1-06 陰謀
「動けなくなる魔術ですか……」
王族専用の休憩室で、部屋の端に立つ女官たちに聞かれぬよう、マリスとエルネスト王子は声を潜めて話していた。
「何か、そういった類の魔術にかかったような感覚だった。兄上をお諫めしたくても、体の力が抜けたみたいに動けなくなった」
エルネスト王子は、その紫色の瞳をマリスに向けた。
「君は何ともなかったのか?」
「はい。私は特に変わったことは……なかったと思います」
マリスは考えながら答えた。
「そうか。それなら良いんだ」
エルネスト王子は何か別のことを考えているような顔で頷いた。
そしておもむろにマリスを正面から見据えると、謝罪を始めた。
「ふつつかな兄上が大変な迷惑をかけた。本当にすまない」
エルネスト王子は痛みに耐えるように顔を歪めた。
「さすがに、まさかあんな馬鹿なことをするなんて思っていなかった」
「それは私も同じです。うちの義妹が、本当に申し訳ありません」
脱力するように眉を下げ、マリスも謝罪を述べた。
「アンジェリクは、王子妃になれないことは解っていたはずなのに。一体どうしてしまったのか……」
「それは兄上も同じだよ。血筋が重要だってことは知っていたはずなんだけどね」
二人は同時に溜息を吐いた。
マリスとエルネスト王子は同い年で、いずれ婚姻により家族となる予定であったこともあり、気安い間柄であった。
王太子であるリオネル王子は、やがては国王となる。
マリスは妃として、エルネスト王子は弟として、ふつつかなリオネル王子をこの先ずっと補佐する運命共同体となる予定であったのだ。
共通の悩みがいくつもあった二人は、頻繁にこのような話し合いの機会を設け、情報交換をしていた。
ほぼリオネル王子にまつわる悩みばかりだった。
「ああ、そういえば……」
マリスは思い出したように言った。
「トビー皇子殿下がおかしなことを言っていました」
「おかしなこと?」
「はい。リオネル王子が婚約破棄することを夢で見たとか」
「夢で?」
「それで私に求婚するために、あらかじめ花束を用意していたそうです。おかしいですよね」
「色々とおかしいね」
エルネスト王子は難問に挑むかのように顔を顰めた。
「トビー皇子の頭もおかしいけど、婚約破棄なんていう確率の低いことが実際に起って、夢が的中するのもおかしいね。トビー皇子はああいう人だから、冗談なのかもしれないけれど、本当だったら奇妙な話だ」
「何故、もっと早く動けなかったのだ……!」
アルカナ王国の国王は、卒業祝賀会で卒業生たち一人一人に言葉をかけ終わると、退室して側近たちを呼んだ。
「何故、リオネルを止めなかった!」
国王は側近たちの不手際を叱責した。
「申し訳ありません、陛下」
ノエ将軍は深く頭を垂れると、事態を説明した。
「何故か、誰も動けなくなっていたのです」
「そなたの息子は動いてしゃべっておったではないか!」
「愚息の行いについては申し開きのしようもございません。しかし真実、我々は動けなかったのです」
「どういうことだ? もっと解るように説明せよ」
「言葉の通りです。原因はまだ解っておりません。只今調査中です」
ノエ将軍の報告の後、ドルレアク宰相が難しい顔をして進み出た。
「陛下、愚息の失態については深くお詫び申し上げます。しかしノエ将軍の言う通り、我々は動けませんでした。まだ確証はつかめておりませぬが、何らかの魔術による干渉があった可能性がございます」
「防護結界はどうしたのだ?」
「只今、防護結界も検査させております。何者かの工作であったかもしれませぬ。トビー皇子の行動には不審な点がありましたゆえ、トビー皇子の身辺も調査させております」
国王は鋭い眼差しで、帝国からの留学生トビー皇子について宰相に質問した。
「……あの浮かれた鳶毛の小僧が、工作員だったというのか?」
「トビー皇子は、リオネル王子がモンストル公爵令嬢と婚約破棄することを、まるで最初から知っていたかのような行動をとっておりました。計画的なものである可能性がございます」
「工作だったとして、それに何の意味があるのだ」
国王は理解不能な謎に対峙したかのように、眉間に苦渋を深く刻んだ。
「リオネルが失脚したら、優秀なエルネストが次代だ。他国にとってはリオネルが王位についたほうが御しやすかろう」
「リオネル王子は始祖と同じ色彩をお持ちであるがゆえ、大変な求心力がございます。始祖への信仰心がそのままリオネル王子の人望となり、我が国の力が増すことを他国が恐れた可能性もございます」