13 燃えカスの中で
従業員宿舎、リビング。
あれからいくらか時間が経って、窓の外の火事は燻る火を残して弱まり、雨もぽつぽつとしたものに変わってきていた。
やかんでお茶を淹れている、真美。
足立、石丸、いすずはお互い離れたところに座っていた。そんな中を、真美はお茶をお盆に乗せてそれぞれに配って回る。そして、最後に足立に配ると、真美はそのまま近くに座った。
足立と真美は、窓の外を見る。
ガラスの向こうでは、あかりとスズメが傘を差しながら、燃えカスと化してしまった黒いペンションを眺めていた。
「雨、止んできたわね」
真美が言う。と、足立が頷く。
「ですね」
「でも、良かったじゃない。犯人がいないことが分かって」
「……ですね」
いまいち浮かない顔の足立。すると、真美が、
「それにしても、あの子たち。頭冷やしてくる、って言ってたけど」
と言ったところで、足立は立ち上がり、
「……私、ちょっと行ってきます」
と、熱々のお茶をなんとか飲み干して、従業員宿舎の外に出た。
▼ ▼ ▼ ▼
従業員宿舎の外、ペンションからはだいぶ離れたところ。
まだ分厚い雲は残っているものの、晴れ間の覗き始めた空を背に、あかりとスズメは残骸となったペンションを眺めていた。
「燃えちゃったね、全部」
スズメが言った。その傍ら、
「……私、あんまり考えられてなかった。西尾さんの気持ちとか、旦那さんが死んじゃったってのに、あの中に死んだ人がいるとか言って……。気になったからって、突っ走って……」
と、あかりは落ち込む。
「それも学び、学び」
そんなあかりの頭を、スズメが撫でる。と、次にスズメは、
「あ」
と、何かに気がついたように言った。それは、足立だった。
「寒くない? 冬の風」
足立の問いに、
「ちょうど良いです」
と、あかりが答える。それからスズメが、
「どうしたんですか?」
と聞くと、足立は、
「いや、お礼を言いたくてね」
と、言って2人の隣に並び、一緒にペンションを眺めた。
「お礼……?」
あかりには、それが何のことか分からなかった。
「うん。日野川さん、私が島さんを殺してないって言ってくれたじゃない。それに、少し救われたんだ。君がはっきりとさせてくれたから」
すると、足立は続けて、
「……きっと、西尾さんも火事の原因が不明なままより、旦那さんの死因がちゃんと事故だって分かったことで、誰も恨まずに済むんじゃないかな」
と、言った。
「……ありがとうございます。そう言っていただいて」
あかりがお礼を言う。それは、あかりにとっては救いになる言葉だった。
「いえ、こちらこそありがとう」
足立はお礼をし返すと、それからペンションに目をやった。
「しかし、2人とも無事で良かった。私は火災報知器がなるまで、まるで火事に気がつかなかったよ」
「ああ、それはブレーカーが落ちていたからで……」
しかし、そこまで言ってあかりは黙り込む。その様子を心配して、スズメが、
「あかりちゃん?」
と、声をかけた。
次の瞬間、あかりは何かを察知したように従業員宿舎とペンションを交互に見る。――――そして、最後に窓からこちらを見ていた真美を見た。
目が合うと、ひらひらとこちらに向かって手を振る、真美。
それに、あかりは神妙な顔のまま手を振り返して、もう一度ペンションを眺めた。
「足立さん、どうして気がつかなかったんですか? あの寒さで」
あかりの質問に、足立は、
「え? いや、こっちは別に寒くなかったけど」
と、答える。
「ですよね。普通、ブレーカーって建物ごとに分かれてますよね」
「うん」
「……どうして、真美さんはペンションのブレーカーが落ちたことに気がついたんでしょう?」
「え?」
「真美さん、本来なら従業員宿舎で寝ているはずですよね」
「……あ」
「それに1回目のブレーカーが落ちた時、スズメはトイレに行きたくて起きたんだよね?」
あかりはそう言ってスズメを見る。
「うん。部屋を出たところで、ばったり」
その答えを聞くと、
「なんでトイレは2階、ブレーカーは1階なのに、西尾さんとスズメは鉢合わせてるの?」
と、さらに疑問をぶつけた。
「……確かに」
スズメがその時のことを思い返してみても、特にこれといって反論できるようなことはなかった。
「で、でも、朝、確かにブレーカーは落ちてたんでしょう?」
足立のその言葉は、間違っていなかった。なんせ、あかり自身が寒さで目覚めたくらいだ。
