派閥の舞台
学院の大講堂は、朝の光を受けて金色に輝いていた。天井の高い空間に、魔法で増幅された教師の声が響く。
「本日より、貴族派と奨学生派を交えた合同演習を行う。模擬戦形式だ」
ざわめきが広がる。貴族派は伝統ある家柄を誇りに、奨学生派は実力で地位を勝ち取ろうと燃えている。この二つの派閥が直接競う機会は少なく、学生たちの期待と緊張が一気に高まった。
「代表者は各派二名ずつ――貴族派からは、ミア・ヴァルシュタイン、エルネスト・グラハム」
「奨学生派からは、レオン・アーデル、そして……リヴィア・ヴァルシュタイン」
その名が呼ばれた瞬間、空気がわずかに揺れた。「魔法の使えない公爵令嬢」が戦場に立つと聞いて、半ば好奇、半ば嘲笑の視線が彼女に注がれる。
「お姉様、大丈夫ですの?」
ミアは小声で問いかけ、唇の端をほんの僅かに吊り上げた。表情は心配を装っているが、その瞳には自分が勝つことへの確信が揺るぎなく宿っている。
「無理はなさらないで。わたくしが全部片付けて差し上げますから」
リヴィアは淡く微笑み返した。
「……それは頼もしいですわね」
準備区域に入り、レオンと並ぶ。
「緊張は?」
「していませんわ。……ただ、試すにはいい機会です」
レオンはうなずき、彼女の手元に小さな魔法具を渡した。
「昨日の制御式を応用しろ。君の魔力を恐れるな」
試合開始の合図が響き、四人が円形の演習場に足を踏み入れる。観客席には生徒たちのざわめきが渦巻き、その中央でミアは鮮やかな炎を纏った。
「――《紅蓮の舞》!」
炎の翼が広がり、観客から歓声が上がる。光と熱が圧倒的な存在感を示すその様は、まさに「学院の華」だった。
一方、リヴィアは静かに杖を構えた。その足元に広がったのは、薄氷のような魔力の膜。外から見ればただの防御の構えにしか見えない。だがレオンは、彼女の体内で膨大な力がうねりを上げているのを感じ取っていた。
ミアとエルネストが派手な攻撃を繰り出し、観客の視線を独占する中、リヴィアはゆっくりと後退する。だがそれは逃げではなく、冷静な間合いの調整。氷の膜が、地面を這うように広がり、相手の足元を覆った瞬間――。
「っ……!」
奨学生派の対戦相手だったはずのレオンですら、驚きに息を呑んだ。氷は僅か一瞬で結界の形を取り、観客席の空気が変わる。だがリヴィアは魔力を解放しきらず、あえて制御を保ったまま動きを止めた。まるで「これがわたくしの全力ではありません」と告げるかのように。
結局、この模擬戦はミアの華やかな勝利で幕を閉じた。観客は炎の舞に酔いしれ、リヴィアの存在は脇役として処理された。けれどレオンだけは、試合後に彼女へ小さく囁いた。
「……君、本気を出す気はなかったな」
「舞台は、まだ整っておりませんもの」
リヴィアの蒼い瞳が、遠く学院の尖塔を見上げた。その視線は氷のように冷たく、同時に燃えるような野心を秘めていた。