10 疑念
従業員宿舎、リビング。
足立の殺人の告白からしばらく時間が経って、足立は真美にガムテープで腕を縛られていた。
部屋には、ガムテープの音が響く。
そして、縛り終えると、真美は足立を別室に閉じ込めるために足立を連れてリビングを出ようとした――――その時だった。
足立が内開きのドアの関係で数歩後ろに下がったのを見て、あかりが言った。
「……足立さんは犯人じゃないかもしれないです」
その言葉に、リビングには別の緊張感が走る。
「あかりちゃん……。でも、島が倒れていたところは、私も見てるし」
真美がそう諭すように言う。
「なら、うつ伏せだったことを?」
「ええ。残念だけど」
「……では、うつ伏せで倒れていたことは、確定でいいですね」
「え?」
「真美さん、ドアを閉じてみてください」
少し戸惑いながらも、真美はあかりの目を見ると説得を諦めて、あかりの言う通りにする。真美の閉じたドアは――――内から外に閉まった。
「足立さん、そこに体当たりしてみてください」
足立は真美と顔を見合わせると、真美が首をクイッと曲げ、やってみるよう促す。と、足立は手を塞がれながら、ドアにぶつかった。
「そのまま、倒れたとすると?」
足立はドアに体重を預け、ずるずると床に倒れ込む。それ見ると、あかりは確信を持って頷き、
「うつ伏せ。これが、内開きのドアを閉める場合です。ドアは、足立さんから遠ざかるように動く。――――だけど、一方でバックヤードのドアは外開き」
と、語った。
その解説に、ずっと黙っていた1号室の女性が、
「……そういうことか」
と、呟く。すると、すぐにあかりがその気づきを、
「つまり、ドアの動きは逆。部屋を出る足立さんを追ってきた島さんに対しては、迫ってくるよう動く」
と、言語化する。そして、さらに全体に理解できるよう、
「スズメ、立って」
と、スズメを椅子の前に立たせると、トンッとそのおでこを押した。
スズメがのけ反るようにして、椅子に尻もちをつく。それを見せると、あかりは、
「分かりましたか?」
と、真美に聞いた。
「何を……」
未だ理解の追いついていない、真美。
すると、今したことを通じてあかりが伝えたかったことを、1号室の女性が、
「仰向けで倒れていないと、おかしいんですよ。仮に、ドアの勢いで殺されたとしたのなら、すごく強かったはずですから」
と、解説した。あかりが、それに頷く。
そこで、スズメが、
「あ! 確かに、私が木にぶつかった時も」
と、雪山でシジュウカラを追いかけて木にぶつかり、仰向けになったところへ雪が降ってきたことを思い出すと、あかりはさらに、
「スズメが、部屋から飛び出してきた時も」
と、ゴミ回収中に3号室を訪れた際、スズメがいきなり飛び出してきて尻もちをついたことも付け加える。そして、最後に、
「おそらく、島さんは足立さんがドアを閉める直前、意識不明になったか――――あるいは死亡した。そして、閉じたドアに寄りかかったのでしょう」
と、あかりは結論づけた。
そこまで来てようやく、足立は、
「……確かに、ドアにぶつかる音は、閉じてから少し遅れて聞こえたような」
と、口を開いた。
「つまり、足立さんは殺していないということになります。もちろん、死体遺棄の罪はあるでしょうが」
足立の罪が、殺人の疑いが、少しずつ晴れ始める。しかし、そんな空気が気に入らないのか、石丸は不満そうに、
「……うつ伏せが、証拠ねえ」
と、呟いた。
「自分の手で殺したところを、足立さんははっきりと見たわけじゃないんです。ドアを開けたら、倒れていただけで」
あかりの弁明するような言葉に、
「あかりちゃん、いいよ。そこまで……」
と、足立は止めに入る。――――しかし、それはお門違いだった。
「足立さんのためじゃありません。私は、失望するにしても、はっきりさせたいんです」
それは、決して足立のためなどではなかった。
そもそもも心を開くのが遅い人間が、たった1日過ごしただけのバイトの上司にそこまで入れ込むはずもなければ、疑いを晴らしてやる義理もない。
あかりは、ただ自分のために疑問を解決し、はっきりさせたいだけなのだ。
あかりにとって、この事件は風呂場の床にこびりついた汚れと何ら変わりないのだ。
「あら、あかりちゃん、スイッチ入っちゃった」
スズメの呟きが、まさにその性格を現わしていると言えよう。
ヒートアップするあかりを煩わしがるように、石丸は「そうかい」とあしらうと、
「……ま、あいつ高血圧だったし、ころっと死んでもおかしくないわな。ねえ、西尾さん?」
「……ええ、そうね。あの人、自分は塩っ辛いものが大好きだったから」
「ともかく、もうすぐ警察も来る。あと、20分くらいか。いま明らかなのは、とりあえず島は死んだってことだ」
と、続けた。
しかし、あかりの推理は止まらず、あかりは足立に近づくと、
「あの、足立さん。直前に、何か島さんに変わったことはありませんでしたか」
と、尋ねる。
「だから、その辺りは警察に……」
石丸がそう言うと、足立は言い淀むも、グッと迫ってくるあかりに気圧されて、
「……直前に、メモを捨てられたんだ」
と、吐露した。
「メモ?」
「私が考えたフレンチのレシピ。で、それを取り返そうとしたら、島さんが邪魔してきて。なんとか振り切って、部屋の外まで出て、ドアを閉めたんだ」
「で、倒れたと。……ふうむ。他に変わったことは? 例えば、体調とか部屋の様子とか……」
「……あ、そういえば、島さんは風邪をひいてたのかな」
すると、足立はそう言って、島が鼻をかんでいたことや、
「机の上に、風邪薬があったし」
と、バックヤードの机の上に、風邪薬が置かれていたことを思い出した。
「……薬」
あかりは考えながら、窓際へ移動する。その横顔に、スズメが、
「あかりちゃん、何か分かった?」
と聞くも、あかりは大きく息を吸って、
「……全く! というか、それはあんまり関係ないかも」
と、答えた。
足立はそのちぐはぐな態度と発言に驚いて、真美のほうを見る。と、真美は呆れたように首を振った。
「なら、これで探偵ごっこは――――」
しかし、真美がそう言いかけた時、
「――――ただ、別に気になることがあるんです」
と、あかりは付け加える。そして、真美が、
「気になること?」
と聞くと、あかりは探偵のように皆に向けて、
「そもそも、どうして火事は起きたのでしょうか。それも、火を扱うレストランではなく、2階から」
と、疑問を提示した。
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