王都を覆う影
戴冠式から数日、華やかな祝賀の余韻は王都の大通りに残っていた。だがその裏で、人々の囁きは次第に不穏さを帯び始める。
市井では盗賊団の跳梁が報告され、貴族の屋敷からは宝飾品が忽然と消えた。さらに奇妙なことに、盗賊の残した刻印には必ず「黒き蓮」の花が描かれていた。王国史を知る者であれば、それがかつて滅びたはずの秘密結社の象徴であると気づく。
リヴィアは窓辺に立ち、夜の王都を見下ろす。遠くに灯る篝火の光。その背後に、確かに“誰か”の気配が潜んでいた。
「……仕組まれておりますわね。盗賊団も、密偵の暗躍も、すべては“黒蓮”の残党が糸を引いている」
彼女は己の情報網を駆使し、盗まれた物資の行方を追わせた。地図の上に浮かび上がった線は、王都の地下――古の下水路に張り巡らされた隠れ家へと続いている。報告を持ち帰った密偵は、唇を震わせながら告げた。
「お嬢様……黒蓮の者どもは、ただの盗賊ではございません。彼らは“王家を覆す”と……口々に……」
一方で、ミアはまったく別の場所にいた。王城の外、民衆の市場に身を紛れ込ませ、子どもたちや商人たちと笑顔を交わしていた。
「ねえ、最近ご飯が減ってるって本当?」
「そうさ、税が増えたのに王都じゃ祭りばかり。俺たちの暮らしなんか誰も見ちゃいない」
怒りと不満を抱えた民の声を、ミアは一つひとつ胸に刻んでいく。やがて彼女は耳にした。
「黒き蓮がまた動いてるんだろ。あいつらが王を倒せば、この苦しみも終わるかもしれない」
――民の中にすら、黒蓮の囁きは入り込んでいた。
夜、二人は再び顔を合わせた。
「リヴィア……王都の人たちが困ってる。お腹を空かせて、未来に怯えてるの」
「分かっておりますわ、ミア。ですが彼らを操っている者がいる。民の声すら利用する卑劣な者が……。それが“黒蓮”です」
王都を覆う影は、戴冠式の栄華を嘲笑うかのように濃さを増していた。だが、氷の姉と炎の妹――二人の道は、同じ結末へと重なろうとしていた。




