4 キレる頭
レストラン、ホール。
窓際の席。
そこには、コップに入った水を飲み、乱雑にチョコを口に運ぶ賢一がいた。すると、そこへ真美がやって来て、賢一の前に座る。
真美は目を合わせず、賢一に対してどこか怯えた様子だった。
「シェフと連絡がついたのか?」
賢一が聞く。それに対し真美は、
「……別に。ここで待っていろと言われただけです」
と、不愛想に答えた。
賢一が、厨房を見る。と、そこには、料理を始める足立しかいなかった。
「前のシェフはどうした」
「……あの人は、ここにはいません。分かったら、帰ってください。お互い仕事もあるのに、わざわざ1泊してまで」
「俺の勝手だろう」
「それでも乗り込むなんて。大人のやることですか」
賢一は、真美を睨む。しかし、真美は相変わらず目を逸らしたままだった。
続けて、賢一が何かを言おうとしたその時、賢一の胸ポケットが震える。電話だ。すると、賢一は立ち上がってテーブルから離れ、それに出た。
「……ああ、ああ。わかった。じゃあ、すぐに先方に売買契約の日を決めさせろ。あと、事業計画の会議をするから……。……そうだな、14時。最優先で、メンツ集めといてくれ。俺もすぐに向かう」
賢一は電話越しにそう告げると、電話を切り、テーブルに戻ってくる。しかし、席には座らず、立ったままだった。
「……また仕事ですか?」
真美が聞くと、賢一は、
「お前には関係ない。さ、一緒に帰るぞ」
と、答える。そんな態度に呆れつつ、真美が、
「ちょっと待ってください。そんな急に、無理です。ここのホール、給仕は私1人しかいませんし」
と、返すと、
「急じゃない。前から何度も警告していた。それに、代わりくらいすぐ見つかる。給仕係の前に、お前は俺の妻だろう」
と、賢一が言い切った。
互いが互いを睨み、言い合いが再燃し始めそうになる。――――が、その時だった。
あかりが、ナプキンと食器を運んで来た。
「……これは?」
賢一が聞くと、
「お腹が減っていては、余計にイライラしますし。続きは、食事をしながら」
と、あかりが答える。
「頼んでない」
「当店からのサービズです」
すると、あかりと賢一のやり取りに、
「それに、これからお仕事なのでしょう? 腹が減っては戦が出来ぬとも」
割って入るように足立が料理を運んできて、それぞれの前に並べた。
「いきなり前菜からになってしまいますが、どうぞ。エビと冬野菜のテリーヌです」
その2人のまるで話を聞かない態度に、
「頭がおかしいのか……? ……結構です」
と、賢一は立ち去ろうとする。しかし、それを妨害するようにあかりが立ちはだかった。
「奥様を、連れ戻しに来たのですよね」
「……聞いていたのか」
「入り口で揉めていた際に。ですが、これでは連れ戻しても、また何度も揉めてしまうことになりますよ」
あかりは賢一をじっと見つめると、
「まずは、話し合いを」
と、説得する。
すると、賢一はあかりと足立の顔を一瞥し、ようやく、
「……前菜だけだ」
と、諦めたように席についた。
「お前のせいだぞ」
賢一は、真美を睨む。そして、テリーヌを眺めると、
「こんなもの……」
と、口に運んだ。
「……」
無言になった賢一を見ると、真美は無言のまま足立に「フレンチなんか作れるのか」と疑いの目を向けた。
足立は「食べてみてください」というジェスチャーをする。と、真美は覚悟を決めたようにテリーヌを口に運んだ。
「……美味しい」
それが、真美の頭に最初に浮かんできた感想だった。すると、足立は顔をぱっと明るくして、
「本当ですか!?」
と、喜んだ。
「ええ」
足立、嬉しくて拳を握る。そして、2人に、
「あの、お急ぎでないようでしたら、すぐにでも朝食をお持ちしますが」
と、続けた。
真美は足立の言葉に戸惑い、賢一の様子を横目で伺う。
賢一は、そんな真美と目が合うと、時計を見て、
「……朝食ではなくコースを。それと時間がないので、細かいのは省いてください」
と、告げた。
▼ ▼ ▼ ▼
「金目鯛のポワレです」
「上州地鶏のソテーです」
あかりによって、次々と料理が運ばれてくる。
2人はそれを無言で食べ進めると、ついにソテーをナイフで切っている手を止めて、
「……2人での食事、ずいぶん久しぶりだっていうのに、会話もないんですね」
と、真美が言った。
すると、賢一は手を止めて、
「何を話せばいいのか。……何を話していいのか、探っていたんだ」
と、答えた。
「元々、食事する気なんてなかった。ただ君を連れ帰るために、ここに来たんだ。だから初めも、テリーヌを一口食べて帰るつもりだった」
「……なら、どうして?」
賢一は、真美の指輪に目をやって、
「……テリーヌを食べて、思い出したんだ。昔を」
と、答えた。
「昔……。お父様との、思い出ですか?」
「君とだよ。横浜のレストラン」
「……ああ。よく行ってましたね。そっか、あそこもフレンチでしたね」
「あの頃は、今よりも忙しかったはずなのに、会う時間をなんとか作り出して」
「いろいろなところに行きましたね。新幹線。2人とも眠ってしまって、乗り過ごすなんてことも」
「あの頃は、何も言わず手を握っているだけで良かった。……いや、目さえ合えば、それだけで」
「……そうね」
「今は、何を話していいのか、探る始末だ。いつの間にか、お互いにいろいろなことを言葉にするのを、恐れるうちに」
2人は、無言になる。
「……北海道では、草原で乗馬もしたな」
「途中、馬が道草食べて、置いていかれそうになって……」
「三河湖も綺麗だった。手漕ぎボートに乗って」
「少し怖かったですよ。いっぱい漕ぐから、すぐに岸から離れていって」
「張り切ってたんだ。だが、君に怒られて、のんびりと景色を眺めるのも悪くないと思った」
「綺麗でしたね」
すると、賢一はそう語る真美を盗み見て、
「……ああ、綺麗だ」
と、答えた。
▼ ▼ ▼ ▼
厨房の脇。
あかりは、真美と賢一を眺めている。視界の先で、真美と賢一は徐々に言葉を交わすようになっていっていた。
そんな様子を差し置いて、足立は厨房でデザートを作っていた。
「なんか、いい感じですね」
あかりが言うと、
「まさか、本当に収まるとは……」
と、足立が答える。
「レストランの席につけば、誰も暴れようなんて思いませんよ。少なくとも、ああやってマナーのある人なら」
「マナーがあるってよく分かったね」
「だって、ペンションにスーツですよ? つけているものも、ブランド品だし……。まあ、ある意味、ペンションでは非常識ですけど」
「確かに。……でも、それだけ?」
その問いに、あかりは首を横に振る。
「それに、あの人の部屋のゴミ、チョコとレシートくらいしかなくって、お腹減ってイライラしてるのかなって。チョコも低血糖用でしたし。だから、ご飯食べれば少しは変わるかなって……」
「へえ、最近の若い子は鋭いんだねぇ……」
すると、足立は少し間を置いてから、
「……バックヤードの中、入らないでね」
と、あかりに言った。
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