1-13 疑惑
「闇属性の調査を言い出したのは、兄上なんだ」
エルネスト王子は非常に複雑な、困ったような呆れたような表情で言った。
「テネブラエ男爵が?」
テネブラエ男爵ことリオネル元王子は、アンジェリクと結婚し、現在は領地である辺境のテネブラエ村へ向かっているはずである。
「卒業祝賀会の後、兄上がまだ王子だったときに、シャミナード博士に直接依頼していたんだ。その報告が最近になって上がって来た」
「直接……。それは、まさか……」
マリスが震え声でそう言うと、エルネスト王子は眉間に皺を刻んだ。
「マリスの想像している通りだよ。防護結界の検査のために王宮に召集されたシャミナード博士を、兄上が強引に捕まえて頼んだらしい」
「……また、大それたことを……」
シャミナード博士は、アルカナ国に二人しかいない光属性の魔法学士の一人だ。
国家の重要人物である。
「闇魔法がほとんど存在していないという常識を、兄上は解っていないからね。闇とか漆黒とか好きだったから……」
「暗黒とか魔王とか堕天使とか大好きでしたね」
「そう、闇の組織とか秘密結社とかね、兄上はそういうの大好きだった。多分、兄上の頭の中の世界では、魔法の半分以上が闇属性で、そのへんに普通に闇魔法が存在しているんだよ」
エルネスト王子は脱力するように肩を落とした。
「兄上は、卒業祝賀会での自分の奇行は闇魔法に攻撃されたせいだと言って、シャミナード博士に自分を検査してもらったらしい」
卒業祝賀会でのリオネルの奇行とは、婚約破棄宣言である。
「あの暴挙は、闇属性の魔法のせいだったのですか?!」
「いや。結果は白。兄上の奇行は、闇魔法のせいではなかったことが博士により証明された」
表情の無い顔でエルネスト王子は淡泊に真実を告げた。
「ですが、エルネスト王子殿下は先程、闇属性が発見されたと……」
「博士の検査の結果に、兄上が納得しなくて、どこかに絶対闇魔法の痕跡があるはずだと言い張ったらしい。それであのとき動けなかった全員と、王宮の検査をシャミナード博士に依頼したそうだ」
エルネスト王子は。可哀想なものを憐れむように眉を下げた。
「兄上が結婚してすでにテネブラエへ旅立ったことを、シャミナード博士は知らずに、兄上の命に従い一人でこつこつと王宮で検査を続けていたらしい……」
「おいたわしい……」
寂しく悲しい物語にマリスは思わず、涙ぐんだ。
「そのような大変なご依頼を、お忙しいシャミナード博士がよく引き受けてくださいましたね」
「あの人は兄上とは気が合うらしくて、昔から兄上には甘かった……。変人同士だからか?」
エルネスト王子は最後の部分は独り言のように言った。
「ともあれ、幸か不幸か、兄上の空想の被害にあって調査を続けていたシャミナード博士が、偶然、本当に、闇魔法の残滓を発見した」
「卒業祝賀会の会場に、闇魔法の使い手がいたということですか?」
マリスがそう言うと、エルネスト王子は表情を引き締めた。
「信じ難いことだが、そういうことになる。王宮に闇魔法の使い手が侵入していたということだ。だから十分に注意して欲しい。特にトビー皇子殿下には気を付けてくれ」
王立魔法学院にお忍びで留学していたアブラーゲ帝国の第十三皇子、鳶色の髪のトビー皇子は、卒業祝賀会で婚約破棄が行われることを前もって知っていた疑いがある人物だ。
「トビー皇子殿下がおっしゃっていた、夢で婚約破棄を見たというお話は、やはり怪しいのでしょうか」
「それもある。それに彼は帝国の皇子だから扱いが難しい。厳しい取り調べをすることができない。だから白とは言いきれない状況だ。それに、白でも黒でも、どちらに転んでも彼は危険人物だ」
エルネスト王子は不愉快そうに眉を歪めた。
「彼が今回の闇魔法と無関係だとしたら、完全にただの横恋慕野郎ということになる。マリスは身辺に気を付けて欲しい」
「トビー皇子殿下は王立魔法学院をご卒業なさいましたのに、まだ我が国に滞在していらっしゃるのですか?」
「うん。まだ居る。早く帰ればいいのにね」




