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白薔薇の檻  作者: 雨宮 巴
学園編
5/24

氷が撒いた静かな布石

学院の石畳は、昨夜の雨でまだしっとりと濡れていた。

朝の空気は冷たく澄み、吐く息が白く揺れる。

リヴィアは一人、人気のない裏庭を歩いていた。表通りは既に賑わい始めているが、この場所は生徒の足があまり向かない。


「来たな」

古びた温室の影から、レオンが姿を現した。

彼の手には封のされた羊皮紙がある。

「例の資料だ。学院の魔力測定記録、十年前のものだ」

「……わたくしの覚醒試験の記録も?」

レオンはうなずき、封を切って中身を広げた。そこには「魔力値測定不能」「魔法陣破損」と記された簡素な記録が残っていた。


「これは……」

「明らかに異常な数値が出たはずなのに、報告書は意図的に簡略化されている。誰かが隠した」

「隠したのは、恐らく……家族」

リヴィアの声は低く、冷え切っていた。


「これをどうするつもりだ?」

「まだ使いませんわ。今は証拠を揃える段階。けれど……この紙切れひとつで、わたくしを軽んじた者たちの土台は揺らぎます」


その瞳は静かだが、底に潜む野心は隠しきれない。

彼女はこの記録を直接武器にするつもりはなかった。

むしろ、この事実を必要な人物の耳にだけ落とし、時間をかけて腐食させる――そのための布石。


昼休み、学院の中庭はまたもミアを中心に人だかりができていた。

「この前の演習、本当にお見事でしたわ!」

「ミア様、今度の舞踏会もぜひご一緒に!」

笑顔と賛辞の嵐。ミアはまるで女王のようにそれを受け止めていた。

だが、その輪の外でリヴィアは静かに観察していた。


「……あなた、最近妙な噂を聞かない?」

ミアの取り巻きの一人が、別の生徒にそう囁いたのが耳に届く。

「何の噂?」

「ほら……十年前の覚醒試験、何か隠されてたとか…」

「まさか。そんなの、誰が信じるの?」

「でも、もし本当なら――」


リヴィアは視線を外し、微笑んだ。

自分の手は汚さず、言葉だけを置いていく。それはゆっくりと広がる冷気のように、確実に相手を包み込む。


夕方、学院の鐘が鳴る頃、ミアは温室で花の手入れをしていた。

そこに現れたのは、情報好きで知られる上級生だった。

「ミア様、失礼ながら……お姉様のこと、何かご存知で?」

「まあ、どういう意味かしら?」

問い返すその声は穏やかだが、指先は花弁を軽く千切っていた。

「いえ、ただ……昔の記録のことで」

ミアはしばらく黙り、そして柔らかく笑った。

「昔話に興味を持つのは結構ですけれど……お気をつけあそばせ。中には触れてはならない花もありますの」


その言葉は忠告か、脅しのように響いた。

だが、彼女の背後には、もう小さな波が広がり始めている。


リヴィアは夜、自室の机で新たな地図を広げた。

学院内の交友関係、情報の流れ、影響力のある生徒の名前――。

一本一本、細い線で結ばれたその図は、まるで蜘蛛の巣のようだった。

「次は……こちらから糸を引く番ですわ」


月光に照らされた銀の髪が揺れ、氷の檻の中にいた令嬢は、静かに外へと歩み出そうとしていた。

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