1-03 悪役令嬢
「マリスお姉様は氷魔法の天才です。恐ろしい魔力を持っているお方です。私なんかの力じゃ逆らえなくて……!」
アンジェリクは金色の瞳に涙を浮かべ、マリスに対する恐怖を語った。
「私、怖くて、怖くて……。ずっと言えなかった……!」
「アンジェリク……可哀想に……」
すすり泣くアンジェリクを気遣うように、リオネル王子は優しい言葉をかけた。
「もう心配はいらない。私が君を守る」
リオネル王子はそう言うと顔を上げ、その紅い瞳でマリスをきっと睨んだ。
「まさか、そこまでのことをしていたとは……」
「殿下、誤解です」
「マリス、君はたしかに恵まれた魔法の才を持っている。しかし、か弱い妹を害するためにその力を使うとは!」
「私はそのようなことはしておりません。神に誓って!」
「こうしてアンジェリクが怯えていることこそが、君が脅していた証拠であろう」
リオネル王子には通じないと見たマリスは、アンジェリクに向けて言った。
「アンジェリク、貴女から殿下に申し上げて。ぜんぶ事故だったって。貴女も解っていたことよね。変な演技はもう止めて。殿下にきちんとお話しして差し上げて」
だがアンジェリクはマリスのその言葉に、大げさに怯えてみせた。
「こ、怖い! リオネル様、助けて!」
「アンジェリク、安心するんだ。ここは王宮だ。衛兵もいる。マリスはここでは何もできない」
リオネル王子はアンジェリクを優しく宥めると、マリスに厳しい視線を向けた。
「マリス、君がそこまで酷い人間だとは知らなかった。残念だよ」
罪人に天罰を下す神のごとく、リオネル王子はマリスを糾弾した。
そしてリオネル王子は、このやりとりを遠巻きに見ている人々を睥睨すると、堂々と言い放った。
「私、リオネル・ゼフィール・アルカナはここに宣言する」
リオネル王子の凛とした声が、広間に響き渡る。
「私はマリス・ミシェール・モンストルとの婚約を破棄し、アンジェリク・モンストルと結婚する。心優しく、類稀なる光魔法の才を持つアンジェリクこそ私の妃にふさわしい」
高らかにそう宣言したリオネル王子は、優しい眼差しをアンジェリクに向けた。
「アンジェリク、私の妃になってくれるね?」
「はい、リオネル様!」
アンジェリクは涙をぬぐいながら、リオネル王子の求婚に答えた。
「私はリオネル様のお妃になります!」
アンジェリクの答えに、リオネル王子は笑顔を輝かせた。
「アンジェリク!」
「リオネル様!」
リオネル王子とアンジェリクは喜びに手に手を取り合った。
そのとき、ふいに、声がした。
「素晴らしいね。なんという幸運だ」
そう言い放った者は、黒い学士服に、鳶色の髪の青年。
リオネル王子と同じく今年卒業した、帝国からの留学生トビーであった。
リオネル王子も、マリスも、会場の誰もが、この突然の乱入者とでもいうべき留学生トビーに驚きの視線を向けた。
卒業祝賀会の主役である卒業生であっても、身分の高い者に話しかけることは無礼であった。
王族である王子より身分が高い者は、王族しかいないため、王族でなければ王子に話しかけてはいけないのだ。
ましてや王子の会話に割り込むなど、言語道断である。
皆に注目される中、トビーはリオネル王子の前に進み出ると飄々と言った。
「リオネル王子、モンストル公爵令嬢マリス殿との婚約を破棄するという、その言葉に二言はないか?」
トビーのずけずけとした物言いに、リオネル王子は一瞬眉をしかめた。
すぐにリオネル王子の側近である二人、イシドールとフロランが飛び出し、トビーの前に立ちはだかった。
「トビー、無礼だぞ。ここは学院じゃない」
魔法学院の同学年の生徒として面識があった二人が、トビーを諫めた。
「もう葡萄酒を飲んだのか?」
「我々は卒業したのだ。学生気分は終いだ」
イシドールとフロランに、トビーも気安い調子で笑い返した。
「君たちこそ無礼なんじゃないかな?」
トビーがそう言うやいなや、二人の屈強の者がすっと進み出て、トビーの護衛であるかのようにその両脇を固めた。
卒業生には家族の同伴が許されているが、その二人は優男のトビーとは似ても似つかぬ、厳つい男たちであった。
イシドールとフロランが、トビーに疑惑の眼差しを向ける。
「トビー、こいつらは何だ?」
「どう見ても親戚じゃないだろう」
トビーを守るように両脇を固めた二人は、帝国風の礼服に身を包んでいた。
その体格から一目で手練れであることが知れる。
「控えよ」
「こちらにおわすお方を、どなたと心得る」
トビーの両脇の帝国風の礼服の者たちが、突然に言い放った。
「こちらにおわすお方は、アブラーゲ帝国第十三皇子トビー殿下にあらせられる」