14 毒にも薬にも
従業員宿舎、リビング。
石丸といすずは、変わらず離れて座っていた。
そこへ、足立を先頭に、あかりとスズメがけたたましく入ってくる。
「西尾さんは!?」
あかりの質問に、いすずがおどおどしながら、
「え? ああ。さっき喘息の症状が出て、薬を取りに……」
と、答える、すると、足立たちは急いで真美の部屋に向かった。
▼ ▼ ▼ ▼
真美の部屋。
足立が、ドアをノックする。
その様子を、あかりとスズメは下がって見ていた。
「西尾さん、大丈夫ですか? ちょっと話が……」
足立が声をかけても、返事はない。すると、スズメが助走を取って躊躇なくドアに体当たりをした。
「あぁ、小鳥遊さん!」
その突飛な行動に足立が驚くと、開けた先で映し出されたのは――――手に喘息用の吸引機を持ち、窓際に立つ真美の姿だった。
「びっくりしたぁ……。どうしたの?」
真美が目を丸くすると、
「ごめんなさい。返事がなかったので」
と、スズメが説明する。真美は、「そ、そう」と戸惑いながら、
「消防車、もう到着した?」
と、床に転んでいるスズメに聞いた。
「いえ、それより聞きたいことが……」
そして、そうスズメが言おうとした時だった。――――その傍らで、あかりは机の上に何かを見つける。
「……テオフィリン」
あかりの呟きに、足立が振り返る。手には、まだいくつか粒の残っている銀と緑の薬のフィルムが握られていた。その粒は、風邪薬と似ていた。
そ して、あかりの視線の先のゴミ箱には、大量の空になった銀と緑のフィルムが捨てられていた。
「……なにそれ。風邪薬?」
足立が聞くと、あかりは顔を上げて、
「真美さん、充電器貸してもらってもいいですか? 私、スマホの充電無くなっちゃって」
と、言った。真美はそれに、
「ええ」
と、にこやかに答える。
しかし、次の瞬間、真美は足元にあったバッグを拾い上げると、窓を開き、外に逃げ出した。
▼ ▼ ▼ ▼
山間部を無理やり切り開いて作られたような、2車線道路。森の中をどこまでも真っ直ぐ切り開いた人気のない道を、消防車とパトカーが走っていた。
すると、最後尾のパトカーが急に失速する。
「あれ……」
警察官の1人がハンドル周りをジロジロと見回す。と、助手席の警察官が、
「どうした?」
と、聞いた。
「エンストや」
「エンスト? マジか、貸してみぃ」
助手席の警察官がエンジンを入れ直してみる。しかし、車は軽い鼻息を上げるだけで、動かない。
「どうすんねん。お前、これ笑い者やぞ」
「車に言えや。しゃーない、一旦エンジン開けて……」
そう言って、2人がシートベルトを外そうとした時だった。
道路横の茂みから――――真美が、飛び出してきた。
「おおっ、なんだ、なんだ!?」
そこへ、真美を追いかけるように続けて出てくる、スズメ。
警察官たちは、パトカーを降りて小さくなっていく2人の背を見送りながら、
「なんだありゃあ……。痴情のもつれか?」
なんてことを呟いた。
すると、再び道路横の茂みが揺れる。――――と、情けなく飛び出してきたのは、足立だった。
足立はスズメを遠くに見つけ、後を追おうとする。が、そこを警察官に呼び止められた。
「ちょちょちょちょ、君、君、君」
「はい、止まってねー」
足立は立ち塞がる警察官に、
「え!?」
と、困惑する。
「お兄さん、どういう関係? さっきの子らと」
「あ、いや……」
足立は、先走る気持ちと警察官の威圧感に挟まれてまごつく。と、遅れて、あかりが茂みから飛び出してきて、
「あっちが犯人です!」
と、スズメたちのほうを指差した。
「え!?」
警察官が一斉に振り向くと、足立はその隙をついて走り出す。と、あかりも後に続いて間を通り抜けていった。
「あ、ちょっと!」
「俺、追いかけるから! お前、車!」
「え!?」
こうなっては、警察を名乗る以上は見過ごせない。警察官のうち、運転していたほうがそう言い残して足立たちを追いかける。
