ヒューゲルト皇子の横槍(多分無理)
王城では、ハルヴィア公爵とカインの働きによって速やかに手続きが進められた。
眠りに就いていた文官達も叩き起こされ、王にも報告が行く。
報告を受けた国王はとても複雑だった。
「そ、そうか。であれば、王宮騎士も何人か連れて行くと良いだろう」
「は。陛下の御英断に必ずや皇帝、皇后両陛下も感謝をするでしょう」
恭しく頭を下げるハルヴィア公爵とラウレンツ・アルタウス侯爵に国王は満足げに頷いた。
だが、内心はとても複雑だった。
皇后はとても怖い。
けれど、リリアヴェルの功績を見れば見る程、手放し難いのも事実だ。
帝国と王国の架け橋としてはこれ以上ない働きをしているし、両国の経済や結びつきを見ても、残念な自分の息子に嫁がせるよりは……とも思う。
そのヨシュアにもハルヴィア公爵家を通して、優秀な新しい嫁が来ることが決まっているのだから。
だが、複雑な気持ちはもう少し別のところにあった。
何せ今、もう一つの大国の皇子が美味い話を持って来ているのだ。
はっきり言えば、浪漫である。
夢見るくらいはいいだろうと思うのだが、その夢の内容を知られたら皇后は鋭い牙を剥くだろう。
それを考えるだけで恐ろしい……のである。
出来れば隠しておきたかった。
しかも、この時機である。
「陛下、何かありましたか」
悠然と、笑みを湛え乍ら現れたのは。
ゲルガン帝国の皇子、ヒューゲルトである。
何かを察したハルヴィア公爵が、半眼で国王を睨み付け、ラウレンツは冷たい刃のような眼でヒューゲルトを見遣った。
「これはこれは、奇遇ですな、ヒューゲルト殿下」
いち早く態勢を整えたのはハルヴィア公爵だった。
にこやかな笑みさえ浮かべて、ヒューゲルトに正式な挨拶をする。
続けてラウレンツも頭を下げた。
所作は完璧だが、あまりの都合悪さに関与を疑っている事を暗に示したハルヴィア公に、国王はびくりと肩を跳ねさせる。
勿論、国王は小心なので関与はしていない。
が、何か話を聞いていたのではないかとハルヴィア公は国王にも疑いの目を向けた。
顔を伏せたまま横目に見られて、国王はハルヴィア公の眼力の鋭さにブルっている。
何もしていない、とは言い難いけれど、一応まだ何もしていない。
国王はヒューゲルト皇子の手前、言い訳する事も出来ないまま事態を見守っていた。
そのヒューゲルトは、鷹揚に片手を上げて笑みを含んだ声を発する。
「挨拶は良い。どうしても、貴公の掌中の珠であるリリアヴェル嬢に一目会いたくてな。息災にしておられるか?」
ゆっくりと顔を上げたハルヴィア公は、意図を図りかねてヒューゲルトに微笑みを貼り付けたままで応える。
「はい。毎日花嫁修業に勤しんでおります。もう結婚まで間がありませんからな」
「大変、優秀な令嬢だと聞き及んでいる。見た目も可憐にして魅惑的、あのような素晴らしい女性に会ったのは生まれて初めてだ」
「お褒めに預かり恐縮です。が、既に素晴らしい婚約者が居る身なれば、過度の誉め言葉はいらぬ誤解を生むやもしれません」
二人の応酬を見ていたラウレンツが眉を顰める。
どう考えても、ヒューゲルトはメグレンとリリアヴェルの結婚に横槍を入れに来たのだと、それを隠す気もないのだと分かったからだ。
だとすれば、やはり、メグレンの失踪に何らかの形で関わっている。
窘めるハルヴィア公に、ヒューゲルトは獰猛な笑みを浮かべた。
「誤解して頂いても構わん。大事なのはご息女の気持ち、であろう?」
そう言われて、ハルヴィア公は化かし合いの会話から撤退してもいいな、と思い始めた。
だって、あの暴走娘が脇目を振る筈が全くないのだから。
同じく、睨まないよう気を付けていたラウレンツも、すん、と表情が抜け落ちた。
「そうですな。大切な娘の気持ちは何より大事にしたいと、そう思っております」
「であれば、是非二人で話をさせて頂きたい」
「婚約者が居る身ですので、完全に二人というのは憚られます。リリアヴェルがその申し出を受け入れ、兄のカイン同席の下でなら」
「では、そのように」
無理だろう、と思うのが近くでメグレンとリリアヴェルの熱愛を見て来た人間の総意だが、ヒューゲルトは自信満々に頷いた。
無理ですよ……




