「第7話」トラブル
女将「料理長。あんたいい目してるね〜。大輔育ってきたみたいじゃない。」
料理長「化ける可能性はあると思ったさ。まさか、あそこまでとはな。あいつ勉強はダメだが、料理を学ぶ能力と貪欲さは負けるかもしれない。仲間に恵まれさえすれば成功するだろう。」
女将「ここまで育てて手放す気なのかい?あんたが育てたんだろう。」
料理長「俺は大輔の一部の弱い部分しか教えてはいない。料理については全く教えてはいないぞ。自分で盗んだ部分もあるかもしれないが、元から腕はあったはずだ。なあ女将。あんたは自分の息子を育てたら、自分で囲うのか?」
女将「いや。そんなことはしないけど。あんたは、子供のつもりで?」
料理長「そうだ。でなければ、他人様の子供を殴ったりしないぞ。」
女将「へー。料理長らしくない熱さだねー。いいじゃないの。知らなかった料理長の一面ね。ちょっと惚れたよ。」
料理長「やめてくれよ。私は、自分を教えてくれた先輩の恩を返しているだけだ。しかし。。さすがに今日は緊張するな。かなり準備してきたけどな。そういえば、あの特別席は、今後は特別なお客様だけの専用として常に空ける部屋にしようか。予約が詰まり過ぎているから特別なお客様は特別枠を設けたほうがいいと思うのだが。」
女将「それはいいかもしれないですね。最近は大企業の社長や政治家もずいぶん来店されるようになりましたからね。部屋が増えるだけですから。いい給料頂いて感謝してますよ。社長。」
料理長「お前なー。。師匠は気分いいが、社長は嬉しくないな。さあ。いよいよか、今日は気合い入れないとな。」
大輔が料亭に世話になり3年が経過していた。その間に料亭は徐々に有名になっていき、予約も数ヶ月待ちの大盛況になっていた。
噂を聞いた天皇夫妻が、今日お忍びで昼食を食べることになっていた。
全員が緊張する初めての体験だった。さすがに天皇夫妻の接客は料理長がすることになった。
先輩「料理長。大変です!高速道路で通行止めに遭って大根が届かないそうです。」
料理長「な、何だと!それじゃあ、お通しが作れないじゃないか。」
先生「急いで私が買ってきましょうか。」
料理長「ダメだダメだ。あそこの大根じゃないとあの味は出せない。。んー。。お通しを変えるか。しかしなあ、料理のトータルバランスが。。そうだ!おい、先輩。玉子は増やせるか?」
先輩「すぐに確認してみます。」
料理長「頼む。」
先輩「料理長。まだ出発していないそうですから間に合います!」
料理長「よし、200個追加だ。」
先輩「えっ。200個もですか!分かりました。」
先生「料理長。お通しはどうしますか。」
先輩「玉子大丈夫です。確保しました。」
料理長「良し、メニューは予定通りで行く。お通しは大輔。だし巻き玉子を頼む。」
大先輩「えっ!天皇夫妻ですよ?大丈夫ですか!」
料理長「大輔。頼めるか。他に今日のメニューでは浮かばなかったんだ。」
大輔「分かりました。やりますよ。」
予定通りの料理を全員で準備するうちに、玉子が到着した。
大輔は直ちに、だし巻き玉子作りに取りかかると、手際良く次々とだし巻き玉子を作る。
先生「切るぞ。」
大輔「あっ。先生ダメです。その切り方はダメなんです。」
先生「どうしてだ。」
大輔「この出汁巻き玉子は、こうやって切らないと最高の味にはなりません。」
先生「切り方で味が?」
先輩「おい大輔。味見しないのか?」
大先輩「悪い。回らない。助けてくれ。」
大輔「味見しなくても見れば分かります。私が切りますから大丈夫です。皆さんは本来の料理に集中して下さい。」
大輔は特殊な切り方をする。
先生「へー。均等に切らないのか。。」
大輔「噛み応えが違うんですよ。ああ、師匠。ちょっといいでしょうか。」
料理長「ん?どうした。」
大輔「天皇夫妻にはこれを出して下さい。」
大先輩「端の玉子焼きだけなのか?」
