな。


「そうなるとその死角を利用して娘さんを別の場所へと移動させたんだろうね。扉と紫野さんの身体で十分に目隠しは出来るから」


「その後に隣の部屋に入ったときにはもぬけの殻だったけど、和室に土が落ちていたのに気が付かなかったかい?」


あの、指で取っていたやつか。


「うん。あれは娘さんが外から室内へ入る際に落とし切れなかったものだろうね。隣の部屋にあった土は、私達の部屋の近くのものとそっくりだった。庭に出た時見ただろ?」


「ああ、確かに見たよ」


「旅館の部屋は基本的に掃除は入るんだろうけど、あの部屋には掃除が入っていなかった。••••••そもそもあそこにいた宿泊客をあのタイミング以外で見かけたかい?見ていないだろ?旅館内でも、食堂でも、風呂場でも」


「だから、あの宿泊客はあの部屋に閉じこもっているかあの時だけあそこにいたかのどちらかだろうね。••••••まあ、共犯者は先代の女将さんなんだから別にどちらでもいいんだけど」


「一応あの後、談話室で人の出入りを見ていたけど先代の女将さんは見かけなかったし、ドアノブを上に置いた小石も落ちていなかった。だから後者だと思うよ。••••••ただ、最初だけ人がいるように印象付けるために、私達が来る前に待機はしていたんだろうさ」


••••••確かに最初は人気があったな。

それと、騒ぎが起きた翌日に談話室やドアの前でしていた綾乃の行動はそのためか。


「覚えているかどうかわからないけど、騒ぎがあった時に女将さんは最初に広縁に向かったよね。あれは娘さんの痕跡がないか確かめる意味合いと、鍵が閉まっていたと錯覚させるための行動だと思う」


あのあと、見回りとこじつけて外からも痕跡がないか確認したのさ、と続ける。


「わざとかどうかしれないけど、雑誌のバックナンバーがあって良かった。そのおかげで私は座敷わらしの存在を誤魔化すことが出来たんだからね」


雑誌様々《さまさま》だよ、と話す綾乃。


「まあ、今の話でだいたい分かったが。結局は憶測だろ?それに結構無理を通しているように思えるが••••••」


「憶測だし、少しでも条件が変われば不可能な事だろうね。••••••まあ、最後の紫野さんの反応を見たらあながち間違いじゃないと確信したけど」


綾乃はしれっと言い切る。


「そもそも私達は慰安の為に温泉旅館に行ったんだ。••••••別に正解を出す必要もないんだよ」


依頼じゃないしね。と。


それもそうだな‥‥‥


「まあ、少しだけ頭の体操ができたと考えればいいさ。偶にはこういうのもいいだろ?」


「確かにな。イベントとしては丁度いい、ほのぼの加減だ」


うんうんと頷く綾乃。


「座敷わらしの逸話はこれからも続く、‥‥‥まあいつまでかはわからないけど。••••••それでも代替わりしたらまた再開するのかな?それであの旅館が盛り上がるのならいいことじゃないか」


まあ、やっていることは不法侵入に近いけれども、と付け加える綾乃。


宿泊客を見てから計画している部分もあるんだろうな。向こうもプロだ。一目見てどんな客かは分かるんだろう。


「そうだな。総合的にはいい旅館だった。••••••できればまたあの旅館に行って座敷わらしに会いたいもんだ」


そう結論付ける俺に対し、綾乃は不思議そうな表情で質問する。


「そういえば、私と同じタイミングで起きていたね。隼人座敷わらしを見たときはどう思ったんだ?」


綾乃に言われてその時の事を思い出す。あれはびっくりしたな。


「ああ、ふすま近くにいたからびっくりしたさ。••••••まあ、その後、パニックになっていた綾乃に気がついてからは気にする余裕はなくなったけどな」


「••••••ふすまの近く?‥‥‥••••••隼人。確認したいことがある。それはふすまの先か後か、どっちだ?」


••••••?

不思議なことを聞くなあ。確かあれは‥‥‥


「何って部屋の中だろ?‥‥‥あの白い服を着た‥‥‥あ」


ぼんやりとだが、俺はふすまの近くで白い子どもを見た。


「着物、じゃない?」


だけど綾乃は着物を見たと言った。


それに綾乃が見たものが娘さんなら、見つからないように注意しているのに、加えて寝室に入る余裕はないだろう。


ならば、俺が見たものは‥‥‥


「あー‥‥‥その、なんだ‥‥‥」


「‥‥‥着物だよな?‥‥‥なっ?」


縋りつくような雰囲気で俺の答えを待つ綾乃。


「あー‥‥‥思い出した。白い服を着た子どもだった。ぼんやりとしていたから断言は出来んが‥‥‥」


「‥‥‥‥‥‥‥‥」


「ごめんって綾乃!?痛い痛い、叩くな蹴るな抱きつくなあっ!!」


綾乃は泣きそうな顔で俺の肩をぽかぽか叩いたり、足をがしがし蹴る。

しまいには俺の肩に抱きついて動かなくなってしまった。


「おばけ‥‥‥こわいよぉ‥‥‥もういやあ‥‥‥」


子どものようにめそめそと泣き始めた綾乃を宥めつつ、電車に揺られながら事務所への帰路へ着いた。





おわり?


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