お義姉様、こちらが資料でございます!
リリアヴェルが一番最初にレミシアに教えたのは「お部屋規則」である。
力の抜き方を知らなければ、頑張り過ぎて力尽きてしまう。
勿論、甘い物を食べるのも淑女の力となるので、それも教えた。
「外国語は後回しで構いません。正式な外交はまだ陛下と妃殿下がなさることですから、まずは礼儀作法に注力しましょう。そして、覚えるべきは貴族達の名前と領地についてです」
「分かったわ。覚えやすい方法はある?」
「わたくしのお勧めは特産品ですわね!お菓子と関連付けて覚えたものです。こちらがわたくしが作成した領地指南書ですわ」
長年書き溜めた知識の書を、どすんとリリアヴェルは机の上に置いた。
この書を作るのは、大変時間がかかっている。
何せ各領地に家人を遣わして、実際に調べて来た知識を元に作り上げたのだから。
その後は定期的に、現地で領主に仕える家令などに冠婚葬祭など変わった事があれば、教えて貰っている。
対価は勿論払っているし、仕えるべき主人が優遇されるのは家人としても嬉しいものであった。
「分厚っ……分かった、これ、用意する方が大変だよね。ありがとうリリ」
「いいえ、良いのです!めが……お義姉様!」
女神と言いかけると、レミシアに睨まれるので、リリアヴェルは慌てて言い直す。
「貴族名鑑もこちらにご用意いたしましたので、まずは、この二つから攻めましょう!」
「分かったわ。頑張る」
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれていたが、リリアヴェルがそわっとするのを見て、レミシアは笑った。
「行ってきなさいよ。勉強は私一人で出来るものだもの」
「あ、っはい!では、お言葉に甘えまして!」
嬉しそうに飛び上がって、リリアヴェルはそそくさと部屋を後にした。
あれだけメグレンメグレンと追いかけているのに、自分の為に時間を割いてくれていたのだ。
窓から見渡せる庭の一角で、二人が楽しそうにお茶を囲んでいる。
羨ましいけれど、レミシアにはもう縁遠い風景だ。
子爵家の家族は、貴族らしい美しい見た目をしているが、平凡という言葉が良く似合う。
王都から遠くない場所に小さな領地があり、目立った特産もないので王都に送る農作物や果実を育てていた。
王妃になる予定だと知らされて、真っ先にされたのは心配。
でも、物語の様な展開に嬉しそうではあった。
だからもう、ヨシュアに愛想が尽きたとは言い出せなかったのもある。
それに放り出して逃げるのは、負けた気がするのだ。
「足りないけど仕方ない」
「出来ないなら仕方ない」
出来てないのはお前だろうが!と横っ面を張りたくなる相手に下される上から目線の審判に、抗いたくなった。
アレの始末をどうするのかはその後でいい。
今の自分ではリリアヴェルの足元にすら遠く及ばないのだから。
動機は不純ではあるが、自分を高めるのに良いも悪いもない。
まずはやるのみ、とレミシアは机に噛り付いて猛勉強を始めた。
「……さま、お義姉様…」
肩に手を置かれて、やっと窓の外が暗くなっているのに気づいたレミシアが顔を上げた。
「随分集中されておいででしたけど、休憩もちゃんと取ってくださいませね」
「ええ、ありがとう。でももう晩餐の時間ね」
「はい。わたくしも部屋に戻って準備をして参ります。どうか、ご無理をされませんよう」
美しい淑女の礼を執って、リリアヴェルが部屋を後にする。
息をするように自然に、あの所作が出来るようにならなければいけない。
でも、城にいる間、あんな風に誰かに気遣われた事は無かった。
頑張っても報われないと、泣きたくなったけれど。
今はこれといった成果がなくとも、気遣って貰えるという幸せに、レミシアの心がじわりと温かくなった。
ずっと足りない足りないって言われるし、リリアヴェルと比較されるし、うっせーわ!!って頑張ってたけど、執務優先、結局勉強に集中できない環境でした。これからレミシアの怒涛の成長期間。




