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【完結済み】クローシュ - 殺人シェフの成り代わり大作戦 -(全15話)   作者: 誰時 じゃむ


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6/15

6 それぞれの時間


挿絵(By みてみん)


 山、ペンションから少し離れた湖。


 氷の湖の上には、椅子に座ってワカサギ釣りをしているスズメがいた。


 のんびりとした時間の中で、うつらうつらとするスズメ。――――その時、鳥の鳴き声が聞こえる。と、スズメは顔をバッと起こして、鳴き声のほうを見た。


 それは、胸にネクタイのような黒い模様の入った鳥だった。木に留まり、身体の汚れを起こしているのか、首をぶるるっと振ってみせた。


「かわいい~!」


 スズメはその姿に癒されてほっこりとする。――――しかし、それも束の間、鳥は森のほうに飛び立ってしまう。


 すると、スズメは急いで椅子とリールをバッグにしまい、鳥を追いかけて森に入った。


 鳥を追いかけて森を駆ける、スズメ。

 冬の森は、葉が身を白くメイクアップしたようにまた別の姿を覗かせていて綺麗だった。


 鳥は、1度は見失いかけたものの、また木で休んでいるところを見つけると、スズメは飛ぶ鳥の速度に合わせて走り出した。


 しかし、上ばかり見ていては、出っ張っている木の根に気づけないのは明白だった。


 スズメは直後、木の根に足を引っ掛け、木の幹に頭を打つけ、大の字で後ろに転んだ。さらにそこへ、遅れて木の棒が顔に降ってきた。


「わっぷ!」


 それを「痛ってて~」と言いながら退かす。――――と、今度は雪の山が降ってきて、


「わわわっ!!!」


 と、スズメはそれに埋もれてしまった。



   ▼ ▼ ▼ ▼



 レストラン、バックヤード。


 足立は机の上で何かを書き、真美は退屈そうに雑誌を読んでいた。


「いやあ、案外暇なもんですね」


 書き物が一段落ついたのか、足立が背伸びをしてそう言った。


「みんな出払ってるもの」


 真美がそっけなく答えると、


「いつもは何してたんですか?」


 と、足立が何気なく聞いた。


「何って……」


 真美は言い淀んで、島のロッカーを見る。足立も追いかけるようにそれを見ると、そこでようやく気がついた。


「……ああ」


 そうか、不倫だ。この空き時間に、不倫していたのだ。


「あんたは?」


 何かを察したその横顔に、今度は真美が聞いた。


「あ、レシピのメモを。思いついたことを、とりあえず」


「料理、好きなのね」


「それ以上に、嬉しかったんです。誰かに褒めてもらえたのが。それもフレンチで」


 足立の出会った頃とは違うすっかり明るく柔らかくなった表情を見て、真美は興味なさげに雑誌に視線を戻すと、


「明後日、自首する人とは思えないわね」


 と、腐すように呟いた。


「あ……」


 足立が、思い出したようにそう漏らす。


 バックヤードの蛍光灯が、パチパチッと音を立てて明滅した。



   ▼ ▼ ▼ ▼



 一方、ペンションの中は大忙しだった。


 廊下を小気味いい足音が駆けていく。

 風呂場の暖簾をくぐり、現れたのはあかりだった。


「えっほ、えっほ」


 タオル類の入った大きなカゴを抱えたあかりは、そのままレストランへと進んでいく。と、最後にはペンションを飛び出て従業員宿舎に備え付けられた洗濯機に衣類を放り込み、洗濯開始のボタンを押した。


