氷と炎の錯総
学院の昼下がり、回廊のあちこちで密やかな会話が交わされていた。
推薦会議から数日、次期副会長候補を巡って空気は明らかに変わっている。
「リヴィア様のほうが冷静で堅実だ」
「いや、やはりミア様でなければ華がない」
そうした囁きが、食堂、廊下、温室…学院の至る所で飛び交っていた。
リヴィアはそれを静かに聞き流しつつ、図書館の奥で数名の生徒と向き合っていた。
奨学生派の中でも特に理論派の者たち。
「協力していただければ、授業や演習の改革案を副会長選出の前に提示できます」
「実績を作る、というわけか」
「ええ。派手さはなくとも、確かな結果をお見せしますわ」
言葉は穏やかだが、視線は鋭い。
彼女は票を奪うのではなく、静かに相手の土台を削る戦法を選んでいた。
その頃、ミアは温室で取り巻きたちと茶を楽しんでいた。
「お姉様は真面目でいらっしゃるけれど……副会長は、人の心を動かせなければ務まりませんわ」
柔らかな笑顔でそう言いながら、彼女は取り巻きの一人に小さな封筒を渡す。
「お願い。これをエルネストに」
中身は、リヴィアに関する曖昧な不安を煽る手紙だった。内容は直接的な悪口ではなく、「魔力が制御できないのでは」という慎重論を匂わせるだけ。
それは露骨な中傷よりもずっと効果的に、じわじわと疑念を広げていく。
翌日、演習場での模擬戦の観客席では、ひそやかな賭けが行われていた。
「次期副会長、どっちに票が集まると思う?」
「今はミア様が優勢だけど、あの改革案が通れば……」
そんな中、リヴィアは奨学生派の仲間と共に、授業効率化の提案書を教師陣に提出した。
それは生徒会の仕事としても評価できるほど完成度が高く、教師たちの表情は明らかに変わっていた。
一方で、ミアの陣営も黙ってはいない。
数人の上級生が「副会長には学院の華やかさも必要」と公然と発言し、場の空気を華やかな方向へと誘導する。
学院内の空気は、まるで二つの季節が同時に押し寄せるかのように混ざり合っていた。
片方は、氷のように冷静で緻密な計算。
もう片方は、炎のように華やかで人心を掴む力。
夜、学院の尖塔の上。
リヴィアは冷たい風を受けながら、月明かりに照らされた校庭を見下ろしていた。
足音が近づき、レオンが現れる。
「動きは順調だな」
「ええ。ただ、次は……もっと明確なきっかけが必要ですわ」
「きっかけ?」
リヴィアは微笑み、遠く温室の灯りを見やった。
「妹の炎を、こちらの氷で覆う瞬間を作りますの」
その灯りの下では、ミアが取り巻きに囲まれながらも、ひとりだけ笑っていなかった。
翡翠色の瞳が鋭く光る。
「お姉様……本気でやるつもりなのね」
炎と氷、二つの力が、静かに学院全体を包み込み始めていた。