妹よ、君は目を離すとすぐ暴走するね
王城での仕事に加えて、レミシアのダンスの練習の相手や、現状の政務についての簡単な勉強などを教えたりしていて、カインは最近忙しくしていた。
妹のリリアヴェルとは晩餐で会っていたし、家令からも予定の報告は受けていたが、メグレンが毎日足繫く通っているのだし、とうっかり放置していたのだ。
今日は早めに仕事を切り上げる事が出来て、リリアヴェルの部屋でお茶でもという事になっていたので、何の心構えも無く部屋に足を踏み入れたのである。
だが、カインは久しぶりにリリアヴェルの部屋に入って驚愕した。
そこにはびっしりとメグレンがいたのだ。
正確には様々な衣装に体勢のメグレンの肖像画が壁にびっしりと飾られていた。
なにこのメグレン美術館。
呆然と見回す兄に気づいたのか、リリアヴェルがうふふ、と照れ臭そうに笑った。
「気づいてしまわれましたか~」
「いや、これ気づかない人いないよね?」
床と天井には無いが、壁はもうほぼすべてメグレンだらけなのである。
だが、部屋をぐるりと見回すと、一角だけ妙に寂しい場所があった。
壁紙が見えるのが逆に興味を引いて尋ねる。
「あの辺りの絵はこれから届くのかい?」
怖いもの見たさという感覚で問いかければ、リリアヴェルは残念そうに首を横に振った。
そして、頬をぽっと染める。
「あの辺りはお着替え領域ですの。流石に婚約者とはいえ、メグレン様に見つめられていては服を脱ぎ辛いですし、肌を晒すなんてはしたない事ですわ」
両頬に手を当ててくねくねと身体を震わすが。
肖像画だぞ。
半眼になるカインを見て、リリアヴェルははっとして言い返す。
「勿論、ただの絵だと分かっておりましてよ。いえ、メグレン様の絵であるならば全てが国宝と言ってもおかしくはありませんけれど…」
「いや、おかしいからね?」
「わたくしにとっては国宝以上ですの!でも、全てを飾りきる事が出来なくて、ですから、こう、天蓋の天井部分に飾って、寝る直前と起きて真っ先にメグレン様のお姿を拝見できるようにしようかと迷っておりまして」
絵だぞ。
再度思うが、もうこれ以上この場にメグレンを増やさなくてもいいだろう、とカインは眉根を寄せた。
「それはほら、リリ。君の寝姿をメグレン(の絵)に見せる事になるけれど、大丈夫なのか?」
「そっ、それは!……大丈夫じゃありませんわ。でも、でも……寝る前も寝てからもメグレン様と触れ合っていたいのに、どうすれば………ハッ!」
やばい餌を投げ与えてしまった事をカインは後悔した。
リリアヴェルという娘は、対策を次から次へと思いつく天才なのである。
しかも、メグレンという愛する婚約者の為には斜め上にだって飛ぶのだ。
「ああ、どうしましょう……明日から忙しいですわ……!」
暴走が始まってしまった。
だが、まあ。
無駄に王子の為に働かされるよりは、自分と愛する相手の為に走り回る方が妹も幸せだろう、とカインは苦笑する。
それが、一大流行となるのは、まだ先の事であった。
明日から忙しくなるといいつつ、リリアヴェルは紙にさらさらと何ごとかを書きつけて、護衛ではない方の侍女へと渡す。
「今すぐ急ぎで生地見本を全て持ってきて頂きたいの。他に欲しい物はここに書いてありますわ。生地見本は今日中に届けば明日注文致しますと伝えてね」
「畏まりました」
手芸か裁縫、ならば酷い事にはならないだろう、とカインは用意されていた茶の席に着いた。
すぐに温かい紅茶が目の前に置かれる。
飲み始めるころには、リリアヴェルも侍女を見送って席に着いた。
「お兄様のお陰でとても良い事を思いつきましたの!メグレン様に差し上げる婚約記念の贈物にもぴったりかと思いますわ」
「そうか。それなら良かった」
何を贈るのか分からないけれど、手作りの何かなのだから、変な物ではないはずだ。
多分。
どうやら何か閃いてしまった様子。そうです、あれです。




