推薦会議
学院の講堂は、通常の授業とは違う熱気に包まれていた。
今日は次期生徒会役員選出のための推薦会議。学院では年に一度、学生たちの代表を決めるこの場が、派閥の力を誇示する最大の舞台となる。
貴族派と奨学生派の間に、張り詰めた空気が漂っていた。
「生徒会長候補として――ミア・ヴァルシュタイン様を推薦いたします!」
壇上で名が告げられた瞬間、会場に拍手と歓声が湧く。
ミアは立ち上がり、微笑みながら軽く会釈した。その姿は華やかで、まさに「学院の顔」にふさわしい。
だが、前列に座っていた数人の生徒は拍手のタイミングをわずかに遅らせた。
その中には、噂を耳にして以来、距離を置き始めた者たちも含まれている。
続いて奨学生派の推薦者が立ち上がる。
「副会長候補として――レオン・アーデル」
レオンが壇上に上がると、貴族派の一部からは小さなざわめきが起きた。
彼は淡々と挨拶を済ませ、視線をリヴィアへ向ける。その一瞬、リヴィアは何も表情を変えなかったが、膝の上で指先がゆっくりと動いた。
会議の終盤、予想外の声が上がった。
「……もう一人、副会長候補として推薦いたします。リヴィア・ヴァルシュタイン様を」
場内に波紋が走る。
ミアの取り巻きの一人が立ち上がり、「それは適切ではありませんわ」と声を上げたが、奨学生派の一部が「彼女には十分な資質がある」と反論する。
場がざわつく中、ミアは優雅に立ち上がった。
「皆様、推薦の光栄は理解いたしますが……お姉様はまだ、そのような公務に慣れておられません。無理をさせてはいけませんわ」
柔らかな声色。しかし、その一言が「不適格」という烙印を押すように響く。
リヴィアは静かに立ち上がり、全員に向かって一礼した。
「ご配慮、痛み入ります。ですが、もしわたくしを推薦してくださる方々がいるのであれば――その信頼にお応えする努力は惜しみません」
その声は落ち着いており、氷のような冷たさと透明さを併せ持っていた。
一瞬、空気が張り詰める。誰もが、これが単なる姉妹のやり取りではないと感じ取っていた。
会議は結局、正式な候補者を持ち越し、次週に再決定されることになった。
廊下を歩くリヴィアの背後で、あちこちから囁きが漏れる。
「リヴィア様、本気なのかしら」
「でも、副会長になれば……」
それは期待と好奇心、そして少しの恐れが混じった声だった。
その日の放課後、温室ではミアが取り巻きに囲まれていた。
「お姉様の件は、私に任せて。すぐに終わらせますわ」
その瞳には、炎の奥に冷たい計算が潜んでいる。
「……お姉様、本当に何をお考えで?」
一方、図書館ではリヴィアとレオンが地図を前にしていた。
「派閥が動き始めた。今なら勢力を切り崩せる」
「ええ。次は――妹の足元から、土を抜いて差し上げますわ」
月明かりの下、その言葉は氷の刃のように鋭く光った。