公開討論会
学院大講堂の壇上に、二つの椅子が並べられていた。
副会長候補を決める前の恒例行事「公開討論会」。候補者は全校生徒の前で意見を述べ、質疑応答に応じる。
この場は表向き「理念を知ってもらうため」とされているが、実際には印象戦の意味合いが強い。
ここでの一言一句が、票の行方を左右する。
壇上の左にはミア・ヴァルシュタイン。淡い薔薇色のドレスに金糸の髪を結い上げ、翡翠色の瞳が輝いている。
右にはリヴィア・ヴァルシュタイン。深い紺色の制服に銀髪を緩やかに束ね、蒼い瞳は静かに前を見据えていた。
司会役の教師が告げる。
「ではまず、副会長としてどのように学院を変えていきたいか、お聞かせください」
ミアは立ち上がり、朗らかな笑みを浮かべて話し始めた。
「私は、この学院をもっと華やかで、人々が誇れる場所にしたいと考えております。
学園祭や舞踏会の拡充、他国の学院との交流――皆様が楽しみ、絆を深められる行事を増やすことが、私の目標ですわ」
明るい声に会場が沸く。拍手の中には熱心な賛同者の顔が多い。
続いてリヴィアが立つ。
「わたくしは、この学院の教育制度と日常運営の効率化を第一に考えます。
授業時間の調整、教材の見直し、そして魔力制御の基礎教育を低学年から徹底すること――それが、学院全体の底上げになります」
声は低く抑えられているが、明瞭で迷いがない。
華やかさでは劣るものの、理路整然とした提案に、真剣な表情で耳を傾ける生徒も少なくなかった。
討論が進むにつれ、二人のスタイルの違いは鮮明になった。
ミアは柔らかな言葉で聴衆の感情を引き込み、賛同の拍手を自然に引き出す。
リヴィアは具体的な数字や過去の事例を挙げ、論理と実証で相手を納得させる。
どちらが優れているかは一概に言えず、会場の空気は二分されていく。
質疑応答の時間、奨学生派の男子が手を挙げた。
「ミア様に質問です。華やかな行事は素晴らしいですが、財源はどう確保されるおつもりですか?」
ミアは一瞬だけ笑顔を固くしたが、すぐに取り繕った。
「もちろん、予算配分を見直して――」
「具体的には?」と重ねられ、言葉がわずかに詰まる。
その隙を、リヴィアは逃さなかった。
「行事予算の増額は、授業資材や訓練設備の更新を遅らせる危険がありますわ。
華やかさも大切ですが、土台を削っては未来を損ないます」
会場の一部から、低く同意の声が上がった。
最後に、ミアが逆襲に出る。
「ではお姉様にお聞きしますわ。あなたの提案は素晴らしいけれど……冷たくて、夢がないように感じる方もいらっしゃるのでは?」
その言葉には、感情論で揺さぶりつつ「冷たい姉」という印象を植え付ける意図があった。
しかし、リヴィアは微笑を崩さず答えた。
「夢は、確かな土台の上にこそ輝くものですわ。
その基盤を整えるのがわたくしの役目。夢を語るのは、その後でも遅くありません」
その一言は静かに、しかし確実に会場の一角を揺らした。
討論会が終わり、二人が壇上を降りるとき、拍手はほぼ拮抗していた。
外に出た瞬間、レオンがリヴィアの横に並び、小声で囁く。
「氷と炎、いい勝負だな」
「ええ。けれど――炎は、いずれ燃え尽きますわ」
遠く、温室の方を振り返ったミアの瞳には、これまでにない警戒の色が宿っていた。