「第5話」大輔の決意
大輔は朝4時に起き、しっかり身だしなみを整えて5時に料亭にやってきた。
料理長「どうした。早いな。辞める挨拶か?」
大輔「まさか。師匠、先に掃除しますので確認して下さい。合格でしたら、私は先輩の仕事を見たいんです。」
料理長「合格は厳しいぞ。」
大輔は隅々まで綺麗に磨く。お客様が通ったり、使う場所は念入りに掃除する。
大輔「師匠どうでしょう?」
料理長「終わったか。。ん~。ギリギリ合格だな。ただな、椅子がキレイに並んでいるか?縦と横で見比べてみろ。」
大輔が椅子を整えると料理長は合格を出した。
先輩「おはようございます。おや?大輔早いな。どうした?」
料理長「早くから掃除だとさ。合格だから大輔は10時半まで好きにしろ。」
大輔「先輩。野菜運ぶの手伝います。」
先輩「そうか。。厨房に運んでくれ。」
材料を運ぶと、先輩は材料を切り、下準備をする。
大輔はじっと見つめる。
大先輩、先生と出勤すると同じように見つめた。
そんな生活が1ヶ月続いた頃、最後の皿洗いを師匠がしている。
料理長「大輔。お前の食べた皿を洗ってみるか?」
大輔「はい。」
料理長「ダメだ。まず、仮洗いで水で洗って、洗剤の液に浸して磨くんだ。どうだ。汚れ落ちたか?」
大輔「落ちたと思います。」
料理長「それなら水洗いだ。洗剤は完璧に取るんだ。一流のお客様には分かるからな。見せてみろ。」
大輔「どうでしょう?」
料理長「んー。ダメだな。大輔見てみろ。油が残っている。触ってみろ。」
大輔「ぬるぬるしていますね。」
料理長「光に当てたら丸わかり。あのな。水洗いの最中に滑りで分かるんだぞ。やり直し。」
大輔は手の感覚と見た印象で判断し、水洗いする。
料理長「良さそうだな。すぐに綺麗なタオルで拭き取れ。水の跡が残る。皿についているのは完全な水とは限らない。裏側も完璧にな。いいか、一流を相手にするにはここまで気を配らないといけない。ようやく予約が埋まるようになったんだ。信用を失うことほど怖いものはないんだ。」
大輔「はい。師匠。勉強になります。」
料理長「俺の見立てでは、お前は仕込みも出汁も料理も学ぶ必要はないだろう。既に出来るはずだ。だから、厨房に立つ必要がない。おーい。女将。」
女将「何でしょうか。」
料理長「大輔は明日から接客を学ばせる。一流にしてくれ。」
女将「えっ!本気ですか?」
料理長「ああ本気だ。」
女将「はあ。。分かりました。」
大輔は翌日から掃除を終えると接客の勉強をする。が、大輔は漢字が全く読めない。
女将「あんた。困った子ね。仕方ない。全メニューをひらがなで書いた紙を明日用意するから、それで注文聞きなさい。昼だけね。夜は予約のみだから、注文内容は事前に決まっているから接客だけ。」
大輔には接客は一番難しかった。何度も何度も失敗しながら、女将が満足するレベルになるまで1年を要した。
料理長「女将、ずいぶんマシになったようだな。」
女将「接客はようやく合格ね。相手に合わせた言葉使いも出来るようになった。だけど、金勘定は無理ね。レジとかは出来るけど、売り上げの計算とかは無理よ。大輔にやれというのは酷ですね。」
料理長「それは痛いな。。まあ不得意分野は信頼出来る人間に頼むことだな。人間関係は大事だ。信用出来る人間を選ぶ目を養うことも必要だからな。」
大輔「あのー。師匠。接客は卒業でしょうか?本当に苦手で。。」
料理長「ん?そうだな。合格らしいよ。」
女将「あのさー。せっかく教えたんだから、忙しい時は手伝ってもらうからね。」
料理長「じゃあ明日からは、材料の注文と受け取りだな。君の言う先輩に教わりな。」
翌日から先輩に予約状況や天候から推測し、昼の集客を予測して発注リストを作成する。先輩も大輔が漢字が弱いことを把握していたため、材料は全てカタカナで一覧を作成した。
学生時代に全く出来なかった計算は、接客をするうちに出来るようになり、掛け算も出来るようになっていた。
先輩「リストを作ったら、料理長に確認してもらうんだ。」
料理長「おや?何故、明日は果物が多い。」
先輩「はい。明日の昼間は暑い予測がありましたから。大輔が果物なら日持ちするから、外れても後日使えると。」
料理長「なるほど。。大輔。なかなかやるな。だが、それならマスクメロンいこう。」
大輔「えっ。高いじゃないですか!」
料理長「高い店なんだ。ぴったりだよ。マスクメロンなら満足してくれる。まあ、私だったらアイスクリームにしただろうな。。非常にいいアイデアだ。気に入ったメロンでいこう。」
大輔「ちょっと先輩。いいんですか?アイスクリームより10倍高いでしょう?そもそも、普通のメロンだったんですが。。」
先輩「お前。掛け算出来るようになったのか!どうだろうね。料理長は長野の無農薬の農家から直接買い付けしたりするから、案外安いのかもね。大根はあそことか、全て仕入れ先は決めているんだ。料理長は材料だって最高のものしか選ばない。」
大輔は師匠の料理へのこだわりに改めて驚いた。仕事が終わる頃、料理長が話かける。
料理長「大輔。明後日の休みは何をする。」
大輔「何もしませんが。」
料理長「昼飯奢るから付き合え。」
大輔「分かりました。」
料理長「みんな明日頑張ったら休みだ。しっかり頼むぞ。後はやるから今日は帰れ。」
翌日のマスクメロンは好評だったようだ。