9 告白
従業員宿舎、リビング。
1階建ての平屋に、一同は避難していた。
それぞれがバラバラに座りながらも、皆が皆、水滴が伝う窓からペンションの様子を眺めていた。
棚には詩集が並んでおり、そのすぐそばには1号室の女性の荷物が置いてあった。結局、あの火事から持ち出せたのは、これくらいだった。
あかりはスズメと並んで、窓際の足立の近くに座っていた。
他にも、傍には真美がいた。1号室の女性は、みんなよりは少し離れたところの荷物の近くに座っていた。
「山に燃え広がらなくて良かったですね。……良くはないか。ごめんなさい」
あかりは和ませようとなんとか言葉を紡いでみた。が、しかし、返って空回ってしまう。
すると、廊下から戻ってきた石丸が、
「消防車は、30分はかかるそうで」
と、全体に共有した。
「……消防。きっと、警察も来ますよね」
そんな足立の言葉に、石丸は「ああ、たぶん」と答えながら再びどこかへ電話をかけ始めた。
残された足立の沈んだ様子に気がつくと、あかりは、
「足立さん、落ち込まないでください。あれは仕方なかったです。もし行ってたら、足立さんまで……」
と、その心情を察してか、フォローを入れる。
しかし、足立は一向に暗い顔のままで、ぐっと手を握りそれから目を瞑ると、覚悟を決めたように息を吸い込んだ。
「足立さん?」
「……仕方なく、なかった」
「え?」
「飛び込むべきだった。助からなかったとしても。私が生きてるくらいなら……」
「足立さん、部屋で休んだ方が……」
足立の自分を責めすぎているような言葉の羅列に、あかりは違和感を覚える。
「あの……」
しかし、あかりがさらに足立に話しかけようとした時、
「……ったく、出やしねえ。なあ、昨日から島に連絡つかないんだけど、足立さんからもかけてやって……」
と、電話を切って島が会話に戻ってくる。
それが、最後の一押しだった。
「……島さんは、もう死んでます。私が、殺したんです」
島の言葉は、知らずの内に足立のカミングアウトの場を整えてしまった。
「足立さん……?」
あかりの言葉をきっかけに、全員の視線が足立に集まる。そうなってしまえば、足立は止まらなかった。
「昨日の朝、みなさんと出会う前、殺してしまったんです。島さんと揉めて。その最中に、怒りに任せて強くドアを閉めたら、それが私を追いかけてきていた島さんとぶつかって。……ドアを開けると、島さんは私に向かってうつ伏せで倒れていました」
「……嘘。足立さん、気が動転して」
あかりの怯え混じりの否定を、さらに真美が、
「……本当よ」
と、否定する。
「え?」
「私、脅されてたもの」
真美がそう答えると、あかりは足立と目が合う。と、足立は、
「警察が来れば、全て分かります」
と、頷いた。
「本当に、言ってるんですか?」
あかりは立ち上がって、足立から少し離れる。その態度を、足立は責めなかった。
「ええ。元々、皆さんがこのペンションからいなくなる、3日後に自首するつもりでした」
足立の告白に、スズメが、
「それが本当だとして、どうして今?」
と、聞いた。
「……昨日は、本当に幸せな時間でした。みんなが、私の料理を口にしてくれて、美味しいと言ってくれて。憧れのフレンチシェフの夢を、見ていられた。――――と、同時に罪悪感が胸に募るようになったんです」
足立は赤裸々に吐露する。それが、皆を騙してきた足立に出来る唯一のことだった。
「これ以上、皆さんに不誠実でいたくなかった。私の料理を、美味しいと言ってくれた人たちに。……警察が来て、後で全て明らかになる。そんなの、嫌だったんです。嫌だと思うようになっていったんです」
「でも、美味しいと言われただけで?」
スズメの疑問に、足立は首を横に振る。
「私にとっては、すごく大きなことだったんです。だって、初めてだったんです。お客様に、自分の料理を美味しいと言ってもらったのは。それも、夢だったフレンチで。言葉にできないほど嬉しかった。自分に、自分の料理に、初めて価値がついた気がした」
そう語る姿を見ると、真美は足立から顔を逸らす。昨日の足立の嬉しそうな顔が、真美の頭に過ったからだった。
「終わりなんて、本当は来てほしくなかった」
すると、足立はおもむろに立ち上がって、全員に向かって頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。みなさんを、騙していて」
それから、足立はペンションを見ると、
「レストランのバックヤード。そのロッカーに、島さんはいます」
と、言った。
あかりは何も言えずに、座り込む。すると、しんとした部屋に、石丸の半笑いが響く。
「マジか……。マジで死んだのか……。島……」
石丸は髪を掻き上げて、頭を押さえた。
そんな火事でペンションが燃えた時よりも、さらに重苦しくなった空気の中、足立は真美に、
「西尾さん、何か縛れるものを持ってきていただけますか?」
と、お願いする。
「え?」
初めはそれがどういうことか分からなかったが、
「警察が来るまで、私を縛ってどこかに閉じ込めておいてください」
という足立の言葉を聞くと、
「……ええ。そうね」
と、足立の想いに気がつき、真美は頷いた。
▼ ▼ ▼ ▼
従業員宿舎、リビング。
足立の殺人の告白からしばらく時間が経って、足立は真美にガムテープで腕を縛られていた。
部屋には、ガムテープの音が響く。
そして、縛り終えると、真美は足立を別室に閉じ込めるために、足立を連れてリビングを出ようとした。――――その時だった。
真美が、ドアを開ける。と、足立が内開きのドアの関係で数歩後ろに下がった。
すると、その様子を見ていたあかりがポツリと呟いた。
「……待ってください」
隣にいたスズメが、
「あかりちゃん?」
と、異変に気がついて名前を呼ぶ。しかし、あかりはそれを気にせず、
「足立さん、島さんが亡くなった時、どんな状況だったって言ってましたか?」
と、足立に聞いた。
「え……。いや、だから、ドアを閉める勢いで……」
「その後です」
「ドアを閉めて、もう1度開けたら、島さんが倒れてたんだよ」
「姿勢は?」
「うつ伏せで」
「……なら、足立さんは犯人じゃないかもしれないです」
「え……?」
その言葉に、リビングには別の緊張感が走った。
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