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悪役令嬢人形劇  作者: 柚屋志宇
第2章 オカルト結婚式

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2-05 愛の伝道師

「兄上は何を言い出すか解らないから。謁見ではなく、まずは私的に話を聞いてみるというのはどうだろう」

「そうですね。公の場でおかしな事をしては、取り返しがつかなくなることもありますし……」


 公の場で騒動を起こして廃太子となったリオネルの実績を鑑みて、マリスとエルネストは謁見ではなく、家族として私的に面会することをリオネルに伝えた。

 するとリオネルからすぐに了承の返事が来た。


「アンジェリクも一緒に来るって……」

「アンジェリクはまだリオネル様とご一緒ですのね……。誰もいないのに……」






「やあ! エルネスト、マリス、久しぶりだね!」


 王太子宮に家族として招かれたリオネルは気さくな挨拶をした。


 リオネルは今日も司教の黒衣の出で立ちだ。

 婚約破棄をした当時のリオネルの美貌にはまだ少年の面影が残っていたが、いまや立派な青年であり、他者を強烈に吸引するような妖しい魅力が増していた。


「兄上、お久しぶりです」

「リオネル様、お元気そうで安心しました」


 エルネストとマリスが挨拶を述べると、リオネルは愁眉をひそめた。


「君たちはまたアンジェリクを無視するのか」


 エルネストとマリスは一瞬固まったが、すぐにすべらかに、リオネルだけには見えているらしいアンジェリクに挨拶を述べた。


「アンジェリク、久しぶりだね」

「アンジェリク、ごきげんよう。良く来てくれたわね」


(公の謁見ではなく、私的な話し合いにして正解だったわ……)


 相変わらずのリオネルの様子を見て、マリスは自分たちの判断が正しかったことを確信した。


「これが私の甥か。私に似て美男子になりそうだな」


 乳母に抱かれているエルネストとマリスの子、まだ一歳の幼い王子に初めて対面したリオネルはそう言い、傍らの誰もいない空間に微笑みかけて同意を求めた。


「アンジェリクもそう思うだろう?」


(やっぱり重病よね……)






「それで、一体どうして謁見を?」


 侍従や侍女たちを下がらせると、エルネストが場を仕切ってリオネルに質問した。

 幼い王子も乳母とともに下がっている。


「実はね、枢機卿になりたいんだ」


 さらりと、リオネルは良い笑顔で言った。


「は……?」

「え……?」


 エルネストとマリスは同時に、驚きと疑問の入り混じった声を上げた。

 リオネルは類稀な美貌に朗らかな微笑を浮かべて、何でもないことのように続きを語った。


「それで父上の推薦が貰えればと思ったのだ」


 元王太子であるリオネルの父は現国王だ。


「エルネストは今、父上の仕事を大分肩代わりしているんだろう? だから先にエルネストに話を通しておこうと思って」


「ちょ、ちょっと待ってください……。枢機卿って、あれですよね、聖都テネブラエの教皇庁にいる……」


「枢機卿なんだから教皇庁にいるのは当たり前だろう」


 何故そんな当たり前のことを聞くのかとでも言いたげに、リオネルは真顔で言った。


 アルカナ王国の国教はニール教だ。

 ニール教は周辺国家でも信仰されている。

 総本山は聖都テネブラエ。

 聖都テネブラエは宗教都市国家であり、ニール教を信仰する国々において絶対不可侵の条約で守られている。


 ニール教信者の最高位である教皇は、聖都テネブラエの教皇庁にいる。


 教皇となる人物は、枢機卿の中から選ばれる。

 枢機卿は教皇の相談役であり、教皇の選定者であり、次の教皇の候補者だ。


 現在十二人いる枢機卿は、各国が聖都に送り出した聖職者たちだった。

 司教以上の位を持ち、国王や有力貴族や教会関係者など、有力者の推薦があれば枢機卿の候補として立つことが出来る。


 枢機卿候補は、教皇庁に、ひいていえば教皇と枢機卿たちに認められれば枢機卿の位を得られた。

 認めるか否かは投票によって決められた。

 大きな声で言えることではないが、国家間の取引や賄賂によって投票前に結果が決まっているという噂もまことしやかに流れている。


 ともあれ、枢機卿は聖都テネブラエにおいて、いわば各国の宗教的代表であり、政治における大使と同じような役割を担っていた。


「兄上は、国を出て、聖都テネブラエへ行くと言うのですか?」


 エルネストは苦い物を噛んだような顔で確認するように言った。


(事故物件であるリオネル様を国外に出したら、国辱ですものね……)


