7 肝試し……?
レストラン、バックヤード。
足立はシェフ姿から私服に着替え終わると、時計を見る。時刻は、夜の11時だった。
そこへ、制服姿の真美も帰ってくる。
「クロスの設置と掃除終わったわよ」
足立は、それに「お疲れ様です」と返すと、続けて、
「……あ、そうだ。野菜類はまだあるんですけど、魚類は朝、買いに行かないとダメそうで。どこか贔屓にしていたお店とか、知ってます?」
と、尋ねた。2人は、もうすっかりシェフと従業員の関係だった。
「一応、麓の町で朝市が。和樹さんは、よくそこに」
「じゃあ、明日、見に行ってみます」
足立はそう言うと、バックヤードから出ようとする。――――が、その時だった。ドアの前で、足立は足を止める。そして、
「……ずっと続けばいいのに」
と、呟いた。
電灯が、点滅する。部屋の空気が、止まった。
「……なら、いっそ全部燃やしてみる? 和樹さんの不始末ってことにして、全部。そうすれば、死体だって消えちゃうわ」
しかし、足立は首を横に振る。すると、真美は、
「そうよね。短い時間しか過ごしてないけど、そういう人だと思うわ。あなた」
と、足立を真っ直ぐに見つめた。
「ここに来る前は、死ぬ気でしたから。最後に、こんな思いができただけで私には十分です。それに……」
「それに?」
「自分を誤解してしまいそうです。私は、本当にここのシェフで、人殺しなんかしない、善人なんだって」
足立の目が真美と合う。と、再び、電灯が点滅した。
「……電気、変えなくっちゃね」
真美の言葉に、足立が、
「後で、やっておきますよ」
と返すが、真美は首を横に振って断る。
「疲れてるでしょ? 私、着替えなくちゃだし、ついでにやっておくわ。在庫の場所も分かるし」
「……すみません。じゃあ、お願いします」
「お疲れ様」
部屋から出て行く足立を見送る。その背中は、どこか寂しそうだった。
▼ ▼ ▼ ▼
足立はバックヤードを出ると、玄関にやって来る。
と、そこで何か話をしている、あかりとスズメに合流した。
「だから、ついてきてって!」
珍しく、あかりが駄々をこねている。すると、スズメはあかりを揶揄うように、
「えー? どうしよっかなぁ……」
と言った。
「スズメが遊びに来いって言ったんじゃん! 私は、従業員宿舎に戻って寝なきゃいけないんだって!」
「言ってないよ! あかりちゃんが遊びに来るって言ったんだよ」
「それは、スズメが従業員宿舎に来るとか言うから、それなら代わりにって意味で……」
そこへ、足立が、
「どうしたの?」
と、割って入る。
「あ、シェフさん!」
スズメがそれに気がつくと、あかりは足立に、
「足立さん。あ、その、今から宿舎の方に戻られますか?」
と、尋ねた。
「ああ、うん。そのつもりだけど」
「なら、ご一緒しても?」
「え、構わないけど……」
「良かった!」
「……えっと、じゃあ、行く?」
足立はその要求に戸惑いながらも、従業員宿舎に向かって移動し始める。すると、スズメが、
「なら、私もついてこー」
と言って、あかりの前を横切り、足立の後ろ続いた。
「あ、ちょっと! さっきまで、渋ってたくせに!」
あかりも遅れてその後に続く。
そうして、3人はペンションを出ると、離れにある従業員宿舎への道を歩き出した。
ペンションを出ると、目の前は真っ暗でかろうじて数センチ先の雪が見える程度だった。
「今、何か揺れましたよね!?」
道中、あかりはどこか怯えた様子だった。あかりが、スズメの後ろに隠れる。と、あかりの言葉を足立は、
「いやあ? 風じゃない?」
と、冷静に分析するが、一方でスズメは脅かすように、
「でも、誰かの声みたいにも……」
と、言った。
「ちょっと!」
あかりがスズメの肩を叩くと、足立も、
「……言われると、怖くなってきたな」
と、不安になってくる。
風がびゅうびゅうと吹く。と、その風切り音の中に――――どこからか、歌のようなものが聞こえてくる。
「な、な、なんか、変な歌! 誰!?」
あかりが叫ぶ。と、スズメは、
「まっさか~。そんなわけ……」
と、否定する。そして、足立も便乗して、
「それも、風……」
と、指摘しようとしたが、しかし、風が止んでもそれは止まらず、
「……いや、確かに歌だ」
と、確信を持つのだった。
▼ ▼ ▼ ▼
それから、足立たち3人は歌の聞こえる場所へやってくる。
「この辺り、だね」
足立がそう言うと、歌声はさらに大きくなり、あかりが大げさに驚く。そして、あかりは盾代わりにしているスズメの背中をグイグイと押した。
「怖いなら、近づかなきいいのに」
スズメが呆れたように言うと、
「これは放置してた方が、気になって眠れない!」
と、足を震わせながらあかりが返す。
そうして3人がペンションの壁を横に、曲がり角に差し掛かった時だった。
そこで、ぴたりと歌声が止む。
「この先だ」
