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逆転の聖水

 スライムの大きさは2階建ての家と同じくらい大きい。色はぶどうジュースみたいな透き通った紫色だ。その中で人が溺れている!

スライムはデカいし、ぶよぶよしてるし素手じゃ心もとない。俺はぶっ壊れた馬車の一部に目をやった。


「ええと・・・『アイテム』の『装備』は『メニュー』を開いて・・・『拾う』を選択して」

・・・って

ちがう!そんな必要ない!チクショウ!ズヘオラ様のチュートリアルがすっかり体に染みついちまってやがるチクショウ!・・・あのひとの()()()()がまだ体に残ってやがる・・・ぐす・・・会いたい、もう一度会いたいズヘオラ様・・・・。


・・・・とにかく俺はその辺に転がってる棒を拾い上げてスライムへと殴り掛かった。


「てああああああ!!!『烈風一閃』!・・・・ん?」


はっ!まただ!くそぉ!ズヘオラ様め・・・!


俺の頭の中にホクホクと嬉しそうにしているズヘオラ様の姿が浮かぶ。「ほほほ。タイチよ。わらわの授けた知恵が早速役に立っているようじゃな」なんて言ってるような気がするがこれは俺の妄想だ。


俺はその妄想を振り払うように思いきり木の棒を振るう。

ささくれた棘が手の平に深く食い込む感覚がしたが気にしていられるか!いそがねぇとこのねーちゃんが本当に溺れてしまう!


幸いな事にスライムの防御力・・・いや、スライムは見た目通りの柔らかさだった。体は豆腐みたいに脆い。だがいくら脆いといってもこの大きさだ。


「・・・重ッ!!!」


質量もだいたい水と同じくらいある。粘性は水よりももっともっと大きい!!

ついさっきまで俺はほぼニートのニコチン中毒おじさんだったんだ。当たり前だけど野球とかテニスとか、日の当たるスポーツの経験なんて数えるほどしかない。一回振っただけで片腕の関節は悲鳴を上げる。


木の棒を右手に持ち替えて、俺は再度攻撃する。


その時だ。スライムが雪崩みたいに押し寄せて俺の体を呑み込んだ。迂闊だった。丸のみだ。俺まで素っ裸にされて溺れてしまう!


息が出来ない!くそ!


だがしかし、これはチャンスでもある。俺は全裸ねーちゃんの方へと泳いでいった。不幸中の幸いとはこのことだ。スライムの身体はめっちゃ目に沁みる!!たまらねぇ!とても目を開けてられない!よって諸君!俺なにも見ていない!いいな!?


俺の手が何かを掴んだ。ヌルついてるがきっと彼女の手だ。すかさず俺は踵を返す。反対側へと泳ぎ始めたんだ。


けど!


「・・・・!」


「・・・・!」


「!!!」


おかしい、さっきはあんなにすぐにたどり着いたのに!一向に外に出られねえぞ!どうなってやがる!俺は状況を確かめるべく我慢しながら目を開けて周囲を確認した。すると、ずっと上の方で微妙に色の違う染みのような物を見つけた。顔だ。ぼんやりとしているが目と口に見える。


・・・にやぁ!


「!?」


・・・笑った!?今こいつ笑いやがったのか!?いやまさかそんなことはあり得ない、ただのシュミュラクラ現象だ!だってこいつは単細胞生物の集合体、知性なんて欠片もないはずだ!


次に俺は反対側を目指して泳いでみる事にする。偶然だ!諦めるのはまだ早い!


だが・・!


・・・・くっ!まただ!全然前に進まないぞ!こころなしか視線を感じるがありえねぇありえねぇ!絶対に有り得ない!これはそう言う生き物なんだ!俺は自分にそう言い聞かせて、もう一度目を開ける。すると。



・・・・にやぁ!!!


こいつッ!!!!知恵があるッ!!!!


俺は確信した。信じられない事に、このスライムには知恵がある!イルカや猫のように獲物を弄んで笑っていやがるッ!

