お兄様、ヨシュア王子に脳内お花畑と言われましたわ!
「リリアヴェル・リル・ハルヴィア嬢、君に問いたい事があるっ!」
大勢がひしめき合う食堂に、ヨシュア王子の声が響いた。
右手を前に突き出して、掌を向ける姿は、キメ体勢の一つだろうが、今はもう歓声が上がる事は無い。
それよりも、決闘で負けたのに約束をやぶってない?と皆がひそひそと囁き合っている。
メグレン殿下の要求はただ一つ「リリアヴェルに話しかけるな」だったはずで、それは皆にも分かっていた。
ヨシュアは大袈裟に咳払いをして、更に言い募った。
「これは私個人ではなく、王子として公爵令嬢に問いたい事であって、個人的な内容ではない」
こじつけか!?
皆はあまりの屁理屈に、眉を顰めた。
が、大勢の友人に囲まれて昼食を楽しんでいたリリアヴェルがスッと立ち上がって、美しい淑女の礼を執る。
「拝聴いたします」
ヨシュアは顔だけ見れば、理想の王子である。
帝国の皇太子であるメグレンに一撃で負けて地面に転がろうとも、あれは何かの間違いだったのでは?と思いたくなるほどには凛々しい美形なのだ。
そこまでに至る酷い行いの結果、そう思う令嬢は残念ながらいなかったが。
「君は恋に狂って脳内が花畑なのかもしれんが、王子妃教育を受けて来た公爵令嬢の君が他国へ嫁ぐことなど、この国に対する背信行為でしかない!貴族全てに言える事だが、君も此処にいる者達も、全て我が国によって育まれたものである。おいそれと他国に渡して良いものではない!」
王子にしてはまともな言い分に、皆は一瞬考え込んだ。
リリアヴェルの方を見れば、こてん、と首を傾げている。
「殿下、もしかして最近ディアブル侯爵とお話されたか、愛国主義の御本でも読まれまして?」
僅かにヨシュア王子の手が震えた。
そして、顔には凛々しい表情ではなく笑顔が貼り付いている。
「……何の事かな?」
「恐れながら申し上げますと、確かにわたくしはメグレン皇太子殿下という、今世紀最高の殿方に愛を捧げております。ゆえに!!脳の中にお花畑が出来上がっていたとしても、それは致し方の無い事ですし、認めます」
認めちゃった!
拍手したいくらい潔い言葉に、乙女達は頬を赤くするが、男性達は少し考えている。
「それに殿下の仰る事は一部、正しゅうございますが、訂正させて頂きます。わたくしは国に育まれたのではありません。その根幹は民でございます、殿下。日々の暮らしを大切にし、我々に税金だけでなく、衣食住に於いて全てを賄い、労働すらも捧げてくれる民達に生かされているのです」
「民も国も変わらないだろう」
僅かにヨシュアがたじろぐが、余裕の笑みは絶やさない。
だが、リリアヴェルははっきりと首を左右に振った。
「いいえ、違います。国は民から成り、作られるものではありますが、国を動かしているのは我々貴族でございます。さて、その民が望んでいるものは何だかお分かりになりまして?」
「そんなもの、金が欲しいとか物が欲しいとか良い暮らしがしたいとか、そういうものだろう?」
「確かにそれは望みとして御座いますが、根本は違います。民が望むのは平和。平穏な生活です。国が安寧である事なのです。それで、殿下の仰る事ですが、まさか、わたくしが嫁ぐと決めた帝国を敵国と認識されてのお言葉でしょうか?」
今まで口答えしてこなかったリリアヴェルの鋭い問いに、ヨシュアは挙げていた手を下ろした。
そして、相変わらず微笑みだけは貼り付けたままで言う。
「いや、敵などとは言っていない」
「であれば、何故、背信などと仰るのです?わたくしは常にこの国の為に尽くして参りました。民に背を向けたことなど一度たりともございません。それは殿下が一番良くお分かりの筈では?」
恋したから全てを譲ってきたわけではない、と暗に言われてヨシュアも思い出した。
常々リリアヴェルは、国民の為にその方が良い、と答えていた事を。
「だが、我が王家の教育を受けた者が軽々に他国に渡る事は許されないのだ。死を賜る事もあるのだぞ?」
「ちょっと待って」
背後から現れて、二人の会話に割って入ったのはレミシアだった。
自分の国だけが大事、という考え方はいずれ争いを生んだり軋轢でうまくいかないと思っています。あちこちで常に戦が起こっている状態でもなければ。
これは世界観にもよるので一つの概念ですが、政治の世界では特に白黒つけられない問題もあるんですよね。
リリアヴェルはメグレンへの愛はアホの子のようですが、民の事を考える姿勢はずっと一貫してます。
最近、サキイカが好きです。美味しい。




