お兄様、わたくしに宝物が増えますのよ!
庭にいそいそと出て来たリリアヴェルを見て、メグレンは何時ものように優しい眼差しで迎えた。
そんなメグレンを見て、リリアヴェルもまたうっとりと蕩ける笑顔を浮かべる。
「ヴェリー、どうだい?新しい義姉君は」
「はい、メグレン様。とても頑張り屋さんだと思います。…無理はしないでほしいのですけれど、ダンスもお兄様がお相手をしていて、筋は悪くないと仰っていました。お母様も淑女教育は順調だと」
「そうか。しかし、相手が彼では彼女も大変だな」
少し目を伏せて物憂げな表情を見せるメグレンに、場違いにもリリアヴェルの心臓は小鹿のように跳ね捲った。
だが、大事な話である。
表情筋を引き締めると、心の中で自分を引っぱたいてレミシアの事に意識を向ける。
「もしも、無理を強いてしまっているなら申し訳ないのですが、折を見てお気持ちの確認だけは致します。例えそれがヨシュア王子を見限る様なものであっても、わたくしは応援したいと思いますわ!」
「うん、そうだね。彼女は俺達を結びつけてくれた人の一人だ」
「そうでございますね。……他にもいらっしゃいましたっけ?」
結び付けてくれた人の一人、と言われてリリアヴェルは本気ですっかりその存在を忘れていた。
ふは、と少年のような明るい笑顔を振りまいてメグレンが笑うと、心の中で頬を腫らしたリリアヴェルが勢いよく戻って来たのである。
キラキラのオーラが眩しくて、思わずリリアヴェルは祈りの姿勢になった。
「もう一人いるじゃないか、君の兄上が」
「あ!……そ、そうでした……っっ!」
またお兄様に遠い目をさせてしまいますわ!
これは、二度と忘れぬように、敷石様の後ろにお兄様とお義姉様の小さな彫像を飾るべきですわね!
……え?
彫像……?
何ごとかを考えていたと思ったリリアヴェルが、さっと顔を上げて真剣な目でメグレンを見つめる。
その目はすっかり据わっていた。
「な、何だろうか?」
滅多な事ではうろたえたりはしないのだが、リリアヴェルは突拍子の無い事を言い出すのである。
熟練の経験者になりつつあるメグレンは察した。
本能的に、何かやべー事を言い出すと。
「あの……折角ですので、婚約祝いに頂戴したいものがございまして……」
頬を赤らめてもじもじし始めたが、油断せずにメグレンは頷いた。
「用意出来るものなら、喜んで進呈しよう」
「でしたら!メグレン様の彫像が欲しいのです!等身大の……も、勿論あの、衣服は纏っている物で大丈夫です!」
後半は手をまっすぐ伸ばして左右に掌を振りながら、真っ赤な顔で否定しているが、彫像。
彫像……!?
メグレンは暫し考えた。
「ああ、うん……でもここは、君のご実家の庭だし……俺が立っているのはおかしいのではないだろうか」
「その点なら大丈夫ですわ!わたくしのお部屋に大事に飾らせて頂きますからっ!」
にこにこと無邪気に言われてしまって、二の句が継げない。
部屋に、婚約者の彫像を飾る淑女なんて、この世の何処を探してもきっとリリアヴェルしかいないだろう。
でも、既に用意出来るのならと言ってしまっていた。
完全に失言だが、彼女の嬉しそうな笑みを前に断る言葉も見つからない。
「そ、そうか。分かった……だが、彫像とは大変重い物だからな……部屋の床が抜けてしまっては大変だ」
「はい!その点は問題ありませんわ!置く場所を予め決めて置きまして、床もきちんと補強いたします!!」
無駄に有能なのである。
朝飯前とばかりに、リリアヴェルは胸に手を当てて誇らしげに答えた。
そして、例の如くさらさらと、侍女から受け取った紙にペンで文字を綴っていく。
「これが、王都で活躍している彫刻師の目録です!大理石で作って頂きたいので、評判の良い石屋も書き添えました!」
メグレンの苦悩を他所に、こうしてまた一つリリアヴェルの宝物が増えたのである。
カインお兄ちゃん驚愕のおねだり。リリアヴェルの部屋が令嬢としてヤバい事になっていくのです。




