3-02 月に叢雲、花に嵐
「兄者、お待ちください!」
この騒動に、帝の第二皇子、得根須人皇子が割って入った。
「人形だけでは、摩利子殿がやったという確たる証拠にはなりませぬ。きちんと調査すべきでしょう」
「摩利子は、麗しい安寿利休に嫉妬していたのだ」
璃王練は煩わしそうに言った。
「安寿利休を厭う者など、摩利子しかおらぬわ」
「もし摩利子殿が犯人でなければ、恐ろしい呪術師が野放しのままになってしまいます。この事件は調査が必要です」
「ぐぬぬ……」
得根須人皇子の取りなしにより、璃王練は矛を収めた。
事件の調査が終わるまで、摩利子は屋敷での蟄居を命じられた。
(どうしてこんなことに……)
摩利子は牛車で帰途についた。
(父上は醜聞をお嘆きになるでしょう。でも妾は無実ですもの。きちんと説明すれば、父上はきっと解ってくださる……)
牛車の物見の窓から外を見れば、強い風に吹かれて桜がはらり、はらりと舞い散っている。
(花に嵐……。まるで我が身のよう……)
「摩利子、そなたの潔白は証明された」
宴の騒動から数日後。
屋敷で蟄居していた摩利子は、右大臣である父に呼ばれた。
父の部屋で、摩利子は事の顛末を聞かされた。
「得根須人皇子が、陰陽寮に確認をとってくださった」
陰陽寮に確認したところ、璃王練皇子から呪物の調査は依頼されておらず、そのような話は聞いたこともなかったという。
念のため件の人形を見せたところ、それはただの紙人形であり、呪物ではなかったそうだ。
「すべてはあの紅白童子の狂言だったのだ。あの小僧、桜髪の小娘と婚姻したいがためにあのような狂言を演じたのだ」
「妾との婚姻を厭うのであれば、お話くだされは良かったのに。璃王練皇子は何故そのようなことを……」
「儂の後ろ盾は失いたくなかったのであろう」
右大臣は吐き捨てるように言った。
「摩利子の罪償いとして、儂に尽くさせる腹積もりだったのだ。儂を手玉に取るつもりだったのだろうが、そうはいかぬぞ。紅白童子め、帝の覚えめでたいからといって調子に乗りおって……」
璃王練皇子は、宮中で権勢を誇る右大臣を敵に回した。
「摩利子様、得根須人皇子より文が届いております」
摩利子の部屋に、女房が文を運んで来た。
「まあ、風雅な香り……」
香が焚き染められた文を摩利子は開き、読み始めた。
「璃王練皇子が……」
得根須人皇子からの文には、事件の顛末とその後のことが書かれていた。
呪物を偽って騒動を起こし、右大臣令嬢を陥れようとした罪により、璃王練皇子は廃嫡され、貴人の流刑地である丁寧降江へ流されることになったという。
璃王練皇子の計略に加担した側近の二人、左大臣令息石徹と将軍令息風呂蘭は、遠く海を超えた辺境の安笛流の地に防人として送られたそうだ。
そしてなんと、安寿利休は、丁寧降江へ流される璃王練に妻として同行したという。
「……真実の愛だったのね……」
丁寧降江はとても寂しい土地だと伝え聞く。
貴族の娘であれば、丁寧降江へ行けなどと言われたら、恐ろしさに気を失ってしまうだろう。
璃王練皇子は帝の覚えめでたく、皇太子になると目されていた皇子であったため、身分目当てで言い寄る者は数多いた。
安寿利休も璃王練の身分が目当てだろうと、摩利子は思っていた。
だが違ったのだ。
身分を失った璃王練の妻となり、寂しい丁寧降江の地にまで付いて行く安寿利休の気持ちは本物だ。
「なんて麗しく、哀れな恋物語でしょう」
摩利子は感動に震えた。
溢れる気持ちに付き動かされるようにして、摩利子は箏を奏でた。
――シャラン……。
摩利子の掻き鳴らす十三弦の箏の響きが、夜空に染み渡る。
叢雲に覆われていた月が、筝の音に誘われるようにそろりと顔を出した。
「お二人をどうにか応援できないかしら」
璃王練皇子と安寿利休の真実の愛に感動した摩利子は、すっかり二人を応援したくなってしまった。
「そうだわ。お二人の無事を祈願するために、二蛭神社にお参りをしましょう」
摩利子は、二人の無事を神に祈願することを思い立った。




