2 成り代わりシェフ
「ペンション、クローシュ? ――――あかりちゃん、今日からここで働くの?」
ペンションの外。
看板を見上げる、2人の女子大生がいた。2人とも、キャリーケースを横に置いている。
「そうだよ。私だけね」
あかりと呼ばれた少女がそう答えると、
「知ってるよぉ~。スズメは、たまたま遊びにきただけだから!」
と、スズメは自分のことを指してそう答えた。
「……絶対、嘘」
そう言って肩を落とす、あかり。しかし、そんなあかりをスズメは無視して、
「さ、遅れちゃうし、さっさと入ろー!」
と、促し、2人はペンションに入った。
まず2人を出迎えたのは、受付を担当していた男――――石丸だった。石丸は、2人のお父さんくらいの年齢に見えた。
石丸はあかりがアルバイトに来た女子大学生だと分かると、受付の裏にある従業員用の控室にあかりを案内した。すると、数分後、あかりは荷物を預けてアウターを脱ぎ、石丸と同じエプロンを巻いた姿になって受付に戻ってきた。
その姿を見るなり、待っていたスズメが「おぉ~っ」と感心したように、目で上から下までなぞる。その視線が恥ずかしいのか、あかりはクネクネと体を左右に捻った。
「良いじゃん!」
スズメの言葉に頷く、石丸。すると、石丸は、
「それじゃあ、日野川あかりさん。まず施設を案内するね。それから、業務内容を」
と、続けて、それからスズメのほうを見た。
「……で、えっと」
「小鳥遊スズメです!」
スズメは手を挙げて元気に答える。が、石丸が聞きたいのは名前ではなかった。
「小鳥遊さん。小鳥遊さんは一応、バイトじゃなく宿泊ってことだけど、この後も一緒に?」
その問いにスズメは明るく、
「いえ! 私、この後、ワカサギ釣りの予定があるんで! それじゃ!」
と、答えると、次の瞬間には階段を上り始めていた。
「あ、部屋は3号室だから!」
嵐のように去っていくスズメの背中に、そう声をかける石丸。結局受付に残ったのは、あかりと石丸の2人だった。
「すみません。あの子、自由奔放で」
スズメの代わりに謝罪するあかりに、石丸は、
「……みたいだね。まあ気を取り直して、紹介を……」
と、返すと、受付前の廊下を抜けた1階奥にあるレストランに向けて歩き出した。
▼ ▼ ▼ ▼
レストラン、ホール。
2人掛けのテーブルが6席ほど作られているそこには、不自然なほどの笑顔を浮かべている、シェフ姿の足立。そして、足立に脅された女――――給仕服姿の西尾真美がいた。
その2人と対峙すると、あかりを連れてきた石丸は、
「って、島は?」
と、尋ねた。そして、足立に、
「というか、あなたは……」
怪訝そうな顔を向けた。
「あら、聞いてませんか? 私、本日より3日間、島さんの代わりにコックを務めることになった足立です」
足立が白々しく答える。
「いえ、そんな連絡は……」
そう石丸が否定すると、足立は途端に口ごもる。
「緊急の体調不良だとか、なんとか。あれ、仕入れで遠出だったかな? ま、とにかくよろしく、と……」
「……失礼ですが、島とは、どういう関係で」
「…………島が、他でシェフをしていた時の知り合いなんですよ」
そう答えながら、足立は真美を肘で小突く。すると、真美も、
「私も、そう聞いてました」
と、それに同意してみせた。
石丸は黙ったまま足立の顔をじっと見つめる。が、次の瞬間にはこわばった表情を緩めて、
「ま、西尾さんがそう言うなら、そうなんでしょう。管理人兼受付の石丸です」
と、挨拶をし、握手を求めた。
「よろしくお願いします」
足立が安堵してそれを握り返すと、石丸は次にあかりを紹介する。
「こちら、今日からバイトで入る……」
「日野川あかりです。私も、今日から3日間、住み込みで。レストランじゃなくて、ペンションの方で、ですけど」
そう言って、あかりが頭を下げる。その陰で、足立は笑顔のまま小声で真美に、
「彼女が来るの、知ってましたか?」
と、尋ねた。すると、真美も同じようにして、
「確かに、そんなこと言ってたわ」
と、返した。
「……いま来ても、ロクに教えられないんじゃなかったんですか」
「知らないわよ」
そんなやり取りをしていると、あかりが何かを聞き逃したのかと、
「……え?」
と、聞き返す。それを足立は誤魔化すように、
「あ、いえいえ。そうですか。足立です。足立、新人同士、よろしくお願いいたします」
と、挨拶すると、
「西尾真美です。真美でいいわよ。ここは長いので、困ったことがあったら何でも聞いてね」
と、真美も続けて挨拶した。
「それじゃあ、レストランはこんなところで。次は、2階へ」
最後に石丸がそう提案したことで、なんとかこの場をやり過ごせた2人。
去り際、
「失礼します」
と、丁寧に頭を下げていったあかりの背中を笑顔で見送る、足立と真美。
一見、柔らかな雰囲気で穏やかな空気感の2人だが、しかし、2人はその姿が見えなくなると一転、鬼のような形相を浮かべながら足早にバックヤードへ戻っていった。
▼ ▼ ▼ ▼
レストラン、バックヤード。
勢いよくドアを閉めてドアを背に横並びになる、足立と真美。
「危なかったぁ……」
2人の口から出たのは、そんな当然の感想だった。
「自信なさそうに答えるんじゃないわよ」
「自信なかったんですよ! そっちこそ、もっとフォローとか!」
「なんで、私がフォローしなくちゃなんないのよ! だいたい、あんたが和樹さんを……」
「ちょちょ、ちょっと!」
すると、そう言いかけた真美の口を、足立が手で塞いだ。その時、足立は勢い余って、真美を強くロッカーに押しつけてしまう。
ドンッ――――その衝撃で立ち並ぶロッカーが揺れると、『島』のロッカーのドアが開いて、中から島の硬直した死体が倒れてきた。
「……どこを塞いでも、いずれボロが出るわよ。それこそ、料理とか」
丸太のように転がるそれを眺めて、真美が言った。すると、足立は真美を押さえる手を緩めて、
「分かってます。3日でいいんです。3日後、このペンションからは誰もいなくなる。そしたら、私は自首します。でも、その前に3日間でいいから、憧れだったフレンチシェフとして過ごしたいんです」
と、語った。
「……大胆なんだか、小心者なんだか」
真美は足立を押しのけると、制服を整えてドアへ向かう。そして、
「ともかく、もうすぐ開店。幸い、このペンションのお客様は3人しかいない。どうにかなるように祈るのね」
と、ドアを閉じた。
時計を見上げると、時刻は9時58分を指す。足立は急いで島を起こすと、ロッカーにしまった。
――――どこを塞いでも、いずれボロが出るわよ。それこそ、料理とか。
ロッカーのドアに背を預け、ポケットからくしゃくしゃになったレシピを取り出す。
「……大丈夫。俺の料理は、通用する」
足立は、祈るようにそれをおでこに押し当てた。
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