妹の裏の顔
学院の図書館の一角、窓から差し込む午後の光が、埃の粒を金色に照らしていた。
リヴィアは机に広げた古代魔術の写本を閉じ、長く息を吐く。昨日の模擬戦の余韻は、まだ学院内に残っていた。
廊下を通り過ぎる生徒たちは「ミア様の炎は圧巻だった」と口々に語り、その名は一日中、彼女の耳に届いていた。
だが、それと同時に――。
「やっぱり、あの氷の魔法は偶然よね」
「見た?全然派手じゃなかったじゃない」
「お姉様なのに可哀想…でもまあ、仕方ないわね」
聞こえぬふりをしてページを繰る。
だが、心の奥底で静かに積み上がる何かがある。氷のように硬く、そして冷たい意志。
机の向かいにレオンが座り、低く囁く。
「昨日の戦い方、あれで正解だった。派手さはなくとも、君の力を察した者はいる」
「察した者がいたとしても……それが脅威になるには、まだ足りませんわ」
「焦るな。舞台は作るものだ」
その言葉に、リヴィアは小さくうなずいた。
――その頃。
学院の温室では、ミアが取り巻きたちと談笑していた。色とりどりの花々が咲き乱れる中、彼女は笑顔を浮かべながらも、瞳だけは鋭く光っている。
「エルネスト、昨日はありがとう。あなたがあの場を支えてくれたおかげで、完璧な勝利でしたわ」
「光栄です、ミア様」
彼は恭しく頭を下げる。だが次の瞬間、ミアは声を潜め、彼の耳元で囁いた。
「……それで、例の噂、広まっていますの?」
「はい。『リヴィア様は魔力が不安定で危険』という話が、既に上級生の間で…」
「ふふ、それならしばらく放っておきましょう。いずれ彼女は自分の居場所を失うわ」
笑顔は崩さず、ミアは花弁を指先で弄ぶ。
その所作はあまりにも優雅で、残酷な意図が隠れていることなど、周囲の誰も気づかない。
夕刻、学院の廊下でリヴィアは小さなざわめきを耳にした。
「…危険?」
ほんの一言だったが、足を止めるには十分だった。
声の方を向けば、二人の女生徒がひそひそと囁き合っている。彼女の視線に気づくと、慌てて会釈して去っていった。
背後からレオンの声がした。
「どうやら、君に関する妙な話が広まり始めているな」
「ええ。…そして、その火元が誰かも、何となく見当はついていますわ」
リヴィアの瞳は細くなり、氷の底に小さな炎が灯った。
「妹には、相応しい舞台を用意して差し上げませんと」
その夜、リヴィアは窓辺に立ち、月を見上げた。
銀色の光が彼女の髪を照らし、部屋の中の影を深くする。
――妹ミアの笑顔が、頭の中に浮かんだ。
その裏に潜む毒を、必ず白日の下に晒す。
静かな誓いが、春の夜に凍てつくように広がっていった。