皇太子と兄の企みと、脅える国王
審判の様に二人を引き離して、離れようとしないリリアヴェルをようやっと部屋に追い込んで、カインは改めてメグレンに今日知ったばかりの驚きの事実を話して聞かせた。
「何という屑男だ……よく今までヴェリーは無事でいてくれたな……」
「まあ、あの頃から生命力だけは強そうだったけど、僥倖ではあったよ」
リリアヴェルは見た目の可憐さとは違い、無人島に島流しにしても根性で海を泳ぎ切りそうな強さは確かにあった。
だがそれは、屑男が屑な真似をして良いという免罪符にはならない。
既に、メグレンは怒りと負のどす黒いオーラを背負っている。
「明日、昼前に、私も母上と城へ赴き抗議しよう。そして、その場で必ず署名をさせてやる」
「私も両親と共に同道する。晴れて婚約者となって、堂々と見せびらかしてくるといい」
「分かった。そうしよう」
メグレンは立ち上がりながら、冷たい目でカインに問いかけた。
「だが、それだけで済ます訳にはいかない。協力してくれるな?」
「話にもよるが、妹の為になるなら」
***
朝一番に連絡を受けた国王の顔色は悪い。
とうとう皇后が乗り込んでくる事態になってしまった。
元々非公式の訪問なのでお構いなく、と大使館に併設されている屋敷に引っ込んでいたので、王宮での持て成しはしていない。
息子のヨシュアは見目麗しく優秀で、正妃となる予定だったリリアヴェルもこの上なく良い婚約者だった。
控えめで善良、優秀にして従順と、王の配偶者として理想の令嬢だ。
王妃の命を救った際も、ヨシュアの手柄にする事に特に異存は無いとにこにこしていた。
なのに、学園に入って恋をしてからヨシュアは突然おかしくなったのだ。
ヨシュアとリリアヴェルの婚約は本人達の希望であって、王命ではない。
公爵にはヨシュアの言動について抗議はされていたものの、リリアヴェル本人が何も言わないのをいい事に放置していた。
だが、側妃にする話はヨシュアの独断で進められ、そこに公爵家の嫡男であるカインがさっさとその話を受けて、まずは婚約解消をとヨシュアを焚きつけたのである。
書面が交わされた後に、やっとヨシュアから子爵令嬢を正妃に迎え、リリアヴェルを側妃にするという荒唐無稽な判断を聞かされたのだ。
当然、公爵以下、貴族達の反発は目に見えている。
リリアヴェルを超えるほどの才女はいないとして、せめて足元に及ぶくらいは、と期待を持ってヨシュアの相手の令嬢を調べてみれば月と鼈どころか、蟻のようなものであった。
国王も王妃も落胆したが、王妃は数々のヨシュアの功績を捏造だと知らない。
まあ、何とかなるでしょう、と楽観的な部分がある。
だが、ヨシュアが行った事になっているが実はリリアヴェルが行っていた数々の仕事や偉業は、国王の耳には幾つも届けられていた。
つまり、息子は凡愚。
少し優秀で、勉強は出来る、執務も熟せる、ただそれだけの男。
国王は務まるだろう。
優秀な人材で固めれば問題ない。
でもその一番重要な人物が離脱してしまった。
直ぐに戻るだろう、と思われていたリリアヴェルを、不当に扱われて来た公爵家が何も対策せずに返す筈も無かったのである。
結果、帝国の皇太子との婚約話が決められた。
書類を差し止めたところで、リリアヴェルの気持ちさえ動かせれば問題ないと粘ったが、もう時間がない。
あの、恐ろしく苛烈な皇后がやってくる。
皇后というより、あの覇気は女王のそれであった。
幼い頃から彼女は容赦のない苛烈さを持った令嬢で、昔から国王も頭が上がらない。
想像するだけで恐ろしく、国王はぶるりと震えた。
「書類を持て、例の書類だ」
無理過ぎて、国王は議論を戦わす事から逃避する事にした。
先に署名してしまえば、酷い事にはならない筈だ。
国王は対決するのが怖いので、会う前に白旗上げたうえに、お腹を見せて服従のポーズをとっています。大丈夫、ちゃんとお仕置きされるので。そしてメグレンとカインも、リリアヴェルにした仕打ちを許せなくて企んでます。リリアヴェルは新しいメグレンの素敵な顔と頭なでなでにうっとり中。