 マリスは表面上はおだやかに微笑みながらも、リオネルの持ちかけた話に戦々恐々とした。


 リオネルを国外に出しては、その奇行を国外に知らしめることになる。

 ましてや国の宗教的代表としてリオネルを枢機卿に推薦して教皇庁に送り込むなど、不安しかない。

 国辱だ。


「そう。聖都テネブラエへ行く。それで枢機卿になるために国王の推薦が欲しい」


 リオネルはけろりとして答えたが、エルネストは眉間に皺を刻んだ。


「さすがにそれは了承いたしかねます」

「そうか? 国内の全ての教会の推薦はもう得ているのだが」

「は?!」


 変な声をあげたエルネストに、リオネルはくったくのない笑顔で言った。


「大司教と、国内の司教たちの推薦は得ている。すでに枢機卿に立候補できるカードは揃えている。父上にそれを報告するついでに、父上の推薦も貰えればと思ったのだが。君たちが何か言いそうだったので、先に話をする必要があると思った」


(すでにリオネル様を止めることはできないと……?)


 マリスは絶望の淵に突き落とされた。


 枢機卿に立候補するだけなら大司教の推薦があるだけで足りる。

 国王など、政治的有力者の後押しが必要とされているのは、教皇庁における投票の結果は政治的圧力に左右されることが多々あるからだ。


 また枢機卿に立候補して落選すれば恥となり、聖職者としての出世の道を断たれることにもなりかねないため、大抵の場合は自国の国王の後押しなど有力な政治的カードを揃えて立候補する。


 枢機卿の地位を得るのは難しい。

 しかし立候補するだけならそれほど敷居は高くない。


 マリスは暗澹とした気分に支配されながら、無言で問いかけるように傍らのエルネストを見た。

 エルネストは世界の終りを眺めているかのように顔色を悪くして固まっていた。


「……兄上はどうして枢機卿になろうと思われたのですか?」


 エルネストが生気を失った顔でリオネルに問いかけた。

 リオネルは美貌に少年のような無邪気な微笑みを浮かべて答えた。


「アンジェリクが提案してくれたんだ。素晴らしい案だろう。さすがは私のアンジェリクだ」


「……」

「……」


 マリスとエルネストは、リオネルらしい突拍子もない理由に、呆然として言葉を失った。


「アンジェリクのおかげで私は真実の愛を得て、愛を知った」


 リオネルは傍らの誰もいない空間を愛おしそうに熱のある眼差しで見つめながら滔々と語った。


「この溢れる愛をみんなにも届けたいんだ。大勢の人に愛を知って欲しい。世界中の人々に愛を届けることは、もはや私の使命なのだ。大勢の人々に愛を届けるために世界の中心へ行こうと、アンジェリクが提案してくれた。世界の中心で叫べば、きっと世界中に届くと。世界の中心は聖都テネブラエだ」


「……聖都テネブラエへ行くことが目的なのであれば、枢機卿に立候補せずとも、巡礼すれば良いのではないでしょうか……」


 エルネストは様子を伺うようにおずおずとそう進言した。

 リオネルはエルネストのその提案を、神々しい笑顔をもって却下した。


「多くの人々に声を届けるためには地位も必要だ。人はとかく地位や身分にふりまわされるからね。俗世には政治的な駆け引きがあることくらい私にだって解っている。だが逆に言えば、地位を得れば大勢の人々が私の話を聞いてくれるようになるということだ。地位を得れば、世の穢れにまみれた人々ですら私の声に耳を傾けてくれるようになるのだ。枢機卿になるための試練は、神に与えられし試練だと思っている。ここでくじけるわけにはいかない」


 リオネルは紅い瞳に固い決意の色を浮かべ、神々しい美貌で微笑んだ。


「私は『愛の伝道師』としての使命を全うする」


 エルネストとマリスは表情を失い、死んだ魚の目で呆然としていた。


(我が国、終わったかも……)


 マリスは真っ暗な絶望の未来を見た気がした。

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