11 中原いすずという女
「……別に気になることがあるんです」
従業員宿舎、リビング。
その真ん中で、あかりはそう言う。
そして、真美が、
「気になること?」
と、聞くと、あかりは探偵のように皆に向けて、
「そもそも、どうして火事は起きたのでしょうか。それも、火を扱うレストランではなく、2階から」
と、疑問を提示した。
リビングにいる全員がハッとする。そして、互いを見合った。
足立は生唾を飲みこむと、
「もしかして、誰かが火を……?」
と、口にした。しかし、当の本人であるあかりは、
「え?」
と、不意をつかれたように足立を見た。
「あれ? いや、この流れなら、そう言いたいのかなって……」
「あ、いやいや、全然。ただ、どうしてなのかなって」
会話が行き違う、2人。すると、1号室の女性が、
「……ブレーカー、じゃないですか?」
と、口を挟んだ。
「ブレーカー?」
あかりが反応すると、1号室の女性は、
「今日、2度も落ちてたんですよね?」
と、続ける。
「2度……」
「1つは、私たちが廊下で会った今朝。そして、もう1つは……」
あかりにそう言うと、1号室の女性は今度はスズメのほうに向く。と、スズメは合点がいったようにぽんと手を叩いて、
「あ! 夜中の!」
と、真美を見た。
「ブレーカーが落ちる理由は、2つあります。1つはキャパオーバー。1つは、漏電。でも、昼間にレストランが稼働していて問題なかった『クローシュ』のブレーカーが、夜中の暖房だけで落ちるとは……」
1号室の女性の解説を聞くと、あかりは、
「なら、ブレーカーが2度も落ちたのは……」
と、1号室の女性を見た。すると、1号室の女性は頷いて、
「どこかで、漏電していた。にも関わらず、ブレーカーを上げた。だから、漏電によって発火した」
と、答えを口にした。
「なら、私が安易にブレーカーを上げなければ……」
真美が言った。
確かに、2度ともブレーカーを上げたのは、真美だった。つまり、この火事の間接的な原因は、真美にあると言えた。
今にも自分を責めだしてしまいそうな表情になる、真美。しかし、それを石丸が、
「いやいや、単純に老朽化だろう。俺がここに来た時から、随分と経ったんだし」
と、宥める。あくまで、これは事故だと言うように。
だが、一方であかりは、
「……どうなんだろ」
と、納得いっていないようだった。
「え?」
石丸が振り返ると、あかりは1号室の女性を見て、
「えっと……。1号室のお客様は……」
と、話しづらそうにする。それを見かねた1号室の女性は、
「……あ、中原です。中原いすず」
と、名乗った。
「中原さん。なんで、荷物を取りに2階に向かったんですか?」
「え?」
「もしかして、発火場所、分かっていたんじゃないですか? タイミングは分からなくとも」
暴論にも思えるあかりの推理に、足立はたまらず、
「ちょっと、日野川さん!」
と、突っ込む。しかし、あかりはそれを制して、
「だって、スズメ、体一つで出てくるほどでした。石丸さんだって、足立さんだって。みんな混乱して。でも、あなたは……」
と、続けた。
あかりの頭の中には、燃えるペンションから抜け出してきたスズメの、
――――あの人、火災報知器が鳴ったら、すぐにレストランを出て行っちゃって。
という言葉が思い出された。
「それって、まるで分かっていたみたいじゃないですか。火事が起こること」
あかりの指摘に、いすずは目を伏せる。
「……荷物が、大切なものが入ってるから。すぐに取りに行かなきゃって」
すると、あかりは、
「見てもいいですか? 中身」
と、図々しく尋ねた。
「――――いくらなんでも失礼だろ、君!」
それを叱ったのは、石丸だった。
普通の人なら一瞬で委縮してしまうであろう怒号。実際、足立もビクッと肩を揺らしていた。
しかし、あかりは石丸をじっと見つめると、
「あの時、少しでも避難が遅れていたら、スズメはあの瓦礫に巻き込まれていたかもしれません。――――もし、火事が故意だとするなら、私は犯人を許さない。今のところ、怪しい動きをしているのは、中原さんだけです。違ったら、素直に謝ります」
と、はっきり自分の考えを伝えた。
「……それでも、見せられない」
それでも、頑なな態度を見せる、いすず。と、石丸もそれに、
「当然だ! それに火事が故意なわけないだろ!」
と、同調する。
「そうでしょうか。ブレーカーは、昨夜から今朝にかけて集中して落ちています。…‥が、以前はどうだったんですか?」
一方で、あかりはあくまで感情ではなく冷静に解決しようと、気になる点を足立に聞く。――――が、そんな張り詰めた空気を乱すように、
「あ、俺は……」
と、次の瞬間、足立が戸惑った。
「……あ」
あかりは、足立と目が合うと思い出す。
そうだった。足立は、このペンションの人間ではなかったのだ。
「全くと言っていいほどなかったわよ」
そこへ、真美が口を挟む。と、あかりは再びきりっとした顔に戻って、
「そして、昨日は大雨による土砂崩れもなかった。そもそも、昼のほうがみんなが動き出して、レストランも回転するし、洗濯もするし、お風呂だって沸かして電力を使うはずなのに、夜まで停電なんてことはなかった。――――つまり、夜中にブレーカーが落ちるまでに、何かが行われたと思っていい。それも、2号室で」
と、語った。
「2号室で?」
と、足立が尋ねると、
「外から見た時、発火元は2階でした。それも、2号室のあたりで」
と、あかりが説明する。
「だったら、むしろ、昼にペンションにいた、あんたらのほうが怪しいじゃないか! 何か、仕組んだんじゃないのか!」
それに石丸が噛みつく。しかし、あかりはあくまで冷静に、
「さっきも言いましたが、そもそも昼はブレーカーも落ちてません」
と、説明する。すると、足立が、
「……なら犯行は、ブレーカーが落ちるようになった夜?」
と、尋ねた。
「ええ。時間的には、西尾さんの旦那さんが訪れてから、2号室に何かを仕掛けた」
あかりが頷く一方で、石丸はまだまだ納得がいかないのか、
「それでも、そもそも彼女にはペンションを燃やす理由がないだろう」
と、いすずのほうを見た。
その時、あかりが、
「……逆。燃やさなければならなかった理由……」
と、呟く。と、その目にいすずのキャリーケースが留まった。
「中原さん、食事を終えた後、何してました?」
その質問に、いすずが、
「え……」
と、困惑する。
「私とスズメは先に出て、3号室に」
あかりがそう言うと、足立は、
「その時間なら、俺は洗い物を。西尾さんは掃除とテーブルクロスの交換を」
と、答える。それに真美も頷く。
あかりはその言葉を聞くと、
「そして、部屋に戻る際、私は受付に石丸さんがいたのを見ました。つまり、目撃情報がないのは、中原さん。そして、西尾さんの旦那さんの2人だけ」
と、続け、いすずを見つめた。
「どこかで鉢合わせて、見られたんじゃないですか? そこまで頑なに隠す、キャリーケースの中身」
いすずは、答えない。怯えて答えられないわけじゃない。自らの意志で、口を閉ざしている。
硬直した時間。
すると、次に口を開いたのは――――石丸だった。
「……それは、無い。夜、鉢合わせたなんて。何かを仕掛ける時間だってなかったはずだ」
石丸は、ある種の確信を持ってそう答えているように思えた。
「え、どうして?」
あかりに質問されると、石丸はいすずを見る。そして、いすずが頷いた。
「……俺たちは昨日の夜、一緒に飲んでたんだ。君たちが、自分の部屋に入ったすぐ後で」
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