すると、残された警察官は、車に戻って再びエンジンをかけようとした。
しかし、車はうんともすんとも言わぬまま、バックミラーの向こうに足立たちは消えていった。
▼ ▼ ▼ ▼
森、湖。
そこは、昨日の昼にスズメが釣りをしていたところだった。
そこへ、茂みの中から真美が現れる。と、真美は凍った湖の上に乗り、たどたどしくもスイ―ッと滑り出した。
すると、すぐ後にスズメもやって来て、同じように滑り始める。――――しかし、2人とも氷上では上手く動けず、結局、湖の中心で距離を空けながら取り組み前の力士のように向き合う形になった。
「なんで逃げたんですか!」
スズメが聞くと、
「あの子、なんなのよ!」
と、真美が叫ぶ。
「あの子!?」
「日野川あかり! あの子がいなかったら、何もバレなかったのに!」
その時、茂みが揺れた。すると、その中から、足立とあかりが姿を現す。
「良かった! あかりちゃん、反対側に回って……」
人数で有利になったスズメは、逃げ道を塞ぎ、真美を追い込もうと指示を出す。
「――――え?」
しかし、それよりも前に、足立とあかりは勢い余って泉の上に乗ってしまった。
「なーんで乗っちゃうの!」
すると、スズメがあかりたちに目を奪われている隙に、真美が逃げ出す。それをスズメは、
「あ!」
と、言って追いかけた。
「足立さん、私たちも!」
それに続いて、あかりが前にいる足立に声をかける。――――が、その時だった。
「――――君たち! 待ちなさい!!」
さらに遅れて警察官がやって来て、湖の上に乗る。と、氷の上には前から、真美、スズメ、足立、あかり、警察官と人でいっぱいになった。
「ちょ、足立さん、早く!」
あかりが背中を押せば、
「こ、転ぶ!」
と、足立がよろける。
ここから、真美、スズメ、足立、あかり、警察官の氷上追いかけっこが始まった。
「それで、日野川さん! 結局、どういうことなの!」
足立はあかりに背を掴まれながらも、なんとか警察官から逃げるため、必死に足で氷を掻く。
「すり替えたんです! テオフィリンと風邪薬を」
「すり替え!?」
「石丸さんによると、島さんは高血圧だった。それを利用したんです。――――亡くなる日の朝、島さんはテオフィリンを数粒、風邪薬と誤って体内に取り込んでしまう。そのテオフィリンには、血中濃度を高める効果があるんです。――――そんな中、薬の効果のせいか足立さんと言い合いになり、いつにも増して興奮状態になった。もはや、いつ血管が切れてもおかしくありません!」
「けど、どうや手仕込むのさ!」
「テオフィリンの粒は風邪薬と酷似していました。だから、元の風邪薬の粒を全部捨ててすり替えた。あるいは、差し込んでもいい。元の風邪薬の粒の上にテオフィリンの層を作っておけば、まとめて取り出させることも可能でしょう」
「なら、西尾さんが島さんを? でも、一体どうして!」
「それを、今から聞くんですよ!」
と、ちょうどその時だった。
スズメが、真美に飛びつく。すると、2人は「きゃあっ!」と言って、2人して倒れ込んだ。
そこで、ようやく足立とあかりが追いつく。と、あかりは息を整えながら、
「真美さん、どうして島さんを……。そして、旦那さんを殺したんですか?」
と、聞いた。
「もう逃げられませんよ。警察もそこにいます」
スズメがそう言うと、真美はいよいよ観念する。
「……逃げない方が、チャンスがあったかしら」
それにあかりが、
「警察の到着を待っていれば、あるいは。それ以上は、手も出せませんし」
と返すと、真美は無言で頷いた。
しかし、足立にだけは、あかりとスズメとは別の疑問が1つあった。
「どうして、島さんを。好きだったんじゃ……」
そう、これは従業員とオーナーのただの揉め事ではない。
不倫相手同士とはいえ、別の絆で結ばれた者同士なのだ。
「え?」
あかりとスズメは新たな衝撃の事実に、足立のほうを見る。と、真美は、
「……だって、裏切られたから」