大輔「上手く作れた玉子焼きは端が一番美味いんですよ。」
女将「料理長!天皇夫妻がお見えになりました。」
料理長「よし、特別席に案内。。ああ、俺がする。調理は任せたぞ。」
天皇夫妻を特別席に裏口から案内すると、料理長の説明とともに料理が順番に出される。
大輔は、だし巻き玉子の端だけを集めて箱詰めしている。
先生「大輔。お前は何をしている。」
大輔「ああ、陛下のお土産です。持って帰っていただこうと」
料理長「大輔!大至急。。」
大輔「土産のだし巻き玉子です。明日までに必ずお召し上がるように伝えて下さい。」
料理長「助かる。ありがとう。」
非常に満足して天皇夫妻は帰っていったようだ。
料理長は思った。大輔はいつの間にあんな気遣いが出来るようになったんだ。。
料理長が厨房に労いに戻ってきた。
大輔「皆さん。お疲れ様でした。端ではありませんが出汁巻き玉子どうぞ。料理長だけ、端の玉子焼きですからね。」
あまりの美味さに全員が驚いた。
料理長「さすがに疲れたな。今日は早めにあがれ。協力感謝する。」
大輔は料亭には、ますます欠かせない存在になっていった。
※※※
更に2年の歳月が流れた。料理長は大輔の貢献に感謝し、こだわりを捨てて初めてのれん分けを考えていた。
一方の大輔は26歳になり、今がタイミングだと思っていた。大輔はいつも通り一番早く料亭にやってきた。
大輔「師匠。私は、どうしてもやらなければならないことがあります。私、地元に帰ります。」
料理長「玉子焼きと寿司か。。あの初めて会ったラーメン屋の話か。」
大輔「はい。師匠に教わった分を返せたとは思っていません。ですが、もうこれ以上先送りは出来ません。」
料理長「そうか。。お前は十分返している。むしろもらい過ぎだ。。だから。んー。。本気か。ここで今まで以上に稼ぐことは出来るぞ。お前の店を考えていたんだ。」
大輔「おっしゃることは分かります。ありがたい話です。ですが、私には幸せにすると約束した相手がいます。彼女の前に行くのに恥ずかしくない料理人に育てて頂いた恩は忘れません。どうかお許し下さい。」
料理長「そうか。。分かった。いい人生を送れよ。」
料理長が大輔を抱きしめる。
料理長「一人前過ぎるくらい一人前だ。困ったら相談しろ。全力で助けるからな。約束だぞ。」
大輔「ありがとうございます。師匠。本当にありがとうございます。」
料理長や弟子達に可愛がられた大輔は料亭を辞め、地元に戻ることになった。
仕事が終わった夜。
女将「料理長。本当に良かったのかい。」
料理長「後悔してるよ。」
女将「だったら止めなよ。」
料理長「そういう意味じゃないんだ。今から報酬を増やそうと思っていたが、出来なかったことが後悔なんだ。大輔が進む道は応援するさ。皆が自分にしてくれたようにな。」
女将「成功するかね。」
料理長「いい仲間に恵まれたらな。。今のあいつなら可能性はある。」
女将「しかし、最近よくテレビに出るねえ。ますます予約が増えるじゃない。」
料理長「給料増やして、昼の延長と夜の前倒しを考えている。」
女将「休憩時間は中途半端に長いから、みんな喜ぶんじゃないですか?私もありがたいですよ。」
料理長「女将。あとはやる。先に帰れ。」
女将「では、お言葉に甘えますよ。」
料理長が初めてのれん分けを考えた大輔。思えば最初から我が子のように感じる不思議な気持ちだった。
あいつはみんなに愛されたな。。続けるほうがいいと思うが。仕方ないな。決めた道を進むからこそ男の価値があるんだ。成功しろよ。
大輔を超える弟子にしか、のれん分けはしないと心に誓う料理長だった。
【お知らせ】
全話のあとがきに一律宣伝でいれますが、この物語は
SAKI 〜〜 ある少女の人生物語 〜〜
https://ncode.syosetu.com/n9739iq/
の登場人物の寿司屋の大将の物語です。