1-12 闇属性の魔法
「テネブラエ男爵夫妻は、そろそろ領地に到着したかしら」
――王宮の庭。
花々が咲き誇る中、四阿でお茶を飲みながら王妃はマリスに話題を振った。
「ヴィーラムに到着したという手紙が昨日届きました。手紙が届く日数を考えると、そろそろかと」
マリスがそう答えると、エルネスト王子がそれを補足した。
「予定通りなら、今日あたり到着するはずです」
マリスは、王妃にお茶に招かれてここにいた。
エルネスト王子も、王妃にお茶に誘われたらしく同席している。
王妃は優雅に微笑みながら、三人の共通の話題であるテネブラエ男爵夫妻について、しばし語った。
そしておもむろに、王妃は言った。
「では、私はそろそろ失礼するわね。あとは若い二人にまかせるわ」
「え?」
「は?」
王妃の奇妙な言葉に、マリスとエルネスト王子は同時に変な声を上げた。
「それでは、ごきげんよう。ごゆっくりね」
王妃は席を立つと、意味深な微笑を浮かべながら去って行った。
「母上がおかしくて申し訳ない」
「どうかお気になさらず」
「兄上とアンジェリクの恋愛に当てられたらしくて、最近おかしいんだ。良い年をして恋愛小説ばかり読んでいる……」
エルネスト王子は少し疲れたような顔で、小さく肩をすぼめた。
「だが、ちょうど良かった」
気を取り直したようにエルネスト王子は言った。
「色々と報告があがってきている。君にも知らせておいたほうが良いと思っていた」
「動けなくなる魔法の件ですか?」
「それだ」
エルネスト王子は難しい顔をすると言った。
「実は、闇の魔法の痕跡があった」
「えっ?!」
――闇属性の魔法。
それは禁忌とされており、存在はほぼ幻である。
この世界のほとんどの魔法は、地水火風の四つの属性のうちのどれかに属する。
そのため地水火風は、四大属性と言われている。
王立魔法学院でもこの四つの属性の魔法について習う。
しかし魔法の属性は全部で六つ。
地水火風の他に、光と闇の二つがある。
光と闇は希少な属性で、世間ではほとんど目にしないということもあり、その知識は一般には流布していない。
魔法学の専門知識である。
光属性の魔力を持つ者は皆無ではないが、たまに発見されても微弱な力しか持たない者が大半だ。
光属性で魔法学士の位を持つ者は、魔法大国であるこのアルカナ王国においても二人しかいない。
アンジェリクは七歳の頃の計測で光属性の大きな数字を出し、アルカナ国で三人目の光属性の魔法学士となることを期待され、政治的配慮から公爵家の養女となった。
しかし結果は皆が知る通りである。
そして闇属性は、ほとんど幻だ。
禁忌として扱われ、闇属性の知識は国が管理している。
王立魔法学院を卒業した後に、魔法省に進んだ者だけがその専門知識に触れる。
先祖代々の魔法使いである貴族家が、先祖が残した闇属性に関する古い文献を手元に置きたい場合は、門外不出の文献として扱う場合のみ許される。
もちろん魔法省に写本は提供する。
「……人心操作の魔法ですか?」
マリスの生家であるモンストル公爵家も魔法使いを祖としており、公爵家の蔵書には古今東西の魔法について解説する貴重な文献が多々あった。
モンストル公爵家の娘であるマリスは、それらの文献に触れることができたため、闇魔法についての知識を多少持っている。
「伝説の世界だが……」
「そうですよね」
マリスは真顔で頷いた。
人心を操作する闇属性の魔法があったことが古い文献には記されている。
しかし今の世界にはその魔法を再現できる者はおらず、その魔法が実際に存在したのかどうかの証明はできない。
「水魔法ではなかったのですか?」
水魔法には、心を惑わせる魔法がある。
魔法により正気を失っている可能性があれば、まずは水魔法を疑う。
「四大属性のどれも検出されなかった」
「闇属性の可能性を調査するなんて、深刻な事が起きているのですか?」
闇属性の魔法使いは公には、現在は存在しないことになっている。
秘匿されているだけで実際には国が闇属性の魔法使いを囲っているのだろうという憶測は囁かれるが、魔法学士の位を持つ闇属性の魔法使いが存在しないことは確かだ。
野良の闇属性の魔法使いが存在する可能性は、限りなく皆無に等しい。
何故なら、この国では全国民に属性検査を受けさせているからだ。
七歳になった子供が教会で受ける検査がそれだ。
使い手がいなければ、その魔法は存在しない。
ゆえに、よほど奇異なことが起こらない限り、闇属性の可能性が考慮されることはない。
また闇属性の調査ができるものは光属性の魔法学士のみ。
この国にたった二人しかいない光属性の魔法学士が動員されるということは、深刻な事態であることが予想された。
「闇属性が出て来たことは深刻だが、深刻な事態はまだ起こっていない。調査のきっかけは全然深刻ではない……」
エルネスト王子は不味いものを食べたような顔をした。