足立が確信を持って言うと、あかりも頷く。そして、足立の「せーの!」という合図で、3人は一斉に壁の向こうを覗いた。
しかし、覗いた先は暗く、ペンションに備え付けられた茂み以外は何も見えなかった。
ペンションも、1階は壁で、2階は客室の窓が並んでいるだけ。カーテンは、全て閉まっていた。
「どう!? どう!?」
目を瞑っているあかりが聞く。すると、スズメが、
「……何も、いない?」
と、答え、足立が不思議そうにしながらそ「だね」と同意した。――――しかし、その時だった。
「――――だぁああああああっ!」
と、ペンションの茂みから、勢いよく影が起き上がって来る。
「うわあっ!?」
足立とあかりはその声に、情けなく驚く。一方でスズメは同じ「うわあっ!?」でもどこかコミカルで、2人ほど驚いてはいなかった。
あかりは足立を盾にし、
「出た! 出た!」
と、怯える。そして、足立も大人げなく、
「ふ、不審者! ふしっ……!」
と、よろけ、腰を抜かしそうになった。が、そんな状況も、
「……って、石丸さん?」
と、影をじっと観察していたスズメの一言で一変する。
「え!?」
と、足立が驚いて二度見をすると、視線の先で、
「んーっ? おおっ、小鳥遊ちゃん!」
と、ヘロヘロの腕を上げて影が立ち上がった。それは確かにスズメの言葉通り、受付の石丸だった。ただし、
「臭っ! 酒臭っ!」
と、近づいた足立が鼻をつまむほど酩酊状態でもあった。
「へっへっへっ、流石に飲み過ぎたかぁ?」
そう言って、石丸はくしゃみする。と、勢いで茂みに倒れ込んだ。
「いやいやいや、飲み過ぎって!? 冬に、外で寝てたら凍死しますよ!」
足立は石丸に肩を貸しながら、そう警告する。と、助けた足立のシャツの肩には、赤い跡がついた。
「うわぁ、指先が真っ赤じゃないですか! どこか怪我でも……」
足立の言葉に、石丸は「大丈夫、大丈夫」と繰り返すが、次の瞬間、
「いてててっ!」
と、足を押さえた。
「ほらぁ、凍傷でもしかけてるんじゃないですか」
足立は石丸が倒れないようがっちりと支えると、
「従業員宿舎に運ぼう」
と、あかりたちに声をかけ、一先ず移動しようとした。――――が、あかりはへたり込んだままで、
「すみません。腰抜けちゃいました」
と、言った。
「……え」
足立が困惑して立ち止まる。と、スズメが、
「じゃあ……」
と言って、自分の肩を叩いた。
あかりは、素直にスズメの肩を借りて立つ。すると、その帰り道、
「あ。ってか、そんなに怖いなら、私と寝ればいいじゃん!」
と、スズメが提案した。
「いや、流石にそれは。一応、私、従業員だし……」
あかりが断ろうとすると、スズメは足立に、
「どうなんですか?」
と、尋ねる。……まあ、その人も本当は従業員ではないのだけれど。
「……いいんじゃない? 今日くらい。ね、石丸さん」
「うん? うん……」
足立の問いに、酩酊状態の石丸は訳も分からずそう漏らす。
しかし、「うん」は「うん」、承諾は承諾。スズメは喜んで、
「だってさ!」
と、あかりに言うと、
「……なら。今日は、スズメのところで寝ることにします」
と、あかりも諦めて足立にそう告げた。
「なら、どうせなら従業員宿舎に寝巻き取り行こうか」
足立の提案に、2人は頷いた。
▼ ▼ ▼ ▼
「まさか、石丸さんの部屋に鍵がかかっているせいで、往復させられるとは……」
ペンション、入り口。
扉が開くと、足立が愚痴をこぼしながら入ってくる。
後ろに続くあかりは、寝間着を胸に抱えていた。
スズメとあかりが階段の前に立つと、足立は石丸を担いだまま、
「それじゃあ、おやすみなさい」
と、挨拶をする。
あかりたちも「おやすみなさい」を返すと、その場は解散となり、足立は受付の休憩室に石丸と共に消えていった。
いざ2人で寝てみると、3号室は少し狭かった。
あかりとスズメは、横並びで布団に寝ながら天井を見上げていた。
「予備の布団あって、良かったねー……」
眠気を感じさせるとろんとした声で、スズメが言った。
「一応このペンション、1部屋に2人まで泊まれるから」
「おぉ……。もう、すっかりスタッフだねぇ」
「揶揄うな」
「……どう? 仕事は楽しい?」
「まだ、なんとも。でも、足立さんも西尾さんも良い人そう」
「冬休みが明けたら、2人で免許取りに行こうね。で、夏は海に行って、秋は京都に行って……」
しかし、そう語るうちに寝てしまう、スズメ。その顔を覗き込むと、あかりは、
「え? 嘘でしょ、寝たの?」
と、驚く。それから顔の前で手を振ってみても反応はなかった。
あかりはスズメが本当に寝たことを理解して布団に戻り、再び天井を見上げる。
「……免許か」
そして、スズメの語った計画を思い出すとくすりと笑って、目を閉じるのだった。
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