と、吐露した。
「裏切られた?」
足立の質問に、真美は続けて、
「私がここで働き始めたばかりの頃、あの人、私と一緒に逃げてくれるって言ったの。でも、約束のまま、もう1年経った」
と、答えた。
あかりは、てんで話の筋が見えてこなかった。だから、それを素直に聞いた。
「逃げるって、何から……」
「夫よ」
「……え?」
「覚えておくといいわ。怒った時に女の腕を咄嗟に掴むような男に、ろくなのはいないって」
すると、真美は寒空の中、シャツをまくり、腕の痣を見せる。それに、あかりたちは、言葉を失ってしまった。
「旦那は、最初は仕事のできる素敵な人に見えてたの。家柄も良かった。エスコートだってしてくれた。――――でも、結婚して仕事が忙しくなると、苛立つようになって。私は、ただ友達と出かけるだけなのに嫌味を言われるようになった。そのうち、物に当たるようにもなった。漢字1つ読めないだけで学がないと馬鹿にされたし、ご飯を作るのが遅れたら子供のように机をバンバンと叩いて催促された。――――その頃にはもう、レストランでお客様を前にするより、家にいる旦那の前のほうが緊張するようになってた」
真美はシャツを降ろすと、
「結婚して変わるのは、女だけじゃない。男もよ。あの人といて、私に残ったのは愛想笑いと体の痣だけ。……このペンションをバイト先に選んだのだって、初めはあの人と離れていられるからだった」
と、あかりを見た。
足立はそんな真美に、
「だから、初めて会って不倫をばらすと脅した時、強く拒否したんですね」
と、言った。真美は首を縦に振る。
「逃げちゃえば良かったのに」
すると、スズメがそんなお気楽なことを言った。
でも、それは真理だったのかもしれない。夜逃げでも離婚でも裁判でも、逃げてしまえば良かったのだ。
「……結局のところ、殺したかったのよね。あの人を」
真美は、自分のその気持ちに気づいていた。傷つけられた心の上で疼く、そのどうしようもない感情に。
その言葉を聞くと、あかりは、
「昨日は、あんなに仲良さそうだったのに……」
と、悲しそうな顔をした。
「あかりちゃん。あなたたちにとっては食事をしていた彼こそが、本心に見えたのかもしれない。――――けれどね、私からしたらあの姿こそが、彼の嘘なのよ」
「……あの火事も、西尾さんが?」
スズメが聞くと、真美は足立を見る。
「事故なら事故でいいし、誰かが仕組んだってバレても、和樹さんの死体の話をして全部あなたに押し付けられると思ったの。あなたが隠蔽しようとして、火事を起こしたことにして」
真美は、そう酷い計画を語っても足立に最後まで謝らなかった。
一度謝ってしまえば、賢一を殺したことも謝罪してしまうような気がして、謝れなかった。
この告白だって、本当は自分が賢一を殺してやったんだと、賢一はこんな酷い奴で私はこれだけ傷つけられていたんだと、誰かに知って欲しかったからしたのかもしれない。
そこへ、息切れをしながらゆっくりと警察官がやって来る。警察官は、この中で氷を滑るのが1番下手だった。
「どうなってんだ、こりゃあ……。誰から事情を聞けば……」
その姿に、全員の視線が集まる。――――と、その時、真美は最後の力を振り絞ってスズメを突き飛ばすと、四つん這いになりながら逃げ出した。
「あ!」
スズメが叫ぶ。と、真美は氷上から出て、道路に逃げ込もうとする。
一見、すぐに追いかけられる者はいないように見えた。――――が、その時、目の前にパトカーが回り込んでくる。
そして、窓が開かれると、もう1人の警察官は顔を出し、
「はい、おしまい」
と、言った。
そうなると、いよいよ真美は観念して、その場にへたり込む。
結局、その後ペンションからは島の死体が見つかり、テオフィリンの薬物反応が出ると、それから真美は糸が切れたように素直になったそうだった。
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