「よし、次!」


 そう言って、次に向かったのはペンションの風呂場だった。


 シャワーが、2、3個備え付けられているだけの小さな銭湯。その床にこびりついた汚れやカビを、デッキブラシで何度も擦って引き剥がす。


 しかし、汚れも汚れでなかなか強情。細かいところの気になるあかりは、


「落ちないな……」


 と、何度も床と睨めっこしていた。



   ▼ ▼ ▼ ▼



 またまた戻って、レストラン、バックヤード。


 せわしなく動き回るあかりとは違い、相も変わらずのんびりとした時間がそこには流れていた。


 暇な時間というのは、刺激的な人間といればそれだけで刺激的なものになるが、いっぽうで退屈な人間といる限りはとことん退屈だった。


 真美は、雑誌を読み終えて顔を上げる。


 すると、足立がじっと島のロッカーを見つめているのが、目に入った。


「……消えてたりしませんかね」


 足立の言葉に、真美は同じようにロッカーを見ながら、


「……しないでしょ」


 と、答える。


 無言の2人。

 沈黙が、部屋に満ちる。じっとロッカーを見つめていると、本当にそこにいるのか分からなくなってきて一種の緊張感が生まれ始めた。


 その時、足立はおもむろに椅子から立ち上がると、島のロッカーの前に立つ。そして、ノブに手をかけた。


 一呼吸置いて、ロッカーを開く。――――と、直後、すぐさまそれを閉じた。


「入ってました……」


 ロッカーの中には、すっかり物となってしまった島が直立不動で立っていた。



   ▼ ▼ ▼ ▼


  

