氷の檻に閉ざされた令嬢
主な登場人物
・リヴィア・ヴァルシュタイン
公爵家の長女。周囲から冷遇されて育つが、実は膨大な氷の魔力と冷徹な洞察力を持つ。
・ミア・ヴァルシュタイン
公爵家の次女。天真爛漫で愛らしく、炎の魔力を示し始める。社交界では「炎の令嬢」と呼ばれ、情熱の象徴として人々に慕われる。
・レオン
平民出身の少年。学園で偶然出会い、姉妹と親しくなる。
身分の差を意に介さない率直さと行動力で、二人にとって心強い味方となる。
・ヴァルシュタイン公爵夫妻
名門の威光を守ることに固執する。長女リヴィアをあえて凡庸に見せ、遠ざける理由を秘めている。
王立魔術学院の中庭は、春の陽光を受けて柔らかく輝いていた。
白い石造りの回廊には蔦が絡み、噴水の水音が涼やかに響く。授業と授業の合間のわずかな休憩時間、ここは生徒たちの憩いの場となる。
その中心に、ひときわ人目を集める少女がいた。
金糸のように輝く髪が陽光を反射し、翡翠色の瞳が微笑むたび、周囲の空気まで明るくなるようだった。
ミア・ヴァルシュタイン――貴族子女の中でも特に注目される存在。
「ミア様、先日の火属性実技、本当に見事でした!」
「先生も『あれほどの炎は学院史上でも稀だ』と仰っていましたわ」
「今日の髪飾りもお似合いですわね」
次から次へと飛び交う賛辞。
ミアは小首をかしげて微笑み、相手の名前を忘れず呼びかけ、社交辞令とは思えぬほど自然に相槌を返す。その仕草ひとつひとつが周囲の心を掴んで離さない。
彼女の周りには常に数人の友人や取り巻きがいて、笑い声と会話が絶えなかった。
「お姉様もご一緒にいかが?」
遠くから眺めていたリヴィアに、ミアはふと声をかけた。
だが、その声音は温かく響きながらも、ほんのわずかに「場違い」を匂わせる響きを帯びていた。
ミアの背後に立つ友人たちは一瞬視線を交わし、やや引きつった笑みを浮かべる。
「……結構ですわ。読まねばならぬ本がありますので」
リヴィアは静かに答え、図書館へ向けて歩みを進める。背後で再び笑い声が上がるのが聞こえたが、振り返りはしなかった。
重厚な扉を押し開け、ひんやりとした空気に包まれると、外の喧騒は嘘のように遠のいた。
分厚い魔術書が並ぶ棚の影に、ひとりの青年が立っていた。
「また来たな、リヴィア」
レオン・アーデルが手にしていた古びた巻物を閉じ、静かに微笑む。
「顔色がよくない。……外は騒がしかったか?」
「ええ。……妹が、また人だかりを作っていましたわ」
そう告げる声は淡々としていたが、その奥底には言葉にできぬ感情が渦巻いていた。
羨望か、憧れか、それとも――。
「気にするな。君には君の舞台がある」
レオンはそう言いながら机の上に一枚の羊皮紙を広げた。そこには複雑な魔法陣が描かれている。
「これは君の魔力を安全に解放するための新しい制御式だ。今日から試してみよう」
リヴィアは深く息を吸い込み、椅子に腰を下ろす。
指先を魔法陣に触れた瞬間、胸の奥に眠っていた膨大な力が、わずかな解放の兆しを見せた。青白い光が彼女の周囲を淡く包み、空気が微かに震える。
「……っ」
その光はまだ不安定で、すぐに消えた。だが、レオンの瞳には明確な光が宿っていた。
「やはり……君は、誰よりも強い」
静かに告げられた言葉が、リヴィアの胸にじんわりと広がる。
外で妹が愛され、称えられている現実は変わらない。けれど、この場所には、自分を真っ直ぐに見てくれる人がいる。
その事実が、氷の檻の中に差し込む最初の陽光だった。