てことはだ、俺は絶対に逃げられない!やばいぞ!誰か助けてくれ!こんな終わり方はおじさん嫌だよぉ!だってアリ地獄やハエトリグサみたいに、機械的な生態に敗れてしまうのならまだ納得がいく。自然は偉大だなぁ。とか、やっぱりそれだけに特化した生物には叶わないよねぇって言い訳できるから!でも、こいつは・・・!


・・・にやぁ!!!!


チクショー!俺を嘲笑っていやがるッ!同じ知的生命体として勝ち誇ってやがる!!単細胞生物の集合体の分際でまがい成りにもホモサピエンス、人類種であるこの俺を!嘲笑っていやがるんだッ!悔しいっ!悔しいっ!なんか良くわかんないけどめっちゃ悔しいッ!


俺は最後の抵抗を試みる。知的生命体として叶わないのなら。ただの生命体として最後の最後までこいつに抗ってやる!見てやがれ!大神太一に恐ろしさをその細胞ひとつ残らずに刻み付けてやる!


うおおおお!!


おおおお!!!


・・・おおお・・・・!


にやぁっ!!!


・・・くそ、完敗だ。認めるよ。お前は強い俺より賢い。上位生命体としてお前の存在を認めるよ。


俺は完全に諦めて、最後の光景を目に焼き付けた。


異世界。


だからと言ってこれといった違いは見当たらない。森に木が生えているのは当たり前だ。

ただ、空気はずっと澄んでいるし、こんなにたくさんの自然を見たのはいつぶりだろう?ふと俺は考える。この世界では人間がきっと弱い存在なんだ。だからこんなにも自然が豊かなのだと。俺たちの消滅は因果律に定められた必然。自然淘汰を証明するための事象の一つに過ぎない。

この世界に置いて人間種は最弱。

そうやって、俺は自分を納得させた。


ふと気がつくと、こちらに向かって何かが近寄って来るのが見えた。馬だ。

逃げ遅れたのか?早く逃げるんだ。それとも君はご主人様を心配してくれているのかい?君の大切なご主人様を、助けられなくてごめんよ?


早く逃げろ、じゃないと君まで。


俺の心配をよそに、馬は一歩一歩着実にこちらへと近寄ってきてしまう。


健気だ。動物と人間の絆。言葉は通じなくても、気持ちは伝わるんだな。。。君はさながらハンスの馬だ。


じんわりと胸が温まる。最後にいいものを見た。もう思い残すことは何もない。そう思ったつぎの瞬間、俺の考えは覆る。馬がスライムに向かってお尻を向けたかと思えば、いきなり滝のようなやつをやったんだ。


ドバァ―!


ああ、あれはまじで滝のようなやつだよ。


俺は思わず、となりで気絶しているねーちゃんにいたたまれない視線を向けた。髪は短く睫毛は長い。目を閉じているけどかなりの美人だ。けど。


お前、あの馬に酷いことされてるぞ?


「・・・」


返事は無かった。


ま、俺もだけどさ。


俺は天を仰いだ。そこにはぬける様な青空が広がっている。それに入道雲だ。。。きれいだな雲って。


ああズヘオラ様。ごめんなさい。あなたのチュートリアル何の役にも立ちませんでした。


心の中で念じた時、奇跡が起こる!


「・・・これは!?スライムが引いていく!!」


俺の身体は半分ほどスライムから解放されていた。息もできる。でもなんで?


ドバァ―!


まさか!!


まさかズヘオラ様!あのチュートリアルにはこんな意味があったのですか?!俺はてっきり何かのプレイかと・・・御見それしましたッ!ズヘオラ様!一生ついていきます!・・・よーし!そうと決まれば!


さっきまで余裕の笑みを浮かべていたスライムの野郎はようやく本気になったらしい。一気に固くなってねーちゃんを離さない。綱引きだ。だがな、お前さんよ、今更都合が良すぎるぜ。負けそうになってから。勝負は力比べにしようよ人間くぅん。なんて言ったところでもう遅い!


俺はズボンのファスナーをおもむろにおろした。


「・・・くらいな。聖なるしぶきホーリースプラッシュ・・・」


つぎの瞬間、俺の反撃ののろしが異世界の空に虹色の弧を描いた。

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