 それからしばらくすると、冬だからか、あるいは伝統もない山の中だからか、ペンションはすっかり宵の闇に包まれた。


 そんな入り口の外。

 ペンション前を、あかりは上着を着て掃き掃除していた。


 ふと手を止めて、ホウキを杖代わりにして顎を置き、あかりは辺りを見回す。  


「……それにしても、真っ暗」


 底冷えするような風が、あかりの身体を通り抜けていく。

 その時――――カンッ、カカンッ、カンッ……――――と、どこかで缶のような軽い金属が転がる音がした。


 あかりは驚きで肩をすくませ、それから音のしたほうを見る。と、さらに風はいたずらに木々を揺らし、森は一体となって影を躍らせ、あかりを不安にさせた。


 見知らぬ場所に、独りぼっち。どんどん怖くなってくるあかりは、


「……大丈夫、大丈夫」


 と、自分に言い聞かせる。


 すると、あかりの近くの茂みがガサガサと揺れた。


 あかりが、びっくりして振り向く。と、茂みの音はどんどんと大きくなって近づいてくる。


 あかりはゆっくり後退りしながら、震える手でホウキを構える。――――そして、茂みが一際大きく動き、そこから影が飛び出してきた時、


「やあっ――――」


 と、あかりは目を瞑り、その影に向かってホウキを振り下ろした。


 ホウキが何が、大きな力によって受け止められる。と、遅れて、


「――――あかりちゃん!」


 と、聞き馴染みのある声が聞こえてきた。


 あかりは薄目でそれを覗く。と、そこにいたのは、ホウキの柄を真剣白刃取りしているスズメだった。


「スズメ!?」


「良かったぁ! 帰って来られた!」


 スズメはそう言うと、茂みの中からワカサギ釣り道具とともに出てくる。


「あんた、何して……」


「いやあ、鳥を追いかけてたら迷い込んじゃって……」


 安心しきったその顔に、あかりは呆れた目を向ける。

 と、さらにそこに銀のバンが帰って来た。あかりが初めてこのペンションに来た時に駐車場に止まっていた車だった。


「あ」


 あかりがそう溢すと、バンから石丸が降りてくる。


 石丸はこちらに気がつくなり、


「ああ、日野川さん、お疲れ様!」


 と、駆け寄ってきた。


「お帰りなさい。洗濯とお風呂の掃除、終わってます」 


「本当!? いやぁ、助かるよ! じゃ、今日はもう業務はいいから。後はゆっくり休んで! えーっと、小鳥遊さんも」


 石丸は労いの言葉をかけると、ひょいっとあかりからホウキを取り上げる。


「え、あ、はい」


 あかりが困惑する中、石丸は、


「寒かったでしょう。さ、中へ」


 と、2人を案内するように先を歩いて、


「お腹減ったー」


 と、スズメが呑気にそれに続くと、3人はペンションの中へ移動していった。


「そういえば今日、すごく可愛い鳥見たんですよ。ちっちゃくて白くて……」


「もしかして、シジュウカラ?」


 レストランに向かいながら話をするスズメに、石丸が口を挟む。


「シジュウカラ?」


「ちっこくて、体の真ん中にネクタイみたいに黒い線が入った」


「あ、それです!」


「うちの周りにもたまに来るんだ。餌やってるから。明日あげてみるかい?」


「いいんですか!?」


 スズメは、警戒心がないというか裏表がないというか、ともかく人と打ち解けるのが早かった。

 一方で、あかりは打ち解けるまでには時間がややかかるほうだったので、こういう時はスズメが話を振ってくれない限り話を聞いているだけだった。


 だから、今回もただ黙って2人の話を聞いていた。――――が、そこであかりは、


「あ」


 と、忘れ物をしたのを思い出した。そして、2人はすっかり話に夢中だったようなので、何も告げずに廊下を戻った。


 案の定、その行動に石丸とスズメは気がつかなかった。


 ペンションの入り口に戻り、ドアを開けて外に出る。と、あかりは、


「あった!」


 と、辺りを探してちりとりを見つけた。掃除の際に使っていたものだった。


 あかりは吹き飛ばされていなくて良かったと一安心して、それをペンションの裏のロッカーにしまう。


 そうして、スズメたちに合流しようと入り口に戻った時だった。


「あ……。朝の……」


 ドアの前で、朝すれ違った1号室の女性と鉢合わせた。


「お帰りなさい」


 あかりが頭を下げると、女性も、


「こんばんは」


 と、挨拶をする。そして、女性は続けざま、


「あの、これ、落ちてたんですけど」


 と、車の鍵をあかりに差し出した。


「たぶん、この宿の人のだと思うから、後で落としてないか聞いてみてください」


 あかりはそれを受け取ると、


「あ、はい。ありがとうございます。確認しておきます」


 と、答えた。


 そして、そこでふと気がつく。


 あかりは辺りをキョロキョロと周りを見回す。が、そこには、止まっている銀のバン以外には車も人もなく、真っ暗だった。


「あれ? そういえば、どうやってここまで……」


「タクシー、近くで降ろしてもらったんです。星を見て歩きたかったから」


 女性がそう言って空を見上げると、あかりもつられて空を見上げる。そこには、都会では見られない一瞬で記憶を染め上げてしまうほど綺麗な満天の星が広がっていた。


「わぁ……」


 その星空を映したようなキラキラとしたあかりの瞳を見ると、いすずはくすっと笑ってから、


「それじゃあ」


 と、ペンションに入っていった。


 あかりはその背中に慌てて頭を下げると、その背を見送りながら、


「綺麗な人……」

  

 と、思わず呟いた。



   ▼ ▼ ▼ ▼



 レストラン、ホール。

 1号室の女性が、テーブルに座っている。と、そこへ、真美が料理を運んでくる。


「サーモンのパイ包みです」


 真美は一礼すると、その場から立ち去る。一口、それを口に運ぶ姿は外の星空も相まって、まるで絵画のようだった。


 一方、その奥の端っこ。


 テーブルを挟んで、あかりとスズメが座っていた。

 あかりはすでに従業員用のエプロンから私服に変わっており、スズメも外出用のいかつい上着なんかは脱いで冬の装いになっていた。


 と、そこへ、足立が料理を運んできた。


「お待たせしました。サーモンのパイ包みです」


 スズメはそれを見るなり、


「わぁ、いただきます!」


 と言って、パイを食べ始めた。が、対照的に、あかりは申し訳なさそうに、


「……あの、すみません。私まで」


 と、身を縮こませていた。


「いやいや、初日は頑張ってくれたみたいだし、賄いだと思って。それに無駄になっちゃうし」


「無駄?」


「……あ。ほ、ほら、3日後に一度閉めるんだよ。このペンション。だから、食材は一度、全部使い切っちゃおうって」


「ああ」


「だから、遠慮せず食べちゃって」


 すると、その傍らでスズメが、


「美味しい!」


 と、言った。あかりはそれを聞くと、1号室の女性のほうを見て、


「……スズメ、声抑えて」


 と、注意した。


「あ、ごめんごめん。でも本当に美味しいよ。あかりちゃんも食べてみて」


 あかりは「もう」と不満を溢しながらも、促されてパイを一口食べる。すると、それを食べた途端、表情が一変した。


「……美味しい!」


 その言葉に足立は笑顔になると、


「ありがとうございます。じゃ、あとはごゆっくり」


 と、立ち去る。――――その帰り際のことだった。


 入り口に、賢一の姿が見えた。


 賢一は足立と目が合うと、軽く頭を下げる。と、足立もそれに応えて、軽く頭下げた。


 ここまで読んでいただき、ありがとうございました!


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