1-14 残された謎
「トビー皇子殿下がもし闇魔法で操られていたとしたら、あの求婚に何の意味があったのでしょう」
マリスがそう疑問を述べると、エルネスト王子は難しい顔をした。
「正直、さっぱり解らない」
エルネスト王子は腕組みをすると、考えをまとめるかのように言った。
「優秀な魔法使いを引き抜きたかったのだとしたら、公爵令嬢よりも、もっと身分が低い者に声を掛けたほうが成功率は高い。マリスはたしかに氷魔法が凄いけど、他にも優秀な者はいる」
「そうですよね」
マリスは氷魔法の天才と言われており、水属性の魔法に関しては学院トップだが、学院には他にも優れた者はいる。
二つの属性を操れるという珍しい能力を持った者もいる。
アンジェリクとて、卒業が危ぶまれるほど魔力は衰えていたが、希少な光属性だった彼女は、ありふれた水属性のマリスよりも価値があっただろう。
「そうなると求婚する意味は横恋慕しか思いつかないが、それなら公爵家に正式に申し込めば良い。あの場に花束を持って来て、いきなり出す意味が解らない」
「はい。意味不明でした」
マリスもエルネスト王子の意見に大きく頷いて同意した。
「闇属性の残滓は発見されたけれど、今のところは、深刻な事件は起こっていない。大きな変化といえば、ふつつかな兄上が馬鹿をやって廃太子になったことくらいだ。だが兄上からは闇属性の残滓は出ていないから、兄上の件は闇魔法とは関係がないと思う。もともと突拍子もないことをやらかす人だったし」
(闇属性の残滓……)
エルネスト王子の説明を聞きながら、卒業祝賀会の騒動の光景を記憶から引っ張り出したマリスは、ふと、印象的だったことを思い出した。
騒動のとき、マリスに虐められていたと嘘をついたアンジェリクが、ニヤリと、暗い微笑みを浮かべたことを。
「アンジェリクからは闇魔法の残滓は検出されなかったのですか? あのときのあの子、少しおかしかったと思うんです」
「アンジェリクは検査していないと思う。シャミナード博士は王宮で検査をしていたから。卒業祝賀会のあと、アンジェリクが王宮に来たのは、婚約解消の話し合いの場に乗り込んできたときと、婚礼のあとの晩餐会の二回だけだったよね」
「あ……、そうでしたね」
「それにアンジェリクが卒業祝賀会でやったことって、嘘泣きくらいだ」
エルネスト王子は半目になり、呆れたような表情を浮かべた。
「マリスは大変な思いをしたわけだし、気の毒だと思うけれど。こう言っては何だが、あれは学生の喧嘩レベルの些事だ。政治的には大した事件ではない。公式行事での蛮行を許してしまったことは、国の威信に関わることで国辱ではあるけれど。学士の門出を祝う催しの格式はそれほど高くない」
「たしかに、そうですね。国の威信に傷をつけたいなら、諸外国の賓客を大勢招いた大きな行事を狙った方が効果的ですね。新年の祝賀会とか」
「そういうこと。学生同士の喧嘩レベルの事件を起こすために、禁忌の闇属性の魔法を使うのはバランスがおかしい」
解けない謎を前に、エルネスト王子は眉間に皺を刻んだ。
「これはアンジェリクだけではなく、イシドール・ドルレアクとフロラン・ノエにも言えることだけれど……」
エルネスト王子は、リオネル元王子の元側近だった二人の名を出した。
「彼らがやったことは、学生同士の悪口の言い合いレベルだ。禁忌の闇魔法を持ち出してまで行うような事じゃない。くだらない悪口を言うために、希少な光魔法よりもさらに希少な闇魔法を使うなど、あまりに馬鹿げている。有り得ない……。そのへんの水魔法で充分だ……」
エルネスト王子は自問自答するかのようにそう言うと、考え込むような顔をして押し黙った。
(闇魔法を使う、目的……)
ほとんど幻である禁忌の闇魔法を使うほどの目的について、マリスも考えを巡らせた。
(衛兵が動けなくなったのよね……)
「何かをするために、王宮の警備をゆるませる必要があった、という可能性はあるでしょうか」
「その可能性は考えた」
マリスの言葉に、エルネスト王子は顔を上げて即座に反応した。
「そもそもが動けなくなった者が大勢いたことで、何らかの魔法による干渉が疑われたわけだから。それに、アンジェリクが使用人に変装して、王宮にやすやすと侵入できたことは大問題だった。警備の見直しはとっくにやっているよ」
(あのときのアンジェリク、凄かったわ)
アンジェリクが王宮の一室に飛び込んで来た劇的な場面をマリスは思い出した。
彼女は使用人に変装して、王宮の警備をやすやすと抜けて、国王のいる部屋に飛び込んできたのだ。
「防護結界の検査も行った。それに今は闇属性の残滓が発見されたことで厳戒態勢だ。警備も増員している」
エルネスト王子はそう言うと、紫色の双眸でマリスを見据えた。
「そういう状況だから、君も不要な外出は避けて、身辺には充分気を付けたまえ」
「親睦は深まったかしら?」
エルネスト王子がマリスの見送りをすませると、柱の影から王妃が笑顔で飛び出した。
王妃の不審な行動に、エルネスト王子は呆れ顔で答えた。
「ご安心ください。母上が期待するようなことは何もありませんでした」
半目でそう言ったエルネスト王子に、王妃はわくわく顔でまくしたてた。
「リオネルのことがあるから、今すぐあなたがマリスに結婚の申し込みをするのは風聞に差し障りがあるわ。もう少し時間をおく必要があるの。それまでマリスの心をしっかり捕まえておくのよ。トビー皇子殿下に負けては駄目。三角関係だなんて、マリスはモテるわね」
王妃は瞳を輝かせて高揚気味に言った。
「恋は戦争よ!」
「……私の縁談のお話しでしたら、卒業後にお願いします。学院を卒業して落ち着いてから考えるということで、母上も納得していたじゃないですか」
「それはあなたが第二王子だったからよ。王太子だったリオネルは十三歳で婚約したわ。立太子式が終わればあなたは正式に王太子。そしたら婚約よ!」




