怒れる皇后と、待ち遠しい昼休み
「よもや、其方如きに足止めを食らわされるとはな……」
じっとりと上から見下ろされて、国王は女王陛下ならぬ皇后の足元に座らされていた。
「いえ、従姉上、書類はきちんと此方に…」
机の上に載せられている書類を手にしながら、獲物をいたぶる猫の様に皇后は目を細めた。
元々は母親が姉妹なので、幼い頃は従姉弟として親しく過ごしていた仲なのである。
その頃から頭の上がらない年上の強い令嬢であったが、皇后にまで上り詰めるとは思ってもみなかった。
国同士の力関係もそうだが、個人的な力関係でも軍配は彼女に上がっている。
冷たい視線を国王から外さぬまま、皇后は手にした書類をメグレンへと差し出した。
「何故すぐに署名しなかったのか、じっくり其方の意見を訊いてやろう。さあ、メグレン。お前はこの書状を持ち、この馬鹿者の息子を分からせてきなさい」
「承知いたしました、母上」
王の執務室は最早、女王の仕置き部屋の体を成してきている。
同道した公爵は目でカインに行けと合図し、カインもメグレンに続いて部屋を後にした。
その頃学園では、いつも通りリリアヴェルは頬を薔薇色に染めて、幸せそうに過ごしている。
いつもと違うのは、ヨシュアとレミシアにリリアヴェルから話しかけた事だろう。
「お二人に、紹介したい方がいらっしゃるのです。お昼のお時間を少々頂戴できましょうか?」
「ああ、構わないよ。いいかな?レミシア」
「はぁ……わたくしは構いませんが」
また恋に落とせば良いと思っていたヨシュアも丁度いいとばかりにいつものキメ顔で即答し、隣のレミシアは少し元気が無い様子で答えた。
あら?
レミシア様の肌艶が宜しくないような……?
気になりはしたが、今日はとりあえずやらなくてはならない事がある。
リリアヴェルは二人の返事にこくん、と大きく頷いて付け加えた。
「では、食事を終えました辺りで、使用人を呼びに参らせます。では、またお昼に!」
うきうきと足取り軽く、リリアヴェルは教室へと向かった。
今日は!何と!愛するメグレン様が学園に訪問する日!!
そう兄から聞かされていたリリアヴェルは、雲の上を歩くようなふわふわ加減である。
「お兄様!わたくしの制服姿、何処かおかしくありませんこと?」
「いや、制服だからね……」
と何度か繰り返した後に、王城で二人の婚約の書状を受け取った後でメグレンと共に学園に行くので、王子を呼び出しておくようにと何度も念押しをされた。
話は聞いているのだが、リリアヴェルの優先順位はメグレンに素敵な制服姿を見せる事が第一位なのである。
それに、話の通じないヨシュア王子も、メグレン様の雄姿を拝見すれば納得なさるでしょう、と盲目的に信じていた。
婚約の書状もあれば、言う事は無い。
早速、学友達にも『素敵なメグレン様が学園にいらっしゃる』事を事細かに、幸せそうに吹聴する。
軒並み反応は上々だ。
こんなにお昼時間が待ち遠しいのは、リリアヴェルにとって初体験である。
授業中も、教科書の間に挟んだメグレンの絵姿を見てはニマニマして過ごしていた。
初めて晩餐会に招いた時はもう、メグレンの食事をする姿がご馳走だったので、目の前のご馳走はあまり喉を通らなかったリリアヴェルも、今は目でご馳走を頂きつつもきちんと食事が出来るように進化している。
今日のお昼の食事は、メグレンの為に特別に公爵邸で作らせた物で、お昼に合わせて運ばれてくる予定だ。
急な話でなければ、リリアヴェルも手ずから食後の甘味でも一品手作りしてあげたかったのだが、朝は制服姿の自分をよりよく見せる事に苦心して鏡の前から動けなかったので仕方がない。
髪型も派手過ぎず、それでいて制服に合っていて、可愛らしい物が良いという無理を髪結い担当の小間使いにお願いした。
過去最高でなくとも良いのです!
メグレン様にさえお気に召して頂ければ……!
祈るような気持ちと、早く会いたい気持ちでリリアヴェルの小さな心は休まる事がなかったのである。
国王の母は王国の貴族令嬢、その姉が帝国貴族へ嫁いで生まれたのが皇后。本筋と関係ないので名前までは決めてません。小さい頃は行き来があり、昔から小賢しいところがあった国王を容赦なく……お仕置き内容は後日。




