1-02 茶番劇
「畏れながら、王子殿下は、何か思い違いをしていらっしゃいます」
おかしな発言を連発するリオネル王子に、マリスはそう切り出した。
「私はアンジェリクを虐めたことはありません」
「しらを切るか……」
リオネル王子は美貌に失望の色を浮かべながら、マリスの言葉を切って捨てた。
「マリス、君は学院で、妹であるアンジェリクをずっと虐めていた。君は彼女の教科書を破り捨て、彼女の魔法実技用の長衣を切り裂いた。君はずっとアンジェリクに危害を加え続けていた」
「それらはすべて事故でございます」
マリスがそう言うと、リオネル王子は秀麗な眉を歪めた。
「素直に罪を認めたらどうなのだ」
「兄上! 何をおっしゃっているんです!」
マリスを庇うように出て来てそう言ったのは、灰色の髪に紫色の瞳、リオネル王子を薄めて影にしたような地味な王子。
リオネル王子の一つ年下の弟エルネスト王子だった。
「一体この茶番は何なのですか。マリスがそのようなことをするはずがないことを、兄上はよくご存じのはずです」
「エルネスト、控えておれ」
リオネル王子は弟王子を一瞥して諫言を退けた。
エルネスト王子はその場で固まった。
リオネル王子は再びマリスに顔を向けて見据えた。
「マリス、罪を認めぬか」
「真実、事故でありますゆえ」
「そうか。では仕方がない」
リオネル王子はそう言い、背後の者に目配せをした。
それが合図であったのか、黒い学士服をまとった二人の卒業生が歩み出た。
その二人は、ドルレアク宰相の子息イシドール・ドルレアクと、ノエ将軍の子息フロラン・ノエ。
リオネル王子の学友であり側近である二人だ。
「イシドール、フロラン、話してやるがいい」
リオネル王子は二人の側近に命じた。
「はい、王子殿下」
「御心のままに」
イシドールとフロランはが代わる代わるマリスの悪事を語り始めた。
「私はたしかに、モンストル公爵令嬢マリスが、アンジェリクの背中を押し、中庭の池につき落とした現場を見ました」
「モンストル公爵令嬢マリスは、階段ですれ違いざまにアンジェリクの足を引っかけました。すぐ下にいた者がアンジェリクの背を受け止めたから大事にはいたらなかったもの、もし誰もいなかったら、アンジェリクは階段から転げ落ち大怪我をしていたでしょう」
「モンストル公爵令嬢マリスは、氷魔法でアンジェリクの教科書を凍結させ、粉砕しました。教室にいた皆が見ていたことです」
「モンストル公爵令嬢マリスはアンジェリクの実技用長衣を取り上げ、氷魔法で切り裂いていたと女生徒たちから聞きました。目撃者は大勢います。実技用ローブを失ったアンジェリクは、そのために、ずっと実技の授業に参加できなかったのです」
「モンストル公爵令嬢マリスは常日頃よりアンジェリクの光魔法の才能に嫉妬していました。それでアンジェリクの授業の妨害をしたのでしょう」
「すべて事故です」
マリスは毅然とした態度で反論した。
「それらが事故であったことは、アンジェリクも認めていることです」
リオネル王子の腕にぶらさがっているアンジェリクに、マリスは青い双眸を向けた。
「アンジェリク、そうよね?」
マリスがそう問いかけると、アンジェリクはその天使のように愛らしい顔に、一瞬だけ、ニヤリと暗い微笑みを浮かべた。
(……!)
だがそれはほんの一瞬のことで、アンジェリクの表情はすぐに、悲劇のヒロインのごとき悲愴なものに変わった。
「マリスお姉様に脅されていたんです!」
アンジェリクは叫ぶようにそう言った。
「事故ということにしないと、痛い目を見ることになるって! マリスお姉様にずっと脅されていたんです!」
アンジェリクは舞台女優のように大げさな身振りで、わっと泣き出した。
(どうして……?)
義妹アンジェリクの裏切りとも言えるその行動に、マリスは戸惑った。