「ええ、ちゃんと寒かったです。暖房も切れていたし……」
と、そこまで言って、あかりはハッとした。
「そうか! スズメが真美さんと会った時、真美さんは旦那さんの部屋を訪ねていたってことなんじゃ。そこで、何かを……」
ぶつぶつと何かを考え始める、あかり。すると、その推理の末に出て来たのは、
「……充電器」
という単語だった。
「充電器?」
足立が聞くと、
「今朝、通報する時、真美さん真っ先にスマホを取り出したのに電源が切れていました。それで、石丸さんに通報するよう指示して……」
と、説明する。
「でも、どうやって発火を?」
と、スズメが尋ねると、
「充電器にあらかじめ傷をつけておくの。そうすることで、漏電して発火の原因になる」
と、あかりは答えた。
「でも、そしたらすぐに火がついちゃうんじゃないの? だって、真美さんは夜中にブレーカーを上げに来たんだよ?」
スズメの指摘はもっともだった。――――が、あかりにはそれを崩す考えがあった。
「違う、落としたんだよ。充電器を設置する直前に」
「直前に?」
「うん。私たちは今まで――――①:ブレーカーが落ちる。②:真美さんがブレーカーを上げる。ここで、スズメと鉢合わせになる。③:朝方にまた、ブレーカーが落ちる。④:真美さんが再びブレーカーを上げる。⑤:火事。――――だと思っていた。だけど、それは逆」
「逆……」
「つまり順番は――――①:夜中に真美さんがブレーカーを落とす。②:傷のついた充電器を2号室にセットし、部屋を出る。この時、スズメに鉢合わせる。――――そして、④:真美さんはそのまま従業員宿舎に帰る」
「え? そのまま帰っちゃうの?」
「そう」
スズメの疑問にあかりは頷くと、今朝の受付でのことを思い出す。
「で、⑤:時間の経過によってゆっくりとペンションの空気が寒くなっていく。――――すると、私たちがブレーカーが落ちたと気がつく。いや、私たちにブレーカーが落ちたと錯覚する。そうして部屋から出てきた時、真美さんは皆の目の前でブレーカーを上げた」
あかりの言葉通り、あの時、真美は確かにブレーカーのある受付裏から出てきていた。
「すると、ブレーカーを上げた時、傷のついた充電器とつながれた旦那さんのスマホに充電が開始されて火がつく。初めは誰も気がつかないほど、小さな小さな火。――――一方で、真美さんは私たちにホットミルクを配り、それからはゴミ捨てなり、みんなといるなりして、火元から離れておく。これでアリバイも作り出せる。――――つまり、ブレーカーは1度しか落ちていなかったんです」
あかりの推理が、完了した。それも思わぬ形で。
「確かに。1回目の時は、部屋は寒くなかったかも」
スズメの言葉に、あかりが頷く。
「というか、そんなに寒かったら私のほうが先に起きる。朝だってそうだったし」
すると、足立が、
「でも、2号室の部屋の鍵はどうやって」
と、尋ねた。しかし、あかりはそれにも答えを持っていた。
「足立さん、石丸さんの昨夜の様子を覚えてますか?」
「ああ。あの酩酊状態の」
「このペンション。部屋のゴミは朝までに部屋の前に並べておいて、それを従業員が回収するって仕組みなんですけど。昨日の朝、ゴミの回収に入った時、1号室の前には大量の酒瓶が並んでいました。――――きっと、石丸さんは前日もあの様子だったのでしょう。――――であれば、それを理由に、真美さんが自分が戸締りを管理すると鍵を取り上げていてもおかしくはありません」
「あ。……それに、昨日の夜、石丸さんを運んでいた時、私は真美さんと出会っている。あのまま石丸さんが寝ていたとしたら、受付のバックヤードの鍵は開きっぱなしだったろうし、仮に盗むことになったとしてもそれは容易い」
「ええ。それにレストランを去る際、旦那さんはお酒を飲むと眠りやすくなるとも言ってました。そして、昨日はご機嫌でお酒も飲んでいた。――――つまり、2号室へも侵入もしやすい」
「確かに。奥さんの真美さんは、それも知ってたんじゃ……」
そこまで推理が進むと、一同は顔を見合わせて、次に従業員宿舎の窓を一斉に見る。もう、この推理を覆すには本人から説明してもらう他なかった。
が、従業委員宿舎の窓。――――そこに、真美の姿はなかった。
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