姉妹の立場
戴冠式を終えた王都は、なおも祝賀の喧騒に包まれていた。だが宮廷の奥では、早くも権力をめぐる駆け引きが始まっている。新王の即位は、諸派閥にとって新たな均衡を作り直す好機。そこで注目を集め始めたのが――ヴァルシュタイン家の姉妹だった。
「冷徹に物事を見抜く氷の令嬢」リヴィア。
「人々の心を惹きつける希望の光」ミア。
二人の存在は宮廷で対照的な評価を得ていた。王妃派の侍女たちはミアの愛嬌を「新しい時代の象徴」と持ち上げ、宰相派の官僚たちはリヴィアの洞察を「冷酷無比な策士」と評した。誰もが姉妹を利用しようと動き始め、彼女たちの周りには言葉にできぬ圧が渦巻いていく。
ある夜、王城で盛大な晩餐会が催された。煌びやかなシャンデリアの下、銀食器に並ぶ豪華な料理。笑い声が絶えぬはずの場で、リヴィアは微かな違和感を感じ取っていた。
「ミア、そちらの杯を口にしてはなりませんわ」
「え? でもせっかく勧められたのに……」
リヴィアは迷わず妹の手から杯を取り上げると、白い手袋の指先でそっと縁をなぞった。わずかに残る薬臭。人を一時的に昏倒させる穏やかな毒――痕跡を知るのは訓練を積んだ者のみ。
「まぁ……これが宮廷というものですのね」
「……っ、そんな。わたし、ただ笑っていただけなのに」
ミアの瞳に揺らぐ恐怖を、リヴィアは真っ直ぐに見返した。
「だからこそ守らねばなりませんの。あなたの光は多くを惹きつけます。けれど、光は闇を呼ぶのです」
その言葉に、ミアは唇を噛みしめる。自分の笑顔が、知らぬうちに姉を苦しい立場へ追い込んでいたのではないか――そんな不安が胸を締め付けた。
晩餐会の終盤、宮廷楽団の旋律が響く中で、二人は小さく手を取り合った。互いに傷つけ合うのではなく、互いを守り合うために――。
「リヴィア……わたし、もっと強くなるね」
「ええ、ミア。わたくしたち姉妹は、共に在る限り負けませんわ」
夜会の陰に仕掛けられた小さな罠は、二人の絆をより強く結び直すきっかけとなった。




