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悪役令嬢人形劇  作者: 柚屋志宇
第2章 オカルト結婚式

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2-08 緋の衣

 聖人リオネルが大聖堂(カテドラル)で起こした奇跡は、教皇庁を震撼させた。


「聖人どころの話ではない……!」


 聖遺物である聖杯を輝かせたリオネル司教は、聖人に認定された。


 さらに聖人リオネルの光魔法により聖杯から湧いた緑色の液体が解析された。

 その緑色の液体は最高品質の回復薬(ポーション)だった。


 この奇跡に驚嘆した教皇庁の者たちは、リオネル司教とその奇跡についてそこかしこで議論を繰り広げた。


「伝説の聖杯から本当にポーションが湧くとは……。おお、神よ……」

「聖杯は注がれた魔力をポーションに変換する道具だったのだな」

「ポーションを作るには大量の光属性の魔力が必要だったということか。それこそ勇者のような……」

「少量の魔力ではポーションを生成するには足らず、発光するのみだったのか」

「聖杯は灯火としても使われたのではないか。勇者の魔力なら十分な光源となったであろう」

「ポーションの生成時に輝いては敵に居場所を知られる。聖杯を発光させずポーションを生成する方法があるのではないか?」

「リオネル司教の協力があれば聖遺物の研究が進みそうだな」

「伝説の勇者の再来かもしれぬ」


 高位の聖職者ほど現実派で、宗教的な幻想や理想の対極にいた、

 現世で出世するには現実問題に対処する能力や処世術が必要だからだ。

 しかし聖人リオネルによる神の奇跡を現実として目の当たりにして、現実派だった者たちの心にも神への畏れと熱い信仰心が沸き立ちつつあった。


「あの奇跡……。リオネル司教は神の恩寵を得ているとしか思えぬ」

「アルカナ王国の司教たちがこぞって推薦状を書いていたのは、王族の身分に忖度したゆえと思っていたが……。まさか本物であったとは」






「満場一致により、聖人リオネル司教を枢機卿に任命する」


 リオネル司教を枢機卿として認めるか否かの投票が教皇庁にて行われた。

 結果は十割が賛成。

 教皇と枢機卿団全員の賛成票を得て、リオネル司教は枢機卿となった。


「おお……」

「まさか満場一致とは……」


 枢機卿団はこの驚くべき事態にどよめいた。


 政争の舞台として陰謀渦巻く教皇庁において、歴史上、教皇はもとより枢機卿ですら満場一致で決定したことなど一度も無かった。

 歴史上初の満場一致により、史上最年少の若き枢機卿が誕生した瞬間であった。


「神に感謝を」


 聖人リオネル枢機卿がそう謝意を述べると、教皇と枢機卿団は次々と彼に祝福を与えた。


「神とともにあらんことを」

「神の恵みを」


 聖人リオネル枢機卿を中心に、教皇と枢機卿団は不思議な一体感に包まれていた。






「リオネル枢機卿……!」


 アルカナ王国出身のシャミナード枢機卿は、リオネルの目付け役をエルネスト王太子から密かに任されていた。

 そのため可能な限りリオネルに同伴していた。


 その日も教皇庁へ行くリオネルを迎えに行ったシャミナード枢機卿は、リオネルの姿を見るや否や崇拝の眼差しで感嘆を漏らした。


 枢機卿となったリオネルは、司祭の黒の衣ではなく枢機卿の緋の衣を纏っていた。


「緋の衣がなんと良くお似合いであることか」


 緋色は枢機卿のみに許されている僧衣の色だ。

 緋の衣が似合うというのは、枢機卿にふさわしいという意味を含む。


 シャミナード枢機卿はさらなる賛美の言葉を口にした。


「ああ、しかし、白の衣はもっと良くお似合いでしょう!」


 白の衣を纏う聖職者は世界にただ一人しかいない。

 ニール教信者の頂点、神の代理人たる教皇だ。


 白の衣が似合うとは、教皇にふさわしいという意味だ。


「シャミナード、口を慎め」


 リオネルはシャミナード枢機卿をやんわりと制した。


「さすがにそれは畏れ多いというものだ」

「なんと謙虚な……。しかし勇者こそがテネブラエの祠の守り人でございました。勇者の再来である猊下こそ、祠の守り人にふさわしく存じます」


「教皇ともなれば政治と無縁でいられまい。世俗の雑事に深くかかずらうことになる」


 リオネルが苦笑混じりにそう言うと、シャミナード枢機卿は恭しく礼をとった。


「ご心配めさるるな。俗世の些事は不肖私めがお引き受けいたします」

「正直言うと、私は教皇の地位には興味がないのだ。私が欲していたのは『勇者の祠』に立ち入る権限だ。枢機卿となったことで望みのものは手に入った」

「おお! 勇者の祠にご帰還なさるのですね?!」


 シャミナード枢機卿は目を輝かせたが、リオネルは生真面目な表情で答えた。


「シャミナード、おかしな妄想は止めろ」


 リオネルの口から「妄想は止めろ」という言葉が出て来た。


「私は『勇者の祠』に学術的な興味があるのだ」


 魔法学院の成績は下から数えたほうが早かったリオネルの口から、今度は「学術的な興味」という言葉が出て来た。


 リオネルという人物を良く知る元婚約者マリスと実弟エルネストがこれらを聞いたら、即座に「どの口が……」と内心で呟き、リオネルの不審な言動の裏には何か理由があると推測してそれを探ろうとしただろう。

 しかし聖都テネブラエにはマリスもエルネストもいなかった。






「おお、リオネル枢機卿だ……!」


 美しき枢機卿リオネルの名は、その光魔法の奇跡とともに、またたくまに聖都テネブラエ中に広まった。

 リオネル枢機卿が通れば人々は振り向き、口々に賞賛した。


「なんと華麗な若者だ」

「あのように美しい枢機卿は、修道士たちの目に毒であろう」

「猊下はアルカナ王国の王太子であらせられたが、その地位を捨て、神に仕える道を選ばれたとか」

「王冠を捨てるとは、何と欲の無い」

「尊いお方だ」

「まさに聖人」

「無欲で清らかな心ゆえ、神に愛されたのであろうな」


 いつの間にか、問題児であるがゆえに廃太子となったリオネルの黒歴史すら、尊い物語に改竄されて広まり始めていた。






 ――アルカナ王国、王太子宮。


 リオネルが枢機卿になったという速報が、王太子エルネストと王太子妃マリスの元に届いた。


「本当に兄上は枢機卿になれたのか?」


 遠く聖都テネブラエから速報を持って来た腹心の部下に、エルネストは念入りに確認をした。


「間違いではないだろうな」

「真にございます。いずれシャミナード枢機卿からも報告が届くかと存じます。またリオネル枢機卿は聖人としても認定されました」


 報告を終えた部下が下がり、マリスと二人きりになると、エルネストはほっと胸を撫でおろすようにして独り言を呟いた。


「ひとまずは良かった。我が国が恥をかかなくて本当に良かった」

「リオネル様は本物の光属性の魔力持ちですから聖人認定は心配していませんでしたが。枢機卿として認められたのは僥倖ですね」


 マリスがそう言うと、エルネストは頷いた。


「我が国からの二人目の枢機卿だからね。他国に一歩先んじたのだから普通であれば幸運なことだ。普通であれば……。兄上は見た目だけは極上でカリスマ性があるから、口さえ閉じていてくれれば……」

「シャミナード枢機卿を信じましょう」

「そうだな。シャミナード枢機卿が兄上を上手く操縦してくれることを祈